それは、俺がまだこの海賊船の下っ端海賊だった頃。始まりは、たまたま立ち寄った港で感じた違和感だった。
 どうも喉の奥がむず痒いというか、掠れるというか。昨晩立ち寄った酒場で、趣味の悪い匂いの煙を蒸している連中がいたから、大方それにあてられたんだろう。
 そう思っていたのが、朝起きてすぐのこと。けれど、日が高くなるにつれて痒みはどんどん増して、いつしか痛みに変わっていた。こんな時に限って、甲板掃除の仕事を言い渡されるなんて、全くもってついていない。頭の上は、澄み渡るような初夏の快晴が広がっているのに、気温が全く上がらなくて。仕舞いには妙な寒気まで襲ってきて。海は大して荒れてもいないのに、さっきから、足元がふらふら揺れて。
 眩む視界に、反転する身体。最後に、誰かが俺の名前を呼んだ気がした。
 意識を取り戻した俺に待ち構えていたのは、同期のくせに、なぜか船医の役目を任されている口煩い男の説教だった。真面目なことくらいしか取り柄もない、面白味のないやつだと思っていた男の言い聞かせは、意外にも流暢で。
「罰としてお前には、風邪が治るまで、びっくりするほど苦い薬を飲んでもらうからな!」
 課してくるペナルティは、意外に容赦がない。
 それが
病人に対する医者の態度かと文句をつけたが、ものの見事に一蹴された。リョウヤクハクチニニガシ、とかいう原理らしい。知ったこっちゃないが。
 そう言うと、退屈そうに扇を扇いでいた赤毛の女海賊は、堪らないように噴き出した。「なるほどね」なんて一人で呟いて、勝手に納得したように頷いている。
 寝ても覚めても説教ばかりのあの船医は、薬の買い出しだとかで、この医務室を留守にしている。俺にとっては、束の間の静寂を味わえる至福の時間。そんな中、無遠慮にも部屋を訪ねてきたこの女もまた、俺の同期だったりする。
「知ってるってことは、お前も医学かなんかに明るかったりするのか?」
「医学っていうか、そういう諺があんの。先人の教え〜」
「わかったから、さっさと持ち場戻れよ。どうせまたサボってきたんだろ」
「風邪で寝込んでる同期が心配で、お見舞いに来てあげたの。デキるオンナの、配慮に対して、そういうこと言う?」
 配慮の出来るオンナは、病人の前で堂々と酒を飲んだりしない。言ったらまた面倒なので、胸に留めておくが。
「良い薬ほど苦い、って、そのまんまの意味ね。今度、口直しのフルーツでも持ってきたげるから頑張りなよ」
「フルーツかよ。もっとフツーにハンバーグとかがいいよ」
「しばらくは消化に良いものしかダメって、オイシャサンがゆーから、だめでーす」
「だからって、お粥はオーバー過ぎやしないか?」
「文句言うな。それだけ、ひどい風邪だってことだ」
 その日の最後、部屋を訪れたのは、やっぱり同期の海賊だった。海賊に憧れてこの船の給仕係からのし上がったと言う、この風変わりな女は、どう言うわけかあの船医と馬が合うらしく。
「今日はね、ゴールドが見張りで戻ってこれないから、代わりに薬を飲ませるように頼まれてるの」
 なるほどな。この真面目っぷりなら合点がいく。
「そう言うなって。今回は、秘密の作戦があるんだ」
   そう言って、そいつが取り出したのは、ボウル。てっきり味気なく煮られた米が入っていると思っていたそれには、何やら細かく液状に調理されたものが入っている。果物のようだが、鼻が効かなくて、匂いがわからない。
「すりおろした林檎。お薬が飲みやすくなると思って」
 妙に楽しそうな口ぶりで、その女はスプーン一掬い分の林檎に、用意された薬を振りかけた。無機質な色の粉薬が、淡い蜜色と混じって溶け合う。はい、とお節介に差し出されたスプーンを、わざわざ指摘するのも億劫で、そのまま飲み下す。なるほど、悪くない。「それにしても、この時期に林檎なんて都合の良いもの、一体どこで」
「…シーッ」
「…船長にバレたら大目玉だぞ」
「だから、秘密だよ」
 そう言って、その女海賊は笑う。かざすように立てられた人差し指の奥で、小さな唇が結ばれた。
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海賊ワンドロ『共犯』
初公開日: 2020年05月30日
最終更新日: 2020年05月30日
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