「お兄ちゃんはどうしてここに来たの?」
「君が呼んだんじゃないのかい?」
「うーん、なんかね、だれかきて!って思ったらお兄ちゃんが来たの!」
「そんなものなんだね……」
狭い回廊。天井が高いうえにクラムボンと戒善以外人がいないものだから、随分寂しく思える空間だった。ぽつりぽつりと彼らは言葉を交わす。交わすといっても、クラムボンの方が話の量は圧倒的に多かったし、戒善はもっぱら聞き役に回っていた。本来ならば人目も空気も気にせず話しかけるところだが、なんせ相手は怪異、それも自分の三倍も生きている偉人の作品なのだからどうも動きが慎重になっていた。臆すことなく振舞うことが多い戒善であるが、あくまで怪異である彼らは『理不尽』に満たされている。そんな存在にいつものようにふるまってはどう刺激するかわかったものではない。いきなり沢山のことを話す時もあれば押し黙ることもあるクラムボンは、あくまで年相応の子供だ。子供は、何をきっかけに癇癪を起すかわからないという点では怪異と通じるところがあるのだろう。彼女と手遊びに興じたりわらべ歌を聞きながらも、その視線は時折ガラスのようなものがはめこまれた床にやられていた。
盗み見るなかで、彼の視界に時折映る深い赤色の布は間違いなく自身についこの間憑いた怪異のもう一つの姿であった。もう一つというよりか沢山あるうちの一つなのだろうが、今はそんなことを問うてる暇ではない。その柘榴色は確実にその存在が話唱であることを示している。
(どうしたらいいんだ?そもそもこのガラス板みたいなものがなんなのかもよくわからないし、これが本当にあるものなのかも定かじゃない。正直色々ここを見てみたい気もするけど、話唱に何かあったら駄目だよな……でも、どうやって確認できる?)
あくまで人間基準の思考回路をしているこの男は、そこに加味された好奇心に邪魔され上手く考えをまとめられなかった。それだけならばまだよかったのだが、これに加えてもう一つ、クラムボンという無邪気な怪異のわがままを諫めながら見なければいけないことがさらに探索を滞らせていた。
「クラムボン」
「うんー?」
「おじさんちょっとここを見てみたいんだけど、いい?」
「いいけどぉ、うーん、ここには何もないよ?」
「じゃあ、この本には何が書かれてるんだい?」
戒善が本棚を指さすと、クラムボンは至極退屈そうな顔をして答える。
「わたしたち」
「……そっか。ねぇ、これはなんだい?」
戒善がそう言えば、クラムボンはわかんない、と首を横に振った。そして、また年季を重ねたファム・ファタールのように見えれば幼気な子供に見える中途半端な、かぷかぷとした笑顔で腕をつかんで遊ぼう!というのであった。
「クラムボン、ちょっとだけあの本を読んでもいいかい?」
「いいよ?なにも、ないけど」
長いまつ毛がぱらと肌に散る。伏せられた目は残念そうであった。しかし一度聞いた以上やめなくてもいいだろうと思いながら、戒善は本棚の中に納まるハードカバーを手に取った。
「…………!」