『この手紙がお前の手に届く頃には、もうそっちは青海の節になってるかもしれないな。
今、俺はスレン南部のとある集落でこの手紙を書いてる。信じられるか、集落が砂漠の中にあるんだぜ。今居るこの部屋から外を覗くと、窓の外には少しの家と、それからだだっ広い砂しか見えないんだ。士官学校の頃、何度か砂漠で戦ったこともあったから想像できるだろ。あの砂漠がさ、集落のすぐ隣まで広がってる。すごいだろ、俺も初めて来たときはスレンは何て国なんだろうと驚いたもんだよ。
そっちはそろそろ暖かくなってくる頃だろうけど、北にある分こっちの朝晩は随分寒い。特に砂漠の夜ってのはいっとう一日の中でもいっとう冷え込むものらしくてさ、薄着で散歩に出た初日の夜は凍死するかと思ったくらいだった。髪から、指から、足の先まで凍り付くみたいに冷えるんだ。けど不思議なことにそれがなんだか懐かしい寒さだった。こればっかりは寒さに慣らしてくれた祖国に感謝ってとこなのかもしれない。ファーガスの冬は凍り付く程度じゃあとても済まないもんな。立ち止まったら吹雪に飲まれて死ぬ。あの恐ろしい光景だけは、こっちの人たちだって誰も知らないだろう。
そう、スレンの冬は気温は下がるが雪は大して降らないそうなんだ。向こうの雪はお前の背丈くらいは軽く越えるぞ、って村長の子どもをからかったら随分怯えさせちまった。
ああ、お前、今これを読みながら顔を顰めただろ。わかるのかって?そりゃあわかるよ、目の前にいるかってくらいはっきり想像できる。ああ、安心してくれ、子どもたちには好かれてるからさ。子どもはいいよな、スレンの子どももファーガスの子どももみんな元気で素直でさ。動物と子どもは大好きだ。
ああ、そういえばこの前家令からの手紙に書かれてたけど、そっちはそっちでまたアドラステア絡みで一悶着あったんだってな。帝国、いや今はもう旧帝国か。こういうことが起こる度にあの戦争が終わってもう五年、ではなくまだ五年なんだってことを痛感させられるよ。たった五年じゃあ、あの戦いは過去にはならないってことなんだろう。現に今のスレンにさえ、数十年前のスレン出征の爪痕が嫌って程に残ってる。本当に、つくづく嫌なもんだな、戦ってのは。
ともかく、お前も陛下も大変だって時期に国に戻れず悪かった。次戻ったときには遠慮無くこき使ってくれて構わないって陛下にも伝えておいてくれ。お前は……言わなくてもその気なんだろ、わかってるよ、フェリクス。
フェリクス。
フェリクス。
いや、何でもないんだ。どうしてもお前の名前を書きたい。そういう気分なんだよ今日は。
そう、今日の昼に、フラルダリウスからの荷を受け取ったんだよ。
これを書いてる今日の日付は、ちょうど花冠の節5日だ。暗くて寒い夜だけど、どうしてもじっとしていられなくてお前への手紙を書いてる。お前の顔を見たいこと以外、したいことが浮かばないんだよ。だからさ、手紙を書いてる。
しかしお前の所の伝令は本当に優秀だな。お前に言われた日付ぴったりに、こんな砂漠の果てまでやって来てくれた。最初は夢かと思ったぜ、まさかこんな奥地にまでフラルダリウスの兵がやってくるなんて思いもしないだろ。集落のばあちゃんたちも、よく案内もなしにやってこれたねえと随分褒めてたぜ。お前がこれを読んでるってことはもうあの兵はそっちへ帰ってるんだろ。だったら後でうんと褒めてやってくれ。大変な道のりだったろうから、きっと喜ぶ。
贈り物も、ありがとう。ちゃんと受け取った。そうだな……こっちのがずっとずっと、夢かと思ったかもしれない。お前から装飾品を贈られるなんて、考えたこともなかった。でもとても良い品だった。お前が俺のために、あれを選んでくれたんだって思うだけでどうしても顔が緩んじまう。今日はずっとしまりのない顔をしてたんだろうな。
ああ、言われたよ、村の人たちからも。「今日はずっと嬉しそうですね」って。
懐中時計、本当にありがとうな。銀の色合いも、装飾や鎖の具合も抜群だ。特に蓋に刻まれてたあの文様がいいな、随分腕の良い職人に頼んだんだろう? ああ、それに盤面に添えられた宝石の色も良い。深い海と高い空を混ぜたようなあの青は、お前の青にそっくりだ。お前はあれをフラルダリウスの青と言うだろうけど、俺からしたらあの青はお前の、お前だけの色なんだ。だから本当に、嬉しかったよ。
きっと俺はこの先、あの時計を開くたびにお前のことを思い出すんだろうな、フェリクス。時間を合わせてねじを回して、蓋をあけて針の音を聞いたときに思ったよ。
なんだか、お前の心臓をもらったみたいだって。
ああ、だめだな、もうだめだ。お前に会いたいってことしか考えられなくなってきた。こんなことを書いてるんだ、そりゃあそうだ。会いたいよ、フェリクス。今すぐお前に会いに行きたい。出来ないことくらいわかってるさ、でも書かずにはいられないくらいお前に会いたい。
戯曲なんかでは愛は人を強くするなんて言うけどさ、俺はどっちかというと馬鹿になるほうだな。元から馬鹿だろうって思うかもしれないけど、そうじゃないんだよな。たとえばさ、夜だよ。お前がいない夜。
こっちで他に考えなきゃいけないことが山ほどあるってのに、寝台の中に潜り込んだ後たまにお前のことしか考えられなくなる。だからそういうときは仕方なく、眠れるまでずっとお前のことを考えるようにしてるんだ。昔の事、士官学校の頃の事、戦場でのお前、フェリクス、俺の隣で眠るお前の横顔。半年会えてなくたってすぐに思い出せるように出来てるんだ、俺はさ。
なあ、スレンは俺が思ってたよりずっとずっと良いところだ。なんであんな風に戦い続けていたんだろうって、この国の人々に会う度に思ってばかりだ。よかったらいつか、お前にもこの国を見て欲しい。この国の人々も、動物も、それから何もないこの砂漠の夜も、全部全部お前に見て欲しい。きっとお前も気に入るはずだ。そのときはお前の隣で、俺がこの国を案内するよ。
ファーガスに遅い夏が来る頃には、そっちに戻ろうと思ってる。
フェリクス、その日が決まったらまた手紙を書くよ。
忙しいと思うけれど、どうか読んでくれると嬉しい。
では、また。』
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シル誕
初公開日: 2020年05月31日
最終更新日: 2020年05月31日
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作業など
テストもかねた執筆です。6/5までに書きたい予定。
rira
zat夢文庫版書き下ろし原稿
「雑渡昆奈門と先見の仙女」のイベント頒布用文庫本の書き下ろし用の話。
砂凪
七夕リチャアヤ
眠気が勝つか、今日が終わるのが先か
瀬をはやみ