フロイド→←女監督生
※未来捏造過多
※監督生デフォ名→「ユウ」採用
ハピエン予定
* :場面代わり
***:時季代わり
***
うだるような暑い空気が流れる渡り廊下。今期のテストが一通り終了し、エースやデュース、そしてオンボロ寮のたった一人の寮生のグリムと遅めのランチを摂ってようやく一息ついた監督生は、石畳の廊下を先に歩くグリムの後をやや遅めの歩調でついていっていた。一週間もすればテストの返却が行われ、新学期前の長めのホリデーがやってくる。ツイステッドワンダーランドとは異なる世界から突如現れた彼女には、生家に帰る、だなんて選択肢などなくて、相棒たる黒い獣と今年も暑い夏を越すことになるのだろう。
「小エビちゃんじゃ~ん、やっほ~」
「……こんにちは、フロイド先輩」
「先輩、テストの手ごたえはいかがでしたか」
「なんでそんなつまんねーこと聞くわけ」
監督生の頭にずし、とフロイドの顎が乗る。重いです、という監督生のささやかな抗議など知らないと言うように、フロイドはもっと面白い話してよ、と彼女の身体に回す腕にほんの少し力を加えた。
仕方ないと心の中で肩を竦め、監督生は止まっていた足を前に進める。だからといって離れてくれるフロイドではなく、彼女の歩みに合わせるように己の足も右、左、と出して歩き始めた。もちろん監督生を捕らえた腕や丸い頭に乗せられた顎を退かすことなく。
ひっつきおばけみたいだと思いながらも、いささか不自由な状態で進む監督生とフロイドの近くにいたはずの他の生徒たちは何時の間にか姿を消していた。教室の中だったり少し離れた廊下、中庭といった場所からいつも通りの喧騒は聞こえるのだが、二人の周囲だけはぎこちない足音とフロイドの笑い声のみに支配されていた。
「ねえ、小エビちゃん」
「なんでしょう」
「海行かない?」
「……海、ですか」
なんとまあまた唐突な、と監督生は思った。一年生の頃、冬の期末テストに絡んだイソギンチャク騒動によってオクタヴィネル寮長のアズール、そして彼に付き従うように後ろに控えるリーチ兄弟と奇妙な縁を得てからというもの、監督生はそのリーチ兄弟の片割れであるフロイドに気に入られたらしい。今のように校内で監督生を構うことがあれば、つい先程の発言のように彼女を外出に誘うことが時折あった。
「海って、珊瑚の海ですよね」
先輩たちの故郷の、と付け足すと、フロイドはそーそー、と彼女の頭上で笑う。そうしたらまたアズール先輩に水の中で呼吸する薬を調合してもらうようお願いしなければ、とモストロラウンジのポイントカードのスタンプの数を思い出そうとして足を止めた監督生の上から、再び間延びした声が降る。
「あー、でもね」
「?」
「今回はねえ、海の中じゃなくって、浜に行かない?」
海の中のあらかた有名な所は行っちゃったしね~と形のいい薄い唇で独り言のように言葉を紡ぎながら、フロイドがぱっと監督生から離れた。
「浜辺であそぼうってやつですか」
「そーそー。イヤ?」
「いえ、ぜひご一緒させてください」
監督生がゆるりと首を横に振ってそう答えると、フロイドは異なる色味の瞳を輝かせた。
***
夏の盛りのホリデーに入る数日前、学期中の最後の休日。監督生とフロイドは先日の約束通り海辺に赴いた。
この世界で身寄りのない監督生は、外出する際には保護者の代わりとして学園長の許可を要する。要望を手短に伝えると、テストの点数を外出許可の条件に挙げられて少女は苦笑いを溢した。魔法の使えない彼女、人ならざるグリムは二人で一人の生徒として特例でナイトレイブンカレッジの門を潜っている。すなわちそれは日頃の授業態度も、テストの結果も、最終的にはすべて纏めて考慮するということだ。魔法が使えないなら知識を、と日常的に予習と復習に励む監督生はいざ知らず、地道な努力を嫌うグリムは、アズールのテスト対策ノートを借りた時を除いて万年赤点、教師陣のブラックリストに名を連ねる問題児こと問題獣であることは最早周知の事実である。
あ、これは今回許可してもらえない奴だと気取られないように溜息を溢し、フロイドを怒らせないお断りの仕方を考え始めた監督生に、「でーすーが!」とわざとらしく声を張った学園長は、今回はユウさんのテストの結果のみで判断しますと言葉を続けた。私、優しすぎません?といつもの言葉も忘れずに。お決まりの言葉を胡散臭いなあと思いつつ、彼女はありがとうございますとぺこりと一礼し、学園長室を後にした。
重厚な扉を閉め、安堵とも戸惑いともつかぬ溜息をひとつ落とし、少女はその日オンボロ寮へと戻っていった。
「小エビちゃんそういえば水着持ってたの?」
「ええと、ギリギリでしたが用意できました」
「ふーん、そっか」
フロイドが上体を屈めて少女の顔を覗き込む。なんでしょう、と監督生は半歩下がってつとめて冷静に尋ねる。
「いや~?持ってきてないなら、そこら辺のお店で見繕ってあげよっかな~って思ってたから」
「いやいやいや」
お気持ちだけで十分ですというように両手を胸の前で振ると、フロイドは少しだけ眉根を寄せた。しゃらり、ジェイドとフロイド、彼ら兄弟の鱗を模したような菱形に髪の色を溶かし込んだような色をした飾り石がフロイドの右の耳で揺れる。
「えっと、着替える場所ってどこですかね」
「ん?えっとね、あっち」
少しまずいと直感で感じ取った監督生は、肩にかけていた大きなバッグを強調するようにショルダーに両手を添えてみせる。フロイドの気はそれで多少紛れたのか、屈めていた身体を起こしてやや離れた場所に建てられた建物を指差した。
*
透き通った海。寄せては引いていく波間の間を縫うように泳ぐ監督生の姿を、フロイドはじっと見ていた。
「泳ぐの上手だね、小エビちゃん。海の中じゃわかんなかったからびっくりした」
「あ……りがとうございます」
「なんでちょっと疑問形なわけ」
「いやあ……フロイド先輩のようなガチ人魚の方に泳ぎを褒められる日がくるとは思ってもみなくて」
「絞めるよ」
「いや馬鹿にしたわけじゃないんですびっくりしただけですありがとうございます」
ワントーン低くなったフロイドの声に、慌てて監督生がかぶりを振る。一息に捲し立てられた理由に、フロイドはふぅんと気のない相槌を打った。
「でもほんと上手だったよ。海の中じゃカニちゃんサバちゃんたちと大して変わんなかったけど、」
さっきまで泳いでた小エビちゃんは、人魚みたいだった。
にへ、と笑いながら感想を口にしたフロイドを見つめたまま、監督生は僅かに目を瞠った。
うだるような暑い空気が流れる渡り廊下。今期のテストが一通り終了し、エースやデュース、そしてオンボロ寮のたった一人の寮生のグリムと遅めのランチを摂ってようやく一息ついた監督生は、石畳の廊下を先に歩くグリムの後をやや遅めの歩調でついていっていた。一週間もすればテストの返却が行われ、新学期前の長めのホリデーがやってくる。ツイステッドワンダーランドとは異なる世界から突如現れた彼女には、生家に帰る、だなんて選択肢などなくて、相棒たる黒い獣と今年も暑い夏を越すことになるのだろう。
「小エビちゃんじゃ~ん、やっほ~」
「……こんにちは、フロイド先輩」
ぎゅー?だなんて可愛い擬音を口にしながら、長い腕で監督生の身体を後ろから包み込んだのは、オクタヴィネル寮の二年生、フロイドだった。監督生の腕の中にいたグリムはふなぁっ!?と悲鳴じみた鳴き声を上げて柔い拘束からすり抜けてエースとデュースの足元まで一目散に避難した。蒼い炎を爛々と灯している耳をこれでもかと言うほどに寝かせて、二人の脚の陰から先程までいた場所を見上げてぷるぷる震えていた。二人も同様に、ぎょっとした顔でフロイドとフロイドに捕まった監督生を見比べては、じりじりと後退りをする。自業自得とはいえ、かのイソギンチャク騒動でのあれこれは結構なトラウマを植え付けていたらしい。
三馬鹿退散
「あれ~、カニちゃんたち行っちゃったね。よかったの?」
仕方なしと首を振る
「先輩、テストの手ごたえはいかがでしたか」
「なんでそんなつまんねーこと聞くわけ」
監督生の頭にずし、とフロイドの顎が乗る。重いです、という監督生のささやかな抗議など知らないと言うように、フロイドはもっと面白い話してよ、と彼女の身体に回す腕にほんの少し力を加えた。
仕方ないと心の中で肩を竦め、監督生は止まっていた足を前に進める。だからといって離れてくれるフロイドではなく、彼女の歩みに合わせるように己の足も右、左、と出して歩き始めた。もちろん監督生を捕らえた腕や丸い頭に乗せられた顎を退かすことなく。
ひっつきおばけみたいだと思いながらも、いささか不自由な状態で進む監督生とフロイドの近くにいたはずの他の生徒たちは何時の間にか姿を消していた。教室の中だったり少し離れた廊下、中庭といった場所からいつも通りの喧騒は聞こえるのだが、二人の周囲だけはぎこちない足音とフロイドの笑い声のみに支配されていた。
「ねえ、小エビちゃん」
「なんでしょう」
「海行かない?」
「……海、ですか」
なんとまあまた唐突な、と監督生は思った。一年生の頃、冬の期末テストに絡んだイソギンチャク騒動によってオクタヴィネル寮長のアズール、そして彼に付き従うように後ろに控えるリーチ兄弟と奇妙な縁を得てからというもの、監督生はそのリーチ兄弟の片割れであるフロイドに気に入られたらしい。今のように校内で監督生を構うことがあれば、つい先程の発言のように彼女を外出に誘うことが時折あった。
「海って、珊瑚の海ですよね」
先輩たちの故郷の、と付け足すと、フロイドはそーそー、と彼女の頭上で笑う。そうしたらまたアズール先輩に水の中で呼吸する薬を調合してもらうようお願いしなければ、とモストロラウンジのポイントカードのスタンプの数を思い出そうとして足を止めた監督生の上から、再び間延びした声が降る。
「あー、でもね」
「?」
「今回はねえ、海の中じゃなくって、浜に行かない?」
海の中のあらかた有名な所は行っちゃったしね~と形のいい薄い唇で独り言のように言葉を紡ぎながら、フロイドがぱっと監督生から離れた。
「浜辺であそぼうってやつですか」
「そーそー。イヤ?」
「いえ、ぜひご一緒させてください」
監督生がゆるりと首を横に振ってそう答えると、フロイドは異なる色味の瞳を輝かせた。
***
夏の盛りのホリデーに入る数日前、学期中の最後の休日。監督生とフロイドは先日の約束通り海辺に赴いた。
この世界で身寄りのない監督生は、外出する際には保護者の代わりとして学園長の許可を要する。要望を手短に伝えると、テストの点数を外出許可の条件に挙げられて少女は苦笑いを溢した。魔法の使えない彼女、人ならざるグリムは二人で一人の生徒として特例でナイトレイブンカレッジの門を潜っている。すなわちそれは日頃の授業態度も、テストの結果も、最終的にはすべて纏めて考慮するということだ。魔法が使えないなら知識を、と日常的に予習と復習に励む監督生はいざ知らず、地道な努力を嫌うグリムは、アズールのテスト対策ノートを借りた時を除いて万年赤点、教師陣のブラックリストに名を連ねる問題児こと問題獣であることは最早周知の事実である。
あ、これは今回許可してもらえない奴だと気取られないように溜息を溢し、フロイドを怒らせないお断りの仕方を考え始めた監督生に、「でーすーが!」とわざとらしく声を張った学園長は、今回はユウさんのテストの結果のみで判断しますと言葉を続けた。私、優しすぎません?といつもの言葉も忘れずに。お決まりの言葉を胡散臭いなあと思いつつ、彼女はありがとうございますとぺこりと一礼し、学園長室を後にした。
重厚な扉を閉め、安堵とも戸惑いともつかぬ溜息をひとつ落とし、少女はその日オンボロ寮へと戻っていった。
「小エビちゃんそういえば水着持ってたの?」
「ええと、ギリギリでしたが用意できました」
「ふーん、そっか」
フロイドが上体を屈めて少女の顔を覗き込む。なんでしょう、と監督生は半歩下がってつとめて冷静に尋ねる。
「いや~?持ってきてないなら、そこら辺のお店で見繕ってあげよっかな~って思ってたから」
「いやいやいや」
お気持ちだけで十分ですというように両手を胸の前で振ると、フロイドは少しだけ眉根を寄せた。しゃらり、ジェイドとフロイド、彼ら兄弟の鱗を模したような菱形に髪の色を溶かし込んだような色をした飾り石がフロイドの右の耳で揺れる。
「えっと、着替える場所ってどこですかね」
「ん?えっとね、あっち」
少しまずいと直感で感じ取った監督生は、肩にかけていた大きなバッグを強調するようにショルダーに両手を添えてみせる。フロイドの気はそれで多少紛れたのか、屈めていた身体を起こしてやや離れた場所に建てられた建物を指差した。
*
透き通った海。寄せては引いていく波間の間を縫うように泳ぐ監督生の姿を、フロイドはじっと見ていた。海にと誘ったあの日、監督生のはじめの反応はイソギンチャク騒動を
「泳ぐの上手だね、小エビちゃん。海の中じゃわかんなかったからびっくりした」
「あ……りがとうございます」
「なんでちょっと疑問形なわけ」
「いやあ……フロイド先輩のようなガチ人魚の方に泳ぎを褒められる日がくるとは思ってもみなくて」
「絞めるよ」
「いや馬鹿にしたわけじゃないんですびっくりしただけですありがとうございます」
ワントーン低くなったフロイドの声に、慌てて監督生がかぶりを振る。一息に捲し立てられた理由に、フロイドはふぅんと気のない相槌を打った。
「でもほんと上手だったよ。海の中じゃカニちゃんサバちゃんたちと大して変わんなかったけど、」
さっきまで泳いでた小エビちゃんは、人魚みたいだった。
にへ、と笑いながら感想を口にしたフロイドを見つめたまま、監督生は僅かに目を瞠った。
エレメンタリースクールやミドルスクールで見てきた同世代の能天気な人魚たちと比べるのは少し失礼かと思ったけど、陽射しを受けて光る海を思うがままに泳いでみせていたあの姿は、自由で、そしてどこか優雅で。それでいて快活で。伝説の人魚姫はこんなだったのだろうかとフロイドは純粋に思って、思ったままを口に出した。
「……は、え?」
フロイドの口から唖然とした音が零れた。視線の先には、脈絡もなく涙を流し始めた監督生。
「あ、れ」
監督生自身も驚いたのか、すぐにごし、と手の甲で涙を拭った。しかし、彼女の目からは穴の開いたバケツのように次々に涙が零れていく。えっと、なんで、と自問自答しながら涙を拭うけれど止まらなくて、目の前で呆然としているフロイドに見られたくなくて。監督生は両手で顔を覆った。
「オレ、小エビちゃんの嫌なこと言ったかな」
「ち、が」
「じゃあなんで泣いてるの」
教えて、と幾分か甘い声が彼女の耳元に吹き込まれる。ややあってから、か細い声が分からないと空気を弱々しく震わせた。
「わた、し」
「うん」
「この世界に、身ひとつで、飛ばされ……て、きて」
「うん」
「魔法、も……使えなくって。みんなと、ちが……って、」
「うん」
「なんで……、せめて、何か……一緒、だったら」
暗に、自分が異世界人で、魔法が使えなくて、男子校に放り出された女の子だというのを自ら呪うような口ぶりだった。
「ほんとは、泣きたいわけじゃないんですよ……?でも、……っうみ、見てると」
「……思い出しちゃうんだ?」
こくりと頷く
「もうすぐ、二年も経っちゃう」
半分は、諦め。もう半分はーー。
言わせたら、彼女の涙が増すばかりだと直感的に感じ取ったフロイドは、華奢な身体をますます強く―それでも手折ってしまわないよう最新の注意を払って抱き込んだ。
そうして彼女の涙が引くまで、フロイドは彼女の背中を優しく擦ってやりながらその腕の中に捕え、誰でもない誰かの視線から彼女を守っていた。
***
「やっほー小エビちゃん」
「お邪魔します、監督生さん。ご加減はいかがですか?」
「ぜん、ぱ」
「ふなっ、そっくり兄弟!」
グリムが全身の毛並みを逆立てる。
「アザラシちゃんひどくね?毎回だからいい加減慣れたけどさあ」
「ええ本当に。監督生さんが死んでしまうと泣きついてきたのはどこのどなただったでしょうか?」
ジェ、グリを半ばつまみ出すように監督生ル-ムから出す(自分も出てく)(色々用意するために~とかなんとか)
「小エビちゃん、つらい?」
力なく頷く監督生
「うわ熱っ」
「…………ひんやり、してます」
「ふふ、でしょ~?」
「も、ちょっとだけ……このまま、」
いいですか、と上目遣い
***
「小エビちゃんのとこ、オレらの故郷の海の魔女の伝説に似たような御伽噺があるんだって」
「僕も伺いました」
他寮の伝説に関しても似たような御伽噺があるらしいですね、と言いながらジェイドは温めていたティーカップからお湯を捨て、水滴を拭う。
「もしかすると、監督生さんの世界と僕達の世界は、意外と共通点があるのかもしれませんね」
「そーかな」
「もしかすると、それが監督生さんがこちらの世界にきた鍵かもしれませんね」
「そー……なの、かな」
それでもし元の世界に帰る方法が見つかったら。小エビちゃん、帰っちゃうのかな、なんて思うフロイド
ちくりと、刺されてもいない胸の辺りが小さく痛むのを感じた。
***
その日は、新緑に空の青さが突き抜けるような晴天だった。
クルーウェルから放課後学園長室へ、と言われた監督生はまた面倒事という名の依頼かなあと肩を竦めた。普通の生徒なら滅多に赴くことのない学園長室への見慣れた道を気乗りしない足をなんとか動かして重厚な扉を持つ目的地に向かった。
監督生が扉を開けると、丁度紅茶を飲んでいたらしい学園長がティーカップから口を離し、平時より幾分か機嫌のよさそうな声でいらっしゃいましたね、と微笑んだ。ぺこりと一礼した監督生はそのままいつもどおり学園長の座る机の前に向かう。今日はどのようなご用件でしょうかと尋ねると、よくぞ聞いてくれたというように学園長は弾んだ声を上げた。
「あなたの元いた世界へ帰る方法が見つかりました!いやーめでたいですね!」
「え」
「「え」とはなんですえ、とは。私だってちゃーんとあなたが帰るための方法を探していたんですよ?時間はかかってしまいましたが」
唐突な報告に目を瞬くだけで特にこれといった反応も示さない監督生を見て、学園長は鴉を思わせるような黒い仮面で大半を覆った顔を傾げてみせる。
「しかし、今学期も残すところ二ヶ月足らず。そして一つ上の先輩方が学び舎を離れることになる。だというのにこんな中途半端な時期にでは帰りましょうねと言うほど私も鬼ではありません」
「ユウさん、あなたがお望みでしたら今学期が終わるまで……さらに望むなら君とグリム君が立派に卒業するまで、ナイトレイブンカレッジに残る、という選択も可能です」
学園長は後頭部に手を当てながら「いやーなんて生徒想いなんでしょう、私ってば優しすぎ!教育者の鑑じゃありません?」等といつもの台詞をのたまいながらも、監督生が僅かに目を瞠ったのを見逃さなかった。
「今すぐに返事を、とは言いません。幸い、見つかった手段は特別な条件を必要とするわけではなさそうですので」
今のところは、ですが。と付け加えて長い人差し指を立てて唇の前に当てる。その目は仮面に阻まれて見ることは敵わないが、おそらく優しい色をしているのだろうとただの人である監督生にも分かった。
「えっと……じゃあ、少しだけ考えさせてください。グリムにも、話さないといけませんから」
その返事に、学園長はゆるりと首を縦に振った。
*
その日の夜。サバナクロー寮でのマジフトの練習から帰ってきたグリムに、監督生はいの一番に先程の学園長からの話を伝えた。ユウ、帰っちまうのか?とチャームポイントの耳から立ち昇る蒼い炎をこれでもかと弱めながらグリムが神妙な声で尋ねた。心なしか悪戯っ子のその声が震えているのに気付きながらもあえて指摘せず、すぐには帰らないよとだけ返す。
「でも、子分には家族がいるんだろ?」
言われて彼女はそこではじめて家族の顔を思い出せないことに気付いた。今、もしも元の世界に帰ったとして。そこには私がツイステッドワンダーランドにくる直前までの、私の知って「いた」世界なのだろうか。もしかするとものすごく長い年月が流れていて、昔話のおじいさんみたいに私だけ取り残されてしまっているんじゃないか。
考えた傍からごちゃまぜの思考が濁流のように監督生の人並み程度の思考領域を埋め尽くす。止まらないネガティブな憶測に頭がずきりと痛むのを感じたが、なんでもないように取り繕ってご飯にしようかと黒い相棒の方に向き直った。
***
「小エビちゃんさあ、最近元気ないよね」
「……っ」
学園長の報せから一週間後。監督生は悩み、眠れない夜を何度も過ごしていた。
今季一気温が上がり、賑わう大食堂で昼食を摂る気になれなかった監督生は、中庭に植わっている一際大きな木の下に一人腰を下ろしていた。売店で買った薄いレタスサンドを静かに咀嚼し、ボトルに入ったアイスティーで、パンに水気を取られた口内を潤す。そんな単純作業を油の切れた機械人形のように何度か繰り返していたところで、木の陰からフロイドが姿を現した。挨拶もそこそこに、フロイドは彼女の隣に腰を下ろし彼女がサンドイッチをもそもそと口に運ぶ様子を横目でしばらく見ていたかと思うと、唐突に切り出した。
「どうして、そう思ったんですか」
サンドイッチの最後の一欠を飲み込んだ監督生の問いかけに、フロイドはんー?と首を傾げながら言葉を返す。
「なーんて言うんだろうねえ。小エビちゃんの周りの空気が、ずーんってしてるんだよねえ」
ぼんやりとしながらも的確な指摘に監督生が肩を微かに揺らす。
「元の世界に帰る方法が、見つかったらしいんです」
「帰るの?」
「……おそらく」
「なんで?」
途端、監督生の右腕をフロイドの左手がぐんと掴み、フロイド自身の方へ彼女の身体を引き寄せた。
「どうして、そんなこと言うの」
「え……?」
「なんで帰るなんて言うの?冗談だよね?」
いつか痛んだ胸がじくりと疼く。
「ここが、楽しくなかったの?」
「そんなこと、は」
「じゃあいればいーじゃん。元の世界のこと思い出して泣いちゃうくらい弱っちいんだから、小エビちゃんはここにいればいいじゃん」
いつか見た涙を、もう見たくなくて。
腕を掴む手に力が籠る。顎を掬う手が監督生の伏せられた目と無理にでも視線を合わせようと小さな顔を上向かせるように持ち上がる。
「ごめ、なさい」
震えていた。声も、華奢な身体も、無理矢理視線を合わせた焦げ茶色の瞳も。彼らがはじめて言葉を交わした時のように、ふるふると震えていた。眼前で揺れる双眸には透明な膜がうっすらと張られ、これ以上詰め寄ればみるみるうちに厚さを増して決壊するだろうことが目に見えていた。
違う。こんな顔をさせたかったんじゃない。むしろこんな顔をもうさせたくなくて。
手に籠る力が緩むと、監督生はその拘束から腕を降り抜いて、ごめんなさいと立ち上がり足早に立ち去った。取り残されたフロイドは、離された掌をたはだ呆然と見つめていた。
*
「小エビちゃん、帰っちゃうかもしれないんだって」
おや、とジェイドが僅かに目を瞠った。
「……泣かせちゃった」
もう、顔合わせらんないかもと消えそうな声で呟く双子に、ジェイドはやれやれと肩を竦めた。
***
卒業式
*
「監督生さん」ジェ
「ご卒業おめでとうございます」
ありがとうございます、と手に持ってたグラスを渡される
えっと、としてたらノンアルコールですよ、ご安心をとニコリ そっと受け取る(リンゴみたいな果実のスパークリング)
「あなたもご卒業……ではありませんがおめでたいことに変わりはないでしょう」
僕からのお祝いですよと形のいい唇で弧を描くジェ
しばし談笑 そろそろお暇~ってとこで
「ああそうだ。あなたに言伝を頼まれていました」
「?」
「最終日の二十二時、モストロラウンジの屋上へいらしてください、と」
「えっと、どなたからってお聞きしていいんで……」
ニッコリと制される(人差し指立ててシ-してる)
「わ、かりました」
「屋上席は特別席ですので、本日のようにドレスコードでいらしてくださいね」と付け足される
*
2年前にきたのは昼だったからなのか、同じ場所のはずなのに趣がまるで違っていた
「手貸して」
ヒールじゃ砂浜歩きづらいでしょ、とフロイドが監督生の手をとる
ほかよりも突き出してる岩場に腰掛ける(フロが上着敷いてどーぞする)
魔法で花火っぽいなにかを出す
光が水面も周りも照らす
「あのね、小エビちゃん」
「……はい」
「小エビちゃんが、好き」
フロイドの左の小指が、監督生の右の小指にそっと触れた。監督生の指は驚いたように僅かに震えたが、彼女のものよりずっと長くて節ばった指がすり、と甘えてくるのを許し、自らもおずおずと指を寄せれば、今度はフロイドが肩を跳ねさせる番だった。堪らない、と言う代わりに己のそれよりも二回りは小さな手を包み込むように手を重ね、上から指を絡める。きゅ、と緩く締められた指を監督生もやわく握り返せば、フロイドは胸にあついものが込み上げてくるのを感じた。そのまま、喉から声を絞り出す。先程よりも震えていて、いつもならダサいなあと自虐気味に笑ってみせるところだったが、そんな余裕はとうになかった。
「好きだよ。ほんとなら、帰したくないくらい」
あの日はごめんねとここでようやく
(もうちょっとなんか喋れ)
「わたし……っ、私も、せんぱ」
そっと指を当てられる(今は言わないでと目が訴えかける)
「もしね、小エビちゃんが元の世界に戻った後でね。つらくて苦しくて、立ってるとこすら分かんなくなったらさぁ」
「この海でまた、会おうよ。辛いことや苦しいことは、半分こすりゃいいし、嬉しかったこととかオレらの思い出は、一緒くたにしちゃえば2倍になるじゃん?そうしたらオレら、しわくちゃになっても、きっと、ずっとーー」
柔らかくて、甘やかな光を孕んだフロイドの瞳をじっと見つめながら静かに聞いていた監督生の目から、ぽろぽろと大粒の涙が零れた。
「うれ、しくて」
涙を拭いながらそう言った監督生に、フロイドは数拍置いてからふにゃりと笑いかけた。よかった、と独り言のように吐き出された安堵がか細く震えていたのに監督生が目を瞬く。フロイドの手がそっと伸ばされ、監督生の目尻に溜まっている涙を、アイラインを擦らないように優しく拭い取っていく。
「オレ、待ってる。絶対、待ってるから」
言い終わったところでケースをだす→フロイドがしてた新しいピアスと揃いのもの(片方)持っててくれるだけでもいいから(フロ
「……いいん、ですか」
「小エビちゃんだからいいの。ううん、オレ、小エビちゃんがいい。小エビちゃんじゃなきゃ嫌だ」
震える両手で受け取る
胸に抱いて泣きじゃくる
そっと、監督生の頬に幾分か低い熱を持ったフロイドの手が宛てがわれる。その掌があやすように監督生の頬を撫でる。アクセサリーボックスを抱きしめたまま監督生が顔を上げると、彼女を慈しむような瞳で見ていたフロイドのまなこからも、はらはらと涙が零れていた。薄めの頬を伝っていく涙が、顎先で雫になってぽとりと落ちる。
人魚の涙は真珠なんだって、小さい頃に聞いたことがあった。それは本当だった。だって、今フロイド先輩の色味の違う瞳から溢れている涙は、すごく綺麗で、そのまま宝石になって転がって落ちていきそうだったから。
「ふは、小エビちゃん顔ぐっちゃぐちゃ」
メイク崩れちゃうよと笑うフロイドに、監督生は唇を尖らせる。
「う……っ、フロイド先ぱ、に…………言われたく、な」
「ごめんって。……ありがと」
右の耳たぶにそっと触れるフロイド(そのままそっと後頭部に添えられる手)
顎に指を滑らせてそのままゆっくりキス(心做しかいつもよりほんの少しだけ温かかった)
帰るまで手を繋いでた
***
チャペルの鐘が青空に響く。
階段をゆっくり降りてくる新郎新婦にフラワーシャワーが降り注いだ。
幼馴染の結婚式に出席
「それではブーケトスいきまーす!」
何も構えてなかった彼女の方へと綺麗な放物線を描く。慌てて両手を出せば、待っていたと言うように可憐な花束が小さな両手に収まった。
同じ会場で行われた披露宴も終わり、元監督生は二次会への参加をやんわりと断って、チャペルからも見えていた砂浜に足を運んだ。
たくさんのかすみ草の中にぽつぽつと薄青色の花が配置されているそれは、遠目で見ていたものよりずっと可憐だった。
誰とも一緒にはならないだろう私にはどうしても勿体なくて。あの子が知ったら怒りそうだけど、うん。
波打ち際に向かい、星の瞬きを映す昏い海にそっとブーケを流す。沖へと引き返していく波に少しずつ攫われていく白と青をぼんやりと目で追う彼女は、どこかすっきりした顔をしていた。
パンプスの爪先が打ち寄せてきた白波に軽く濡らされる。慌てて二、三歩引けば、波はその足を追いかけるようにして寄せてきたが、再度爪先にじゃれつく前に止まり。音もなく引いていった。
少しずつ沖へと向かっていくブーケを見送りながら、そういえば海にくるのは久し振りだなと彼女は息を吐いた。段々小さくなって、視認が難しくなったところで彼女は引き返そうとした。しかし、このままホテルに戻る気にはなれず、散歩をすることにした。
さく、と白い砂を踏みしめながら波打ち際を歩けば、いつかの思い出が脳裏を過ぎる。根底から異なる世界での、瞬きひとつのうちに過ぎていった三年間。トラブルばかり持ってきたけれど、ただ一匹の寮生だった相棒に、個性的で憎めない同級生。十人十色の価値観を持つ、頼れるようで頼れない、というよりは頼るのを躊躇う先輩たちに、可愛かったけれどやはりどこかあくどかった後輩たち。
「フロイド、先輩」
そして、最後の最後で好きだと言い合えなかった、言わせてくれなかった、ずるい人。無意識に、懐かしい呼び名が口を滑り出た。
バシャッ、バシャッ、と突然水音が上がった。先程、元監督生がブーケを流した辺りから。ビクリと肩を跳ねさせ、彼女はおそるおそる後ろを振り返った。
「っ、」
人影が、あった。自分より幾分か大きい、骨格もしっかりとした影が。満天の星空といえども、頼りない灯りにしかならないため、その容姿の詳細まで窺うことはできないが、十中八九男性だろう。彼女が小さく息を飲む。突然海の中から人が現れたため、怯えるのは無理もなかった。海に潜るための装備をしているようには見えないし、第一、こんな時間に素潜りをする人間は例え地元住民であってもいないだろう。すぐにこの場を立ち去るべきだと冷静な部分が彼女に訴えかけていたが、それと同時に、自分に関係しているかもしれないと、直感的な部分が囁いていた。元監督生は、九割の得体の知れないものに対する恐怖よりも、一割のその直感からくる興味によって足を留められていた。
ぶるぶると水浴びをした後の大型犬のように頭を振ったその影が辺りを見回すように首を動かす。そして、元監督生の方向を向いたと思ったところで、その影ははじめて言葉を発した。
「小エビ、ちゃん?」
懐かしい声が、懐かしい呼び名を発した。気のせいかもしれない。
「久し振りだね。小エビちゃん」
「は……い」
「あはっ、なんでオレがここにいるのか分かんねって顔してんね」
「アズールがさ、卒業してから海の近くの陸に新しい店をオープンさせて、その傍らでずっと、小エビちゃんの世界にくるための魔法を作ろうって研究してたんだよ」
オレとジェイドも手伝ってたんだ~と笑うフロイド
「待ってるって言ったけどさ、オレのが待てなかった。だから、来ちゃった」
こーんな可愛らしいブーケまで贈られちゃったし?と水に濡れたブーケを掲げる。
「フロイド、先輩」
「んー?」
「覚えてて、くれたんですか」
「流石に忘れないよ。小エビちゃんとの約束だよ?」
「……ふ、ぅ」
「え、待ってなんで泣くの小エビちゃん」
「信じられ、なくて。……その、すごい、うれし、」
ぎゅっと抱きしめる力が強くなる
「オレも、嬉しい」
「あの日、小エビちゃんが言おうとしてオレが止めた言葉、言ってくれね?」
「え……っと」
「オレが好きって言った後に、小エビちゃん返事してくれようとしたでしょ」
あ、という顔をする元監督生
「ねえ、聞かせて?」
ずるい。そんな砂糖を溶かして蜜にしたようなあまいあまい声で強請ってくるなんて。
「好きです」
「私も、フロイド先輩が、あの時よりもずっと前から、好きです」
「オレも」
「小エビちゃんが元の世界に帰って、ナイトレイブンカレッジを卒業してからも、小エビちゃんのことを忘れた日なんてなかった」
フロイドの頬をそっと両手で挟んで、彼女が首を屈める。それに応じるようにフロイドも顔を上げて降りてくる彼女の小さな唇を迎えに行った。
こうして交わされた二度目の口づけは、潮の味がしたが、仄かに甘く薫るようだった。