ベルギーのチョコレートはおいしい。そこらの店でもおいしいチョコレートが手に入るのは、世界でも有名なショコラティエの数々がここ、ブリュッセルに店を持つからだ。ベルギー王室御用達と名がついていなくてもおいしいチョコレートは幾らでもある。ビバ、ベルギー!
赤井を連れ、街中のチョコを少しずつ買う。ヴィクトル・ユゴーをして「世界で一番豪華な広場」と讃えられたグランプラスを中心とし、高名なショコラティエたちの店が連なっている。ベルギーチョコレートとして言わずと知れた、ピヱ一ルマルコリ一二にノイハウヌ、GODDIVA。日本では少しマイナーなレオ二ダス、デルVイ、ピヱ一ルルドン。そのどれもが半径2km圏内にまとまっている。その他にも日本にまだ上陸していない店のチョコレートもここぞとばかりに買い集める。
「ダンドワのワッフルは美味しいですね。焼き立てで」
四角の生地の上に粉砂糖をまぶしたさっくりと軽い食感のブリュッセル風ワッフル。一度は食べてみたかったそれのためと、休息のためにカフェに入った。時刻は午後2時。
「赤井のもひと口くださいよ」
赤井はチョコレートソースをかけたシンプルなのを注文した。僕のにはイチゴのコンポートと生クリームをトッピングした。
街中に漂う甘い香りが違う土地に来たことを雄弁に知らせる。
手帳型のノートを開いて確認する。あと半分。リストアップした店名の下には細かく味や価格帯を書き込んでいる。それを覗き込んでいた赤井が言う。
「さっきから聞きそびれていたんだが、なんでそんな厳選してるんだ?お土産ならなんだっていいだろう」
「いや、お土産用じゃなくてバレンタイン用です」
「秋だぞ、まだ」
「ただでさえこれまで安価な手作りで済ませて来たんですから、今年ぐらいは既製品でもいいかなと」
「けど、ここらの店のなら輸入するしかないんじゃないのか」
「東京のバレンタイン需要はなかなかのもので、ブリュッセルやパリのチョコレートがバレンタイン限定で日本に上陸するんですよ」
「そういうものなのか」
「ええ」
ベルモットがわざわざフランスからチョコレート一箱を輸入しようとしていたのを止め、デパートで買ってきたのも懐かしい。御溢れに預かったそれは美味しかったな。なんて考えていたら大の大人が拗ねた顔して僕を見ていたので、仕方なく一口大に切ったワッフルをその口に押し付ける。
「チョコレートといえば、最近読んだ小説の中で出てきた世界だと、人間が皆見えない第三の手を持っていて、サイコキネシスのように自在に動かせるんですよ」
それで?と咀嚼を終えた赤井が言い、僕に続きを促す。
「その世界ではチョコレートの立体造形が発達しているんです。ほら、三つ目の手で操るのなら簡単ですからね」
「君の姿だって簡単に描けるんだろうな」
「欲しいのは胸像ですか、それともフィギュアみたいに全身?」
俺の好みからすれば、と前置きし赤井が言う。
「顔だな」
「まるで僕が顔だけしか綺麗じゃないみたいじゃないですか」
「そんなことないさ、俺は降谷くんの全部が好きだぞ」
「寝言は寝て言ってください。僕にばかり付き合わせてるのも悪いので、どこか行きたいとこありますか?」
チョコレートのリストを消費するのは別に明日でも構わない。バックパックから旅行案内を取り出して赤井に手渡す。
「この辺りはクラフトビールでも有名だな」
開いてすぐの特集にはクラフトビールのビア樽と様々なサイズの瓶の並ぶ写真が載っていた。ビールの色も様々で、茶や赤味を帯びたものまでビールだというのだから面白い。金色のそれ越しの赤井の瞳はどんな色だろうか。色素の薄い彼の瞳なら、獣のような黄金の瞳になるのかもしれない。
「そうですね。夜はそっちにしますか?」
「今日じゃなくてもいい。まあ、次の機会にしよう」
口の端についたチョコレートを舐める赤井の姿はなんだか子供のようだった。
「次ね」
最近は疲れた日に限って、赤井が夢の中で現れる。夢の中での僕は赤井と過ごすのは当たり前だ、とでもいうような顔をしている。あんなにも緩みきった顔を見せる相手がまさかの赤井だなんて。本当に夢は自分に都合よく出来上がっている。
ふと気になったが自分は一体誰のパスポートを使っているのだろうか。安室透か降谷零か。もし、赤井と一緒の旅行に行くなら安室透名義のパスポートを使うと思う。降谷零が出国するのを嫌がる人間はそこそこ多い。ましてや赤井と一緒の出国だ。誰に追われたとしても死ぬまで逃げ通せる自信がある。
それも全て夢物語だから、なんとでも言える。自由で気ままな夢の中の僕が何をしたいのかなんて、まだ分からないままだ。あるはずのない「次」に期待してしまうのは悔しい。本当に。夢の中でも会いたいと願うことは傲慢で、情けなくなる。赤井は僕にあんな顔で笑わない。全部、全部、僕の中のまやかしなんだ。