概要(原文)
年上一氏ユウジさんに海に連れて行ってもらいたい。まだ海開きには早いでと怪訝な顔されるけどだからこそって頼み込んで車で連れていってもらう。いざ着いたら誰もいない海にテンション上がって早めに下ろしたサンダルで波打ち際に走っていくのをユウジに微笑みながら見られていたい
誰もいない海で歌うの好きなんですわってにこにこしながら少し昔の流行りの歌を口ずさむ姿が大人びて見えて、いつも周りをぴょんぴょん跳ねてる子と同じには見えなくて、サンダル脱いで波に足を浸してる子の後ろからひょいと彼女が持ってたサンダルを攫っていくユウジさん
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「一氏さーん」
「なんやうっとい」
「ひどい、私言われた通りきちんと座って大人しくしてるんに」
来た時に出された麦茶の入ったグラスにまたちびりと口をつける。時間が経ってしまって温くなった麦茶が喉をするりと通り抜けていく。
「屁理屈言うなや。で、なんや」
「海、行きたいです。行きたくないですか」
「は?」
「海開き、まだやろ」
「まだですけど、行きたいです。行かなあかんのです」
「海を見んと死ぬ宗教か」
「まあ、近いような遠いような」
「ハッキリせんかい。あと行きたきゃ一人で行くんやな」
忙しいと言いながらペンを回す
「海こっからやと遠いんですよ。知らんのですか?」
「知っとるわなめとんのか自分」
「電車で十分行けるやろ。悠々自適な高校生様と違って俺は忙しいし体力もないねん。それにJK連れてる男がおるて警察の御厄介になりたないねん」
「親戚のお兄ちゃんだって言いますから安心してください」
「自信満々に言うなや!絶対バレるわ!」
「私、今年は一氏さんと行きたいねんけど、それでもあかんのですか」
無言
「明日、空いてるか」
「え、……ああ、はい」
「しゃーないから連れてったる。しゃーなしやで、ええな?」
「っしゃ」
「やっぱ撤回で」
「待って待ってごめんなさい許してくださいありがとうございます天才一氏様」
「持ち上げられすぎても嬉しないねんだああ引っ付くな暑苦しい!」
「昼すぎでええか?ここの最寄りの駅で待っとり。迎えに行ったる」
「はーい。寝坊しないでくださいね?」
「抜かせガキが。自分こそ寝れませんでしたってべそかいてんやないで」
***
「流石に制服やないんやな」
「休日ですやん」
「あーでも制服できてたら一氏さんが昨日言うてはったことになったかもですね。ご期待に沿うべきやったでしょか」
「ボケが死なす気か」
社会的に、と付け足す一氏さんの全身を改めて見渡す。
「何ジロジロ見とんねん。行くで」
「はーい」
なんやかんやで近くのコンビニで飲み物買ってくれた。やっぱり優しい。駐車場で久し振りに見た一氏さんの車にテンションが上がってしまっていたら、はよ乗れやとまた叱られてしまった。
海には思っていたよりも早く着いた。実際はそこそこ時間が経っていたけれど、一氏さんに一方的に話をしながら向かう道のりは本当にあっという間だった。本音を言えば運転している一氏さんの横顔をもう少し盗み見ていたかったけど、気付かれたらまた怒られそうやから帰りの楽しみに取っておこうと心に決めた。
「ここ、駐車場あるんか」
「ありますよー、駐車場っていうかちっさなスペースってかんじですけど」
「そこでええやろ。んでどこや」
「ここをもう少し道なりに行ったら海側に曲がる道あるんでそこギュンて曲がったら看板あるんで」
「おー」
「着いたで」
「ありがとうございます。ほなお先ですー」
シートベルトを外して車を降りる。コンクリートに今シーズンお初のお気に入りのサンダルの踵がつけば、海に向かう足はもう止まらなかった。舗装されている道が終わり、とうとう砂浜に足を踏み出す。さく、と控えめな音と共に足が少し沈み込む感覚にますます気分が高まっていく。頭の上は梅雨明け間近の快晴。足元は太陽に温められた砂浜。そして目の前には、陽射しを受けてキラキラ輝きながら轟音と共に波が打ち寄せては引いていく青い海。歩きにくくはなっていくけれど、力を入れてぐっと踏み込んだ。
***
※一氏視点
押しに負けて海開き前の海に行くことになった。何年ぶりやろなんて考えながら迎えに行くと、いつも事務所に入り浸っている時の制服姿とは打って変わって大人っぽい格好をしていた。俺を見つけてぴっと背を伸ばしたかと思えば嬉しそうにへらりと笑いよるからいつも通りのコイツやと内心ほっとしながら鼻をつまんでやった。海までの道中、最近ビビッときた洋楽を流しながら他愛もない話に俺も昔こんな時期あったっけなとか思いながらハンドルを握る。目的地に到着し、車を停めたところでお先でーすなんて抜かしながらアイツは先に出て行く。梅雨明け間近とはいえきつい陽射しに目を細めながらフード付きの薄手のパーカーを羽織って後を追う。いつの間にか波打ち際まで行ってたアイツは履いてた白いサンダルを片手に纏めて持って、素足を波に浸していた。胸の下でリボンを結ぶタイプの、淡いミントグリーンのワンピが潮風に靡くのを目で追いながら近付くと、何か小さな声で口ずさんでいた。よくよく聞くと学生の頃に流行っていたラブソング。それ、××やろと尋ねると、知ってました?と歯を見せて笑う。こうやって、誰もいない海で歌うの好きなんですわーなんて言いながら続きを歌い出す。いつもと違う高くて、それでいて耳障りでない澄んだ声が心地よくて。歌を紡ぐ横顔がやたら綺麗で。どうしてそうしようとしたか分からんけど、コイツの手でぷらぷら揺れてるサンダルのバンドに指をかけてそっと攫った。一氏さん?とこちらを見上げてくるもんやから海の方に視線をずらして海、これてよかったかと聞いたら、はい!と元気のいい返事。なんやいつものコイツやと安心した。きっとコイツがやたら綺麗に見えたのは、海のせい。さっきからやたら煩くなってる心臓に言い聞かせながら、しばらく2人で波打ち際を歩いた。