死ネタ/原作にいない人が出て喋る
 霊安室に案内された俺を、大屋会長は深々と頭を下げて迎えた。「やめてください、頭を上げてください」と、自分の口を衝いて出た言葉はいかにも“外”の常識に沿っていて、俺は他人事のように内心驚いていた。人がいつか死ぬことなんて当たり前と思っていて、そういうところで生きてきて、だから、対戦相手のあの一撃が入った金田は、「ああもうあれは」と思わざるを得なかった。
 事前に話がついている救急車が来るまでの数分はまさしく数分でしかなく、俺も会長も傍から見て痛々しい位に動揺していた。というか、事情を承知している会長が、柄にもなく取り乱したので、俺の調子も狂った。そうとしか思えない。
 大丈夫だから、と繰り返す会長の焦点が俺に合っていなかった。その顔を正面から見ているはずの俺の視界もぶれている。焦点が合っていない。大丈夫だから。音が意味を結ばずに素通りしていく。大丈夫だから。救急車に同乗しようとする会長は、俺を制し、言う。
「ほら、入院するなら、着替えとか、保険証とか」
 その言葉は、金田の命は精々もって数分だと知ってか知らずか、いやそうじゃない。金田と俺の帰る家が同じだと知っていて出た言葉で、きっと他意は何もない。その今にも消えそうなものを、それにもう誰も何もしてやれないことを俺も会長もお互いに分かっていて、でも会長は生還した場合について言わずにはいられなかった。俺の前でだからという理屈も抜きにして、もう助からないとか、そういうことは口にしたくなかったんだろう。そして、なんともまあ情けないことに、俺が、そのどうしようもなくふらつく“大丈夫”に、根拠のない希望に、縋りたくてしょうがなかった。人がいつか死ぬことなんて当たり前で、そういうところで生きてきて、なんども何度も見てきたように金田は死ぬだろう、死んでしまう、しまうのだが、それをどうしても信じたくなかった。信じられないことに。
「こんなことなら」
 霊安室の入り口で立ちすくみ、そう言いさした会長の言葉をもういちど遮って俺は、ひとまわりもふたまわりも小さく見える両肩を、すとんと脱力して今にも落ちてしまいそうな両肩を支えた。
 「こんなことなら」? きっと「最期のときくらい一緒に」とか、「死に目に会わせてやるべきだった」とか、そういう風に“外”では続けるんだろうと思う。思っている自分の意識がどこか少し離れたところにある。自分がそう思っていると認識するのに精一杯で、ことばを続けられずにいる。
 不意に、手のひらに緊張した皮膚を感じて、俺は「謝らないでください」とまで言った。でもそれだけで、常識を学んだように振舞っているだけで、頭が働いていた訳ではないし、ほんとうのところは何も信じたくはなかった。
 改めて口をひきむすんで立ち尽くす会長の向こうに、つくりものみたいな部屋に、金田が眠るような姿勢で置かれていた。
 骨を拾ってやると言った時に、そのままの意味でとられたことがある。
 金田が安定して勝ちを拾えるようになってきた頃のこと。「次の試合は大丈夫だろう」なんて、励ますつもりで軽口を叩いたら、慢心こそが敵だと金田は些か堅い口調で返した。だから、緊張をほぐしてやるつもりで「骨を拾ってやる」と大仰な言い方をしたのだ。
 金田は、対戦相手の資料映像をくりかえし繰り返し流していた画面から視線を外し、あまつさえこちらに勢いよく振り返り、きらきらした目で「いいんですか?」と声を弾ませた。同じ家に暮らすようになってからも、滅多に見られないその表情。気圧された俺が、うなずくことしかできずにいると、「実は――」と金田は膝立ちでにじり寄ってくる。
「骨を入れるならここ、という場所をもう買っていて」
 返答に困っている俺の顔を、真正面から見据えながら言う。もちろん俺の心情もわかった上で、金田は真剣に話した。ファイトマネーでロッカー式納骨堂の生前予約をしたこと。実家の墓に入りたくないこと。通夜も葬式もやってほしくないこと。
「氷室さんがよければ、全部氷室さんに任せちゃおうと思っています」
 墓の話に、実家と、葬式の話まで。呆気にとられている俺に向かって、金田は流れるように話し終え、「いいなら、書いておきますね」と締めくくった。
「……なにを?」
「遺書に、氷室さんの名前。骨を渡す人は氷室涼ですって」
 終いには遺書と来た。
 結局、そのとき対策を打っていた相手との試合に金田は、惚れ惚れする程の手際で勝利した。無傷の金田と会場を出たその足で外食をしに行って、帰宅したとき出し抜けに「これが言ってたやつですよ」と言われた。間延びした声で俺を呼びながら見せた封筒には、細いペン字で「遺言書」の表書きがあった。筆じゃなくていいんだ、と呑気に思った覚えがある。
 あの封筒が今、手の中にある。
 病院に向かおうとする会長に「着替えとか、保険証とか」と言いながら送り出された俺は、それらが必要になることを願って、でも脳味噌の芯の部分では諦めながら、やっぱり信じたくて、タクシーに乗った。
 家に着いたとき、虫のしらせとしか言いようのない直感があり、やっぱり駄目だと何故か悟った。金田の部屋に入って、封筒をとりあげたときに電話が鳴った。会長からだった。電話をとった瞬間に何も聞かずに「とにかく行きます」とだけ言う。言いながら、くしゃくしゃな声の「すまない」が耳に入ってきていたような気がする。搬送先の病院の住所を訊き、一度復唱して電話を切った。復唱しながら、待たせていたタクシーに戻り、住所を伝える。手の中に封筒の感触。『これが言ってたやつですよ』。間延びした声。芋蔓式に、金田のことを思い出しそうになる。必死に、手の中の封筒の裏書きを読んだ。繰り返し読んだ。
 封筒は、金田の遺書は今、手の中にある。会長の肩を支える手に。タクシーの中で必死になった甲斐があってか、俺を迎えた会長のその姿に打たれたのか。とにかく俺はとり乱さずに、金田に託されたことをやり遂げられそうだった。
 俺よりよほど憔悴しているように見える会長に、最後まで戦って死ぬのは金田らしいじゃないですか、と伝えた。それで、ようやく、話は進みそうだった。
 遺言書の裏書きにあったように、自分でこれを開けるわけにはいかない。弁護士は会長に紹介してもらうことにして、葬儀社も病院で紹介してもらいたいと相談した。と言っても、生前本人の希望は「通夜とか葬式とかいらなくないですか?」だ。葬儀社と打ち合わせて、直葬なる方式をとることになった。外では、遺体を処分するのにも色々な名前がある。
「火葬場の都合で、お別れは明日の昼過ぎになります」
 そんな風に言われて、お別れ、の語が喉の奥にひっかかった。処分、ではない。それもそうだ。
「それで結構です」
 俺と金田の別離について、具体的には口にできずに、しかし言わずには進まない。お別れ。言葉を交わしてもいないのに? 考えている時間はない。参列者を募るつもりもなかったが、人の口に戸は立てられないし明日の昼までには連絡を寄越してくるやつもいるだろう。
 お別れというのであれば、こちらから連絡すべきは、まずは金田の家族だ。しかし、家族の連絡先は知らない。金田も書き残してはいなかった。
 箇条書きのように毎日は過ぎていく。
 火葬場の霊安室で切れ切れに仮眠をとる。経をあげてもらう。骨を拾う。まちがいなく、俺が拾った。
 それから、都合のついた闘技者が、都合のついた日に俺の元に来る。「同じ企業に所属している闘技者同士」と認識していて、そのようにお悔やみをくれることもあった。「恋人同士」と知っていて肩を叩いてくれることもあった。それぞれに似たような生返事を返してしまう。ありがたい、けれど、それがうまく染み込んでこない。染み込むべきその土壌がどこかに行ってしまっている、今は。
 金田の残した契約書をもとに、例の納骨堂にも行った。ロッカーにしてはきらびやかで、終のすみかとしては簡素だった。手を合わせにきてくれた会長も似たような感想を持ったらしく、「余分なものを持ちたがらない金田らしいのかもしれない」と眉を下げて微笑んだ。そう、あの男は、無茶苦茶な最短手段を選ぶ。顔に似合わず。俺も会長も、その瞬間多分同じイメージを浮かべていた。将棋盤を前にしてあの船にいるイメージ。
 表と裏、両方の仕事に復帰して、色々な仲間と話して、頼まれたことを頼まれたように。そうしていると、金田の部屋の片づけに、意外と手が回らない。物の少ない部屋が物の少ないままで、今にも主が帰ってきそうな佇まいをしている。最近は、扉を開けないようにしてしまった。
 遺言書の検認に大体一ヶ月かかった。呼び出しを受けて、金田の筆跡だと証言する。遺言はごく短かった。口座がひとつ書かれていて、すべてを氷室涼に、と。それと、遺骨の処遇。付言事項として、スマートフォンのパスコードと「必要に応じて連絡先を参照してほしい」旨が一行。それと、俺への感謝と謝罪、「何か遺したいと思えるのは氷室涼ただひとりです」ともう一行。
 世話になっている弁護士曰く、故人の親に遺留分があるとかどうとか、とにかく後でもめるよりはなるべく早く連絡をとるべきだということになり、金田のスマートフォンを充電する。まさか身内の誰も連絡をとっていないなんてことはない、と、思う。少なくとも、父親の三周忌のときに、あの夏に電話かなにかしているはずだ。その一縷の望みのためだけに、深呼吸をひとつ、背筋をのばして、プライバシーのかたまりを暴く。「謝罪なんていらない」と、遺書がひらかれたその瞬間は思ったが、俺がこういうかたちで気負うこともお見通しだったのかもしれない。
 電話をほとんど使っていなかったらしい金田の通話履歴は、かなり古くまで残っていた。唯一、家族らしい番号は「姉1」なる名称で登録されている。金田と、家族との距離について考えそうになる。かぶりをふって、「姉1」の相手――一番上ということだろう――に伝えるべきことだけを考えるようにつとめる。ペンを持ち、書きだすことまでした。
 箇条書きのように、やるべきことをやっていく。
「末吉? 久しぶり、どうしたの」
 周到に準備したつもりで、しかし、「姉1」のその声にいきなり面食らった。ええと、と言い澱む情けない自分の声を聞きながら、隣で金田に笑われているような錯覚を得る。「金田末吉のお姉さんですか」、このぎこちなさで相手も異常を察したらしく、怖々と「どなたですか」の声が返ってきた。
 端をにぎってしまった紙片を見ながら、漏れのないように、しかし事務的になりすぎないように気を付けながら話す。金田の恋人だと名乗った以上は。
 金田が事故死したこと、発見者は会社の上司で、金田の恋人である自分に連絡がきたこと、生前の意向に従って直葬したこと、連絡先が判明したのが今になってしまったこと。遺言書では、全てを自分が引き受ける話になっていたが、遺留分の権利があるために親御さんに連絡をとりたいこと。
 話の腰を折らずに聞いてくれた相手は、とりあえず、と呟く。もう一度、とりあえず、と少し大きな声で繰り返し、金田の母親が来客に耐え得るか分からないというようなことを言った。入院の都合で、と言いさして、また「とりあえず」が電話の向こうから聞こえる。
「母と、兄と、妹たちと話をまとめてもう一度連絡してもいいですか」
 もちろん、と返す。続けて、よろしくお願いします、とも。動揺を隠しきれないのも自覚して、努めて冷静であろうとしてくれる人で助かった。「お名前をもう」一度と言われたので名乗る。この携帯は解約するつもりなのでと前於いて、自分の電話番号と大宇宙の番号を告げた。その場で家の固定電話からかけてもらい、登録しておいてもらう。
 結局、その日から数えて二週間後の週末に、彼女が俺たちの家に来ることになった。今は俺だけの家に。
 手を合わせたいと言われて狼狽するはめになる。この家に仏壇はない。金田の使っていた部屋に続くドアのその横に、ローチェストがひとつある。引き出しが三つだけの小さいそれが、かろうじて、この家の中で仏壇に似たような役割を果たしている。上に置かれている遺影がなければ、他の家具と調和せず唐突に置いてあるだけのチェスト。遺言書の原本だとか納骨堂の契約書だとかそういうものがまとめてあるだけの、必要から設置されたものに、会長がくれた遺影が置いてある。写真なんて撮るような俺たちじゃないのをよく分かっていて、それでも「無いよりは」と気を使ってくれたのだった。金田を義伊國屋社員として表向きに登録させるときに撮った、社員証用の証明写真。
「末吉、会社勤めできたんだ」
 体が弱かった頃のイメージが未だに強いから。長女の口調でそう言ってから、俺がすすめたソファにかける。
「どんなところでもうまくやっていくのは末吉らしいな、末っ子の世渡りって感じ」
 話しながら微笑む目尻が金田に似ている気がした。どちらが似ているのか。考えても詮無いことに意識が逸れ、そうかもしれませんね、とあまり気の入っていない返事をしてしまう。
「体弱かった実感、あまりなくて」
 取り繕うつもりもなかったので、本心をこぼす。
 最寄駅で合流し、玄関を開ける段になって「本当に恋人なんですね」と訊くともなく訊かれた。疑いの色はなく、彼女の中にある金田末吉のイメージとどのように擦り合わせるかを迷っているような響きだった。その流れで、部署は違うが同じ会社に所属していてお互いに格闘技趣味ということがきっかけになり……という説明をはじめにしている。
 そのことに思い至った彼女が、「そうか、スポーツしてるところしか知らなかったから」と頷いてくれた。続けてぽつぽつと、ひとりごとのように話す。
 道場通いはやめたって聞いてたけど運動自体は続けてたんだね、そのことも話した事なかった、ゆっくり話すことがそもそもなかった。
 彼女の口調は、後悔はここに来るまでの二週間で払拭しているが、それでもじわじわと記憶がよみがえるにつれてどうしても滲み出てしまう、そういう語り口だった。
 彼女曰く、金田は兄と険悪だったのだそうだ。それで、親族一同が集まる日にも、うまく話が弾まない。お互いにお互いを避ける。近況の話ができるほど、時間を共有しない。
「身内の恥というほどでもないけど、面白い話でもない」
 困り眉の彼女に、金田の小さい頃の話が聞きたいとねだってみる。
「入院も多かったから、母が付き添うことも多くて――」
 兄は、自分が我慢させられたって思ってたから末吉のことあんまり好きじゃなくて、でも私は、私達は、着せ替え人形くらいにしか思ってなくて。だから私たち女三人は、兄のことも末吉のことも本当には解っていなかったと思う。末吉は、子供ながらに自分の看病が楽なことじゃないって知ってたみたい。だから角が立たないように、家族の前でもお医者さんの前でもいつも笑顔でいて、我が弟ながら健気だった。でも兄は、それすらも気に障るという風だった。末吉が高校に入る少し前かな、合格が分かったときかな、兄と末吉は殴り合いを、というか……末吉が一方的に殴られた。見た目だけはそうだった。でも、その前から末吉は道場に通っていたから、学校の体育くらいでしか運動してなかった兄との殴り合いなんて、本当なら返り討ちにできたと思う。でも末吉は立ち向かうことも、避けることもせずに、顔に大きい痣をつくってた。それから兄も新年度には独り暮らしを始めて……兄弟が揃って話をすることって、あんまりないの。うちは。五人だから揃うのが難しい、とかじゃなくて。みんなこうなの。
「氷室さんも、末吉に困らされたんじゃない?」
 俺がすぐ頷くと、やっぱりね、と表情を綻ばせる。子供の頃から本音を言わない男だったのはあいつらしいですね、そう言いながら、目の前の彼女に出したのと同じ湯呑をとった。二人で腹の中を探り合うように一口ずつ、冷めた緑茶を飲んだ。会話が途切れる。そろそろ本題だと嫌でも判る、身構えるためにもう一口。金田の姉が、湯呑から視線を上げて、落ち着いた色の唇を開いた。
「遺骨はどこにあるんですか」
 直葬したのは聞きましたけど、どうしても金田の家にはもらえないんですか。母は末吉のことがすごくかわいいんです。淡い化粧の唇が震えている。母は、末吉が託す人なら間違いないはずだからって兄貴をつっぱねるくらいなんです、遺留分を請求するどころか改葬の費用を出すとも言ってます、せめて、せめてさいごに。息を継ぎ、湯呑を置いて、金田の姉は顔を伏せてしまった。肩をふるわせている。悲しむ女性の慈しむべき姿だと、身につけた常識が脳味噌の外側で警鐘を鳴らしている。
 けれど、この人は金田が何も残すことはないと思った人で、その家族だった。それは間違いがなかった。そんなことはあの一行の付言事項にされなくても、痛いくらいに解ることだった。
 そもそも生前に家族の話をろくにしなかったこと。裏書きに家庭裁判所のことまで書くほど周到だった金田が、直接家族の電話番号を書き残しておかなかったこと。遺言書の中身も、端から遺留分を無視した書き方をしたこと。どうしようもなく埋めがたい溝を、俺は何度も見た。「何か遺したいと思えるのは氷室涼ただひとりです」と、そう書き残されなくても、わかっていた。
「我が強いところ、あの子らしいですよ」
 金田の家族は、その代表としての「姉1」は、そう言い残して俺たちの家を後にした。遺言書を見せて、俺は金田との約束を違えるわけにはいかないと言うと、「それなら仕方ないのでこの話はここまで」と彼女ひとりがそう判断した。元々、金田を大層かわいがっていたという母親や、他の兄妹たちと、どういう話をつけて彼女が来たのかは終ぞ分からないままになった。
 けれど、これで、金田は金田の希望通りにこれからも眠っていられるということになる。会長には何かあったら引き続き弁護士を頼れと言われていたけれど、その必要もなく済んだ。
 供した緑茶は半分ずつ残った。簡単に洗って、遺影の前に腰を下ろす。やっと、一息つける心持ちになった、ような気がする。ここ一ヶ月半の間背負っていたプレッシャーが急になくなったような、まだ何か残っているような。何分、自分の中に最初に根付いた“中”の常識では、そもそも人を弔うことに煩雑な手続きが付属するということの実感がない。死んだらそれで終わり。悼む気持ちは、気持ちで終わり。
 お前、よく俺に任せる気になったよな。
 金田の遺影を見た。社員証用に撮られたのでもちろんスーツを着ている。お姉さんはこの写真がお前らしいって言ってたけど、俺は全然違和感しかないよ。初めて会った時から金田は和服を着ていたし、スーツどころか普通の洋服だって数えるほどしか見たことがない。俺の中の常識でも、そこそこに変わったやつだった。
 いや、それどころか、ファイトマネーでニコニコしながら自分の墓を用意するやつ、後にも先にもお前くらいだろうよ。『いいんですか?』。骨を拾うと言ったときのあの弾んだ声が脳裏に浮かび、知らず、笑声が漏れた。
 あの日の金田は、「骨を入れるなら」と切り出したときにだけ、多少緊張してはいたが。このテーブルに契約書を広げてみせたときの場違いな笑顔。無邪気な手振り。今思い出しても、つられて口角が上がってしまうくらいだ。
 やっと、金田に託されたことではなく、金田本人のことを考えられるようになったことに気付いた。あまり、自覚したくはなかったことだ。
 人は死んだらそれで終わり、悼む気持ちをひととき持って、それで終わり。それでよかったはずなのに、金田は俺にとってどうしても特別だった。やるべきことがないと、どうしようもなく、思い出してしまう。金田末吉の、金田末吉たる部分。強い相手と闘いたがって最期の瞬間を試合中に迎えたこと、余分なものを持ちたがらないところ、どんなところでもうまくやっていく末っ子で、子供の頃から本音を言わないのは変わらず――
『我が強いところ、いかにもあの子らしいですよ』
「――全然、お前らしくない」
 遺影の金田を俺は責めた。みるみるうちに滲んでぼやけていく金田を責めた。らしくないスーツ姿を。その曖昧な微笑を。涙の中に溶けては落ち、また滲み、溶けはすれど決して消えてくれはしない有様を、責めた。
 らしくないんだよ。
 家族なんていうしがらみから逃げきれなかったことも、強さへ邁進する道の途中に俺みたいな相手を作ってしまったことも。お前が、金田末吉ほどの男が、読みきれなかったなんて。本当に、死んでしまうなんて。
 俺が泣きながらいくら責めても、金田はもう何も言わなかった。俺の知らない表情で写真に収まっているだけだった。
(了)
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初公開日: 2020年05月07日
最終更新日: 2020年05月10日
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