服飾室に様々並んだ衣装の中から、今日の一着を手に取る。白地の共通衣装と形は似ているものの、色が宙色のそのスーツは、普段自分たちが着ているユニット衣装とは正反対の色だ。共通衣装が白ならば、今度は紺地。事務所の名前であるコズミックプロダクション、に合わせたものだろうと想像されるが、似たような形でも普段着ない色というだけで、何となく新鮮な気分になる。みかはそう思いながら、ズボンに足を、ジャケットに腕を通して姿見で全体を確認する。丈も裾も問題ない長さだった。以前、宗と更衣室で共通衣装の合わせをしていた時に、試着でも完璧にこなす必要がある、という話をされたが、今回は、試着ではない。これから始まる宴席に際して、自分たちの姿かたちを整えているわけである。隣で着替える宗から今回、以前のような指摘が来ることはなかった。ふと、宗を見ると、胸元の星型模様の留め具にチェーンを通しているところで、彼も既に九割がた着替えを終えたようだった。
「ふむ、この衣装もなかなかこだわり抜かれて作られているようだね。何かの五周年、ということみたいだけど、星も五芒星、上着の両サイドのボタンの数も五つ。アンシンメトリーに違和感のない箇所に、五という数の趣向が凝らされているわけだ」
鏡を見ながらひとりごとのようにつぶやく宗を見ながら、相変わらず何を着ても似合う人だ、とみかは感嘆する。ふと、鏡に向かいあっていた宗と目が合ってしまい、内心ドキドキしていると、影片、と呼びかけられた。
「この後は祝いの会席があるが、口に入れるものには十分注意したまえ。君はただでさえ、お腹が弱いのだから、食べられそうにないものを無理に食べる必要はないのだよ」
どうしても無理そうならば、飲み物だけでも良いのだから、と忠告を受け、みかは胸に手を当てる。事務所の意向にて、五周年記念で集められたアイドル達でアニバーサリーパーティを催そうという方針になったのはつい二週間ほど前のこと。晴れの日なのだから、正装としてこのスーツを着て参加せよという流れに、みかは企画を申し伝えられた段階から緊張し通しだった。何よりこれまで舞台以外の場所でValkyrieが姿を見せるなどということはなかっただけに、そんな場所での振る舞い方がわからない。今日、ギリギリのタイミングで宗が帰朝してきたおかげで何とか少しは緊張がほぐれたものの、下手をすれば自分一人で知らない人たちに向けて挨拶回りをしなければならなかったわけである。正直、何を話したらいいのかわからない。ある程度、アイドル活動をこなしてきたとはいえ、かつて宗に教えられたことの範疇に入っていない営業トークなどは、まだ少し苦手とする部分がある。加えてそれを食事の最中にやれと言われたら、普段舞台で目にする自分との違いに、相手も驚いてしまうのかなどと考えてしまって、余裕を保てそうにない。
「んあ~、気を遣ってくれておおきに、お師さん。お師さんが来てくれなかったら本当、どうすればええんか悩みっぱなしだったと思うわ」
返事をしながら、事務所の方針に左右されがちなValkyrieの活動範囲の中に食レポのようなものがなくて本当によかったと思った。おそらく自分たちのイメージから、茨もそういった仕事を振ってこないようにしているのだろう。ファンたちからも、そういう光景でValkyrieが露出するのを望まれていない気もする。
「まあ君の食事の弱さに関しては、僕にも責任の一端があるからね。かつて僕の料理しか食べさせなかったところ、最近は普通に食事ができるようになったそうだから、進歩したとは思うが」
それでも今日のような場では不都合もあるし、本当に無理はしないように、と強く念を押された。食事は、食事そのものではなく、場の空気や側にいる人、着るものなどでも味が変わるものだ。だからこそ、スーツに身を包んだ堅苦しい場でも普段通りに振るまえるようにしてくれる宗の存在は心強かった。いつか華々しい場でも臆せず食事を楽しめるようになれればいいのだが、それはまだ先になりそうだ。
「じゃあ行こうか」
大人の世界に足を踏み入れるように恭しく咳ばらいをして扉から出ていく宗に、みかもまだ覚束ない足取りでついていく。それでも彼が居れば、みかの足取りは自然と重さから解放され、自由に前に勧める。そんな気がした。
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ヴァ版ワンライ治療室
初公開日: 2020年05月09日
最終更新日: 2020年05月09日
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テーマ:スーツ