マジフト大会が近い。そのせいで飛行術の授業はマジフト関連の種目が多くなった。単調な体力測定や基礎体力向上などよりは楽しいと思うけれど、クラスメイトたちは違うようであちこちでいろいろ囁きあっている。わくわくしている人から絶望している人までさまざまだった。
得意不得意があるとはいえ、こうも見事に反応が分かれるのは見ていて面白かった。前者の大半がサバナクロー寮で、後者はイグニハイド寮というのがまた面白い。所属する寮生の傾向をみれば理解できるが、こうも空気がわかれるとは。そんなにいやか、イグニハイド寮生たちよ。
「いやに決まってんだろうが」
「へぇ、君もいやなの」
「俺は引きこもりなの。太陽の下にいたくないし動きたくないの。できることならずっとゲームしてたい」
「まぁわかるけど授業だろ」
「だから真面目にグランドきてるじゃん」
まるで授業でなければサボっているといわんばかりの言い草だ。実際、単位に関係がなければ逃げ出しているのだろう。彼は本当に運動というものが苦手で、毛嫌いしている。
そんなクラスメイトは蹲ったまま、げっそりとした顔をしてバルガスの話を聞いている。ただでさえ白い肌が青白くなっていて顔色が悪い。運動不足とやる気のなさだとわかっているが、見た目はまんま体調不良の人である。
かわいそうだなぁ、なんて思うが授業だからどうしようもない。下手に騒げはバルガスに目をつけられてしまうし、最悪直々にしごかれてしまう。そうなったとき、隣のこいつはきっとぶっ倒れて死ぬのだろう。地面に転がり微動だにせず、文句なしの屍に成り果てる。それを運ぶのはおそらく自分なので、変につつかずそっとしておくのが無難だ。面倒なことはしたくない。誰だってそうだ。
「シュテル氏はスポーツできるし? この程度わけないだろうけどよー」
「マジフトってよくわからんしそうでもないぞ」
「いいや、お前ならすーーーーぐできるようになるね」
「その心は?」
「腹筋割れてて体力育成がクラストップの成績」
「腹筋って関係あんのか……?」
たまにこいつはわけのわからないことをいう。熱に浮かされたか、なんて思うがまだ準備運動さえしていない。運動憎しでなにもかも気に食わないから難癖つけたいだけのような気がする。聞いている分には面白いのでその路線のまま突き抜けてほしい。
「まーじシュテル氏はイグニハイド寮っぽいけどぽくないわ」
「また意味わからんことを」
「イグニハイド寮生なら引きこもり根暗オタの隠キャで俺と一緒に汗だくになってこの世を恨むべきじゃん! なのに毎日筋トレして腹筋バキバキで? 体脂肪率いくつ? は? 一桁? why? お前サバナクロー寮? はぁ?? かわいい顔して筋骨隆々とかギャップ萌えか? ギャップ萌え狙ってんのか? ありがとうございますぅ」
前言撤回。面倒臭いからもう少し前向きになってくれ。
ぶつぶつと怨嗟を吐き続けるクラスメイトにため息をついて呆れていると、バルガスから準備体操の指示がだされる。二人一組で柔軟せよ、ということなので膝を抱えて小さくなっているクラスメイトの腕を掴み、引っ張って無理やり立たせた。
授業だからやらなきゃいけないとわかっているはずなのに、全力で拒絶するほどいやなのかこいつは。半泣きしている人を相手にしなきゃならないわたしの身にもなってほしい。
「いでぇえええーーーーッ!!」
「かってぇなぁ。運動不足すぎでは〜? 寝る前にストレッチぐらいしたほうがいいぞ」
「そんなんするぐらいならゲームしながら寝落ちする」
「す、救えねぇ……」
真顔で言い切ったクラスメイトを笑いながら柔軟を終わらせた。ぐぅっと筋肉を伸ばしていると、バルガスによるチーム分けが始まったので、より分けられた人の塊へと混ざる。
残念ながらクラスメイトとは別チームとなってしまった。探してみると、彼はみるも耐えない絶望顔をしていて、盛り上がる周囲との温度差で風邪を引きそうだ。敵チームとなってしまったからか、組み込まれたチームが筋肉もりもりのスポーツマンしかいなかったからか、それとも両方なのか。
さすがにちょっと哀れだな。
彼だけは狙わないでおいてやろう。そう決めて、手渡されたホウキを握りしめた。
***
バルカスのチーム分けがよかったのか、マジフトの模擬戦はなかなかに白熱したものとなった。
わたしはそこまでルールを理解しているわけではなかったから、終始敵チームの妨害を担当していたけど、これがなかなかに楽しい。クラスメイトも自陣に引きこもっていたので、遠慮なく妨害していたということもある。
次第に連携ができあがっていき、ものすごい勢いで突っ込んでくる敵チームをみんなで防ぎ切ったときの、防衛したった感はたまらずよかった。攻撃担当は部活動がマジフト部なだけあってガンガン攻めていくし、後ろでみていても楽しい。敵側にいるクラスメイトはやけくそ気味に妨害工作をしまくっていた。案外ハマるものだから、自チームは苦戦したようだ。彼は魔法の繊細なコントロールは上手だから、攻めるよりは守るほうがあっていたのだろう。
授業終わりに褒めてみたら、ぐったりしたままうんともすんともいわれなかった。ちらり、とこちらを見て、のそりのそりと歩いていく姿はただのゾンビだ。運動嫌いでもあるが、運動自体に不向きなのだろう。面倒じゃない限り、今後は好きに愚痴らせてやろう。ちょっとだけそう決意した。
「なぁ、シュテル氏」
「うん? なんだ? 復活した?」
「してねぇ」
更衣室で着替えているときだ。ずっと無言だった彼がやっと口を開いた。喋れるほどに気力は回復したようだけど、まだまだ生気のない顔をしている。
「さっきさー変な話を聞いたんだけどよー」
「へぇ、誰から?」
「誰だっけ。忘れた。でもさっきのチーム」
あんなに絶望していたのにしっかりとコミュニケーションはとっていたらしい。このクラスメイトは隠キャのコミュ障ではあるが外面はしっかりしていて、いうほど根暗ではないのだ。コミュニケーションが取れるだけ、上等だともいえる。世の中にはいくら対話しても話にならない人も多い。汗拭きシートで身綺麗にするあたり、年頃の男子だなぁ、なんてことも思う。
「なにその顔」
「なんでもない」
「ふーん」
「それで?」
「あぁ、なんか事故って? 怪我する人めっちゃいるらしいぞ」
それがなんだというのか。合法ヤクザはさておき、魔法薬の調合に失敗して怪我をするとかは多々聞くし、自分も爆発させることがあるので改めていわれることでもない。
差し出された汗拭きシートを一枚もらいながら、代わりにラップに包まれたバナナパウンドケーキを手渡した。クラスメイトはいろんな感情が混ざった複雑な表情をして、たっぷり間をあけてかばんにしまった。そんなにいやか。でも本当にフロイド・リーチの作るものはなんでもめちゃくちゃに美味しいんだぞ。
「それだけ?」
「まさか。怪我人がマジフト大会の選手に集中してるって話」
なるほど、変な話と前置きされたのはそういうことか。
テレビ中継までされて大盛り上がりになるマジフト大会は来週だ。寮対抗となるため、寮生同士の緊張感はここ最近高まっていた。練習に励む者も多く、血の気の多い人らによる一触即発な雰囲気がそこら中にある。不祥事なんかあれば出場停止になるので実際はなにもないのだけど、ここにきて変な話とされる噂だ。実にきな臭い。
「みんな不注意でっていうらしいけど、マジフト大会出場選手が多いって時点でなーんかあやしーんだよな」
「時期も時期だしなぁ」
「まぁ証拠もなんもないし、本人たちまじで不注意としかいいようないらしいけど」
ネクタイをしゅっしゅっと締める。このクラスメイトはなかなかの情報通で、勘も働くからこの話は覚えておいたほうがいいだろう。不自然じゃない程度に自分で探ってみるのもいいかもしれない。先回りして騒動に巻き込まれないためにも、情報収集は必要だ。
「シュテル氏、気をつけとけよ」
「なんで?」
「出場選手じゃん」
「いや知らんがな」
え、なにその知らないの? とでもいいたげな顔。
初耳ですけど。まじで。
「寮専用アプリにお知らせきてたじゃん」
「まじか。知らんぞそれ。なんで僕なの」
「そりゃまぁ……我が寮はインドア派で運動できるのなんて、ほら、さぁ?」
「えぇー……中継入るっていうし絶対いやなんだけど……」
「補欠だしいいだろ別に」
「良くない」
マジフト大会にはスポンサーだったかが来るし、将来有望な生徒をスカウトするために世界中が注目する、そういうイベントである。当日は生中継で世界配信されるし、そんなところに一瞬でも映りたくない。わたしは平穏に普通の楽しい学生生活がしたいのだ。その望みの中にマジフト大会出場などという項目は含まれていない。
「わざと怪我しようとするなよ」
「……わかってるよ」
「その間はなんだ」