険しい山岳を切り開きこの街を作ろうと最初に考えた人々は、よくそれが可能であると思ったものだ。
街の最上段に位置するこの屋敷から下層を見下ろすとき、必ずと言って良いほど思いを巡らせてしまうのがそのことであった。顔役や役人たちの屋敷が建ち並ぶこの場所から、店が所狭しと広がる街の下層に降りるまでは急いでも半刻はかかってしまう。街を包み込むような澄み渡る空を眺めてのんびりしていている場合ではない、とシルヴァンは石畳を踏みしめる歩をやや早めた。
スレン南部、ファーガスとの国境沿いからやや北上した山々の中に、隣国ファーガスのゴーティエ辺境伯であるシルヴァンは密かに身を寄せていた。数人の口の固い使用人に、僅かな手勢だけを連れてこの地に降りたのは冬に入る前のことだ。毎日が飛ぶように過ぎ去ってゆくものだからすっかり記憶から抜け落ちていたが、要するにもう半年以上祖国の地を離れているということになる。それでもこの街を治める者達をたった半年で説得できたのだ。スレンとの和睦を結ぶ足がかりとしては十分すぎるほどの成果を得ることのできた半年であった。
幸い領地に残してきた部下達は皆優秀で、書面だけでもこちらの意図を汲み存分に働いてくれている。しかし国王陛下の了承も得ているとはいえ、さすがに夏が来るまでには領地には戻らねばならないだろう。残された数節という時間でどこまで話を進めることができるか。少し前までは街の顔役の伝手で書庫で資料の確認などの作業に奔走していたが、そろそろ次の手を打たなければならないだろう。そのために今日は街の下層まで降りてきたのだ。
さほど大きくはない広場の大半を占める露店を素通りし、石造りの家屋を裏を通り抜ける。暗く乾いた路地裏には道の端で眠る子どもや俯いた老人の姿がちらほらとあり、廃材と石で作られた、店と言うにはいささか粗雑な建物が立ち並んでいた。そのうちのひとつ、大きな文字で雑貨屋と書かれた看板のかかった店の入り口をシルヴァンは黙ったままにくぐ璃抜ける。農耕用の鍬を補修していた黒髪の少年が警戒心の滲んだ視線を向けるが、こちらの顔を確認するやいなやほっとしたように柔らかい笑みを浮かべてみせた。
「ジョゼさん、どうも」
「よう、どうだい景気のほうは」
「お陰様で順調ですよ。良かったらそこで待っていてください。もうすぐ戻ると思いますので」
鉄材で組んだ椅子を指し、自分の役目は終わったと言わんばかりに少年はすぐに手元へと視線を戻し器用に痛んだ農具などの補修を黙々と進めてゆく。少年が中古品として売り出すこの鉄製の農具は、ファーガスの農民達が日頃手にしている農具よりもずっと精巧に作られたものである。農具だけではない、スレンで流通している一般的な鉄や鋼の道具はフォドラに持ち込まれれば貴族にしか手が出ないような高級品になってもおかしくないほどの質であった。シルヴァンはさほど詳しくないので断言することはできないが、おそらく金属の加工の方法が全く違うはずなのだ。この道具とその技術をフォドラに持ち込むことができれば、ファーガスの固く乾いた土地を日夜耕している民たちにも随分と楽をさせられるだろう。
小気味よい金属の音だけが鳴り響く店先を眺めながら、シルヴァンは数年後の展望を少しずつ広げていた。
黒髪の少年が言ったように、待ち人はすぐに戻ってきた。
「ジョゼ、来てたんだな。待っててくれ、すぐに持ってくるから」
茶髪の巻き毛を揺らして帰ってきたこの店の主である少年は、シルヴァンを見て目を輝かせると山のように廃品が乗せられている荷車を放り出して店の奥へと駆けだしていく。そんな店主の姿を呆れたように見つめながら、花の入った籠を抱えていた少女は溜息をつく。
「もう、お兄ちゃんったらほんとに慌ただしいんだから」
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初公開日: 2020年05月30日
最終更新日: 2020年05月31日
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テストもかねた執筆です。6/5までに書きたい予定。
zat夢文庫版書き下ろし原稿
「雑渡昆奈門と先見の仙女」のイベント頒布用文庫本の書き下ろし用の話。
砂凪
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6月28日ジェイリドオンリー『ブレンドティーは恋の好機』の新刊になりたい話の執筆RTAです。 これよ…
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