いつの間にかそれはすぐ隣にあった。
 いつもの。去年と少しだけ型の違う帽子。最初はちょっと苦戦するけれど、白血球がその場をくい止め、騒ぎを知ったマクロファージや樹状細胞が抗原提示。ヘルパーT細胞が作戦を立て、最強のキラーTたちが加勢。その頃にはなんとかB細胞も準備ができてーー。
 そんないつもの仕事が、それには効かないようだった。
 最初はどうも咽頭の辺りで何かが起きていたらしいことくらいはわかっている。
「えええ?じゃあいつも白血球さんがやってるみたいに、『雑菌ぶっころーす』とかそうやって倒せるものじゃあないんですか?」
 ぶっころーす、と言いがちなのは4989番だけどなぁ、1146番はそう思いながら、隣でピンク色のグルコースアイスを美味しそうに頬張る恋人の笑顔を見ると訂正なんて野暮なことはやめようと口をつぐむ。
「あ、好酸球さんなら、ほらアニサキス?でしたっけ上からどーんってぶっ刺したの、あれかっこよかったなぁ……」
「寄生虫、でもないんだ。ウィルスだから、ほらお前は見たこと無いかもしれないが、おかしな帽子の……」
「ああ、おしゃれ帽子の」
「おしゃれ帽子」
「あっ、不謹慎ですよね、すみません……でも色はちょっと可愛くないけど、丸っこい帽子で私たちがかぶってるやつとは全然型が違うの、おしゃれだなぁって」
 そういえば以前、一般細胞も知らなかったとは言え感染細胞と楽しそうにつるんでいたいたことがあるっけ。1146番は思い出す。
「ただ、オレもそれがどんな形なのかはよく知らないんだ」
「白血球さんでも……?」
「もしかしたら、ヘルパーT細胞とか、あの辺りなら少し情報を掴んでいるのかもしれないが。とにかく、お前は迷いやすい。おかしな場所や細胞には近づくなよ」
「はーい」
 平時なら、空き時間はずっとこっそり遊走と言う名のストーカー行為に勤しむのだが(笑)ここ最近体内が本当にざわついていて、あちこちで小さなトラブルが起こる。
 こうして二人で同じ時間に休憩が取れること自体ずいぶん久しぶりなのだ。
「あ、行かないと」
「もう……?」
 小さな手が、紙コップで温められた大きな手に重なる。
「大丈夫ですよ、またすぐに会えますから」
 だけど、その言葉は本当には、ならなかった。
 写真というのは、フィルムといくつかの薬品の反応を、印画紙へ写し込むこと。
 きれいに仕上げるには、光は不要だ。
 日のあたる場所でお茶を飲むと自分と、暗い部屋で現像をする自分。
 自分以外の細胞たちが樹状細胞のことをなんと呼んでいるのかは知らないわけではない。何を言われようともう何も感じはしないのだけれど、火の無いところに煙は立たぬ、の言葉通り、自分には悪魔的な部分がおそらくあるのだろうと、樹状細胞は自分でも自覚していた。
 印画紙には様々なシーン。それぞれの細胞たちの特性に合わせた、“恥ずかしい”“黒歴史”な場面になるよう、樹状細胞が体内のあちこちを巡って撮りためたもの。
 一枚ずつ水洗後のバットから濡れた印画紙を取り出す。部屋中に張ったロープに一枚一枚丁寧に吊す。夢中で繰り返しているとあっという間に部屋中が濡れた写真でいっぱいになる。
「……また、ロープを追加しないと」
 この前、新しいものを張ったばかりの気もする。元々光が入らないように小さめに作った部屋ではあるが、気がつけば部屋中にびっしりとロープが張ってある状態になっている。
「……まあ、これで免疫系のみんなが活性化するんだから必要なことだよね。ふふ」
 別のテーブルに置いてある、乾いた印画紙を持って、樹状細胞は部屋を出た。
 ざっ、ざっ。
 キラーT班は、全員でランニングの真っ最中。
 一人が茂みの向こうに何かを見つけ声をあげる。
「うわ、まただぜ」
「どうした?」
 前から声がかかる。一際背が高く、鍛え上げた筋肉がまるで小さな山のような班長が後ろを向うとするのを、班員がそっと止める。
「ほら、あの緑の」
「おう」
 樹状細胞に、この数日で2度は遭遇している。元々神出鬼没な細胞ではあるのだがーー。
「オレたちなんかしましたかね?……クッキーの差し入れがたりてないとか」
「オレ、他の部のT細胞仲間に聞いたんすけどね」
 別の班員が口を開く。
「そっちでも、なんだか妙に樹状細胞がサイトカインのネタを拾いに来てて、しかもそれがえらくエグいらしくて……」
「……しっ」
 また別の隊員が小突く。
 これ以上無駄口を叩くと、次は鉄拳だ。
 ざっ、ざっ。
 再び無言で足を動かし続ける班員たち。先頭の班長が肩を震わせているのに気づき、班員たちは内心ビクビクしている。
“おまえが余計なこと言い出すから”
“でも樹状さんにまた写真撮られたら班長だって……”
 見るな、とは言われたものの戦闘中にばら撒かれたサイトカインの写真たちは自然と目に入ってしまうもので。
“忘れろ”
 と半ば脅されて頷きはするものの、チャイナドレスで女装したり、モヤシ体型で泣きべそをかいている姿はインパクトが強すぎて忘れられようも無くーー。
 これ以上知りたくもない班長の秘密を見せられるのは班員としてもきついのだ。もちろん自分自身がランニング中にコケて班長にどやされている瞬間を撮られるのも嫌なものだが。
 当の班長も、わざとらしくレンズを光らせている緑の悪魔を決して歓迎していたわけではない。
 それどころか、今すぐにでもぶっ飛ばしたい、そう思っていた。
 まったく、班員の集中力を邪魔するなど、この世界のためにならない。いくらサイトカインが役立つものであるとはいえ、班員の指摘通り、頻度が高すぎる。
 おかしい。なにかが変だ。
 ただその”何か“が何なのかわからない。
 だからキラーT細胞ができることといえば、こうしてトレーニングを積み自己研鑽するのみ。
 せいぜい、”シャッターチャンス“とやらを狙えばいいじゃねえか。
 班長はぎゅっとレンズの方を睨む。
 だが。
 カシャリ。遠くからシャッター音が聞こえただけだった。
(中断します)(見てくださった方ありがとうございます)
カット
Latest / 73:32
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
無題
初公開日: 2020年05月05日
最終更新日: 2020年05月05日
ブックマーク
スキ!
コメント
謎ウィルスが入り込んだ体内。それぞれの細胞がそれぞれの考えを持ってはたらく。だけどどこかでかけちがったボタンから、均衡が崩れて行って。
白赤前提。たぶん長くなるので完結しないのでさわりだけ。
樹状細胞の恋愛相談室(白赤)
白血球さんに嫌われているかもしれない、と思い込んでしまった赤血球AE3803番が、マクロファージさん…
salad
看病しようと押し掛けるおにいさんvs拒否するゲーム主人公【宗おに二次創作】
タイトルは仮というか、分かりやすいメモみたいなもんです。書き上がるかは不定。エンド10後想定:おにい…
MN*B