「お師さん、今日は付き合ってくれてありがとうな」
もうすぐ陽が沈もうとする時刻になる。遠くの山の端に落ち行く光は濃度を増した橙色を空に溶かして地上を夜へと誘い始めていて、既に眼下に見える街並みにはぽつぽつと街灯がともり始めていた。チケットが余ったから一緒に来てほしい、とみかに誘われるままに来てしまった遊園地の観覧車の中。宗はそこで、閉園間際の黄昏時を見つめるように目を細め、向かい側に同じく座っていたみかの声を聞いた。別に、と答えながら外から視線を外して、逆にみかに問う。
「君は、これで良かったのかね」
「おん。とにかく今日は、ここに来られれば良かったんよ。だから気にせんといて」
「そう……」
およそ遊園地を堪能したとは言い難いようなやり取りになってしまっているのも、無理はない。元々みかはここに友達の鳴上嵐と一緒に来る予定であったらしいが、相手が急遽都合が悪くなったとかで来られなくなってしまった。ならば自分一人で行くか、と言われるとそれは寂しいから誰か別の人と行きたい、だが生憎知り合いは皆予定のつく者はおらず、ダメ元で師を誘ってみたところ、まあそういうことなら行ってやろう、と返事をしたのだった。
だが、どうあっても二人はアイドルである。しかも格式を売りにしているValkyrieとあっては、普段の舞台のイメージをプライベートの行動で覆すわけにもいかない。となれば、一般客に紛れて普通に遊園地を闊歩するわけにもいかず、まずあまり人の集まらなさそうな場所を選んで行動することにするしかなかった。元々、宗は人混みが極端に苦手ということもあり、そもそもこんな大衆娯楽施設に来るという事自体が遺憾ではあったものの、みかの頼みとあっては無下に切り捨てることも最近では出来ず、言われるがままに来てしまったところはある。そしてその苦肉の策として選んだのが――あろうことか、施設内にいる間は観覧車に乗り続けるという、奇妙極まりない選択肢だった。観覧車内は個室であるため、外から邪魔が入ることはないと考えたからであった。
乗り続けた観覧車は既に四十周を超えた。実に三時間超、乗り続けた事になる。その間、宗もみかも時折雑談を交えながら、ずっとこれからの話をしていた。以前行った公演の反省点や、今後どのように活動すれば二人の芸術が摺り合うか、どういう方向性を模索すれば今後のValkyrieにとっての利益になるか。ほぼ仕事の話をし続けたようにさえ思う。だがどういうわけか、話せば話すほど宗は自分がみかの目指す方向性を上手く導いていけているのか、疑問に思う部分が多くなってしまった。以前は、ただ自分の世界観を表現するためにみかを「使っていた」に過ぎなかっただけだからか、彼の考えを汲み取って伸ばそうとすればするほどに、自分がうまく以前の斎宮宗として彼の前に立てているのかの自信が揺らぐ。みかのことを考えない時の方が寧ろ自分に自信があった。彼はいわば、宗の人生に突然現れた狂言回しだ。その点に関していえば、彼が人形から人間へとなった今も、考えは変わらない。以前、君は僕にとって謎そのものだ、と言ったことがあったが、そうして謎の存在を理解しようと試みるほどに、だんだんと自分の調子が狂っていくのも自覚せざるをえなかった。
だからだろうか、宗がふと仕事の話を切り上げて、これでよかったのか、と問うてしまったのは。本当ならばこんな箱の中で自分と顔を突き合わせて話し込むのではなく、もっと自由に遊園地とやらを堪能する手段があったのでは、と微かにその可能性を考えてしまった。自分は今日、みかの最善を選び取れなかったのではないか。そんな葛藤を知らないままに、目の前のみかは、ニコニコと笑顔を浮かべたまま、ほんでな、とまだ話を続けようとする。宗はなるべく、みかの話を聞いてやるつもりで耳を傾けていたが、次第に夕日が沈むのもじれったい、というように窓際に置いた手のひらをトントンと動かし始めた。そうして四十数回目、観覧車が天辺にたどり着いたころ、やっと一言、影片、と彼の声を遮るようにして言い放つ。
「んあ、どうしたん、お師さん」
外はもう夜闇の中に閉ざされていて、辺りには星が輝き始めていた。その中で、西の空にひときわ強い光を指さして、見えるかい、と尋ねる。
「あれが宵の明星。この時期に昔よく見たものだったけど、今はビルが乱立しててあまりよく見えなくなったものだよ。こうして、観覧車にでも乗らないと、もう見られない」
まるで僕らアイドルみたいだね、と少し皮肉を効かせて言ってみると、みかは宗が指さした方向に目を瞬かせながら、ほう、と頷いて見せる。
「ほっか、でも高い所から見れば、見えなかったお星さまも見られるようになるんや」
ほんならどこまでも登っていけばええよな、とみかは言う。見つけ出せない星を見つけ出せるような高みを目指そう、ということらしい。一瞬、呆気にとられた宗は、それでも彼が自分と違う見方で、あの星の光を拾い上げたのだ、と理解した。これは一杯、食わされた。無駄に格好つけたつもりが、思いがけない形で返されてしまった。
「君も言うようになったじゃないか」
これだから、この子と関わるのは面白い。宗が不適にいつものように笑うと、隣のみかは驚いてこちらを見ながら、変なお師さんやね、と冗談めいて笑いを移した。