「いらっしゃい、やあよく来たね」
 赤血球AE3803がノックをすると、すぐにドアは開いた。
 樹状細胞はその名の通り、大きな木をオフィスにしている。机も、椅子も、本棚も、すべて温かみのある木材でしつらえてあるようだった。
「どうぞ」
 温かみのあるのは、その部屋の持ち主も同じで、あらかじめマクロファージから訪問を聞いていたとは思うが、テーブルの上には山と美味しそうなお菓子。華やかな茶器が二人分。
「紅茶でもいいかな?」
 丸みのあるポットが一人につき一つ。テーブルの上の砂時計を、樹状細胞は優雅な手つきで逆にした。
「砂が落ちたら飲み頃だからね。それまでお菓子でもつまんでいてね」
 黒くて少しだけ癖のある髪の奥、白血球より明るい色の瞳は、同じように温かい。自分よりずいぶん前からこの世界ではたらいているはずなのに、何故か同い年くらいに見えるのは、その丸い目と垂れ気味の目尻のせいだろうか。
 あまりじっと見つめているのも悪いので、赤血球はお菓子に手を伸ばす。
「美味しい」
「良かった。赤血球ちゃんは甘いものが好きだって聞いていたけど、人によって好みって違うでしょ?」
 好み。
 そうだ今日ここへ来たのは、お菓子を食べるためではなかった。
「あの……樹状細胞さんに、今日はご相談があって来たんです」
「ボクでお役に立てるなら。どんなことだい?」
「写真を、見せて欲しいんです。白血球さん……U 1146番さんの」
 樹状細胞から返事が無いのを察し、赤血球はさらに言葉を繋ぐ。
「無理ですよね……すみません、私は赤血球だから仕事で使うわけでもないんですし、そんなことできないですよね」
 赤血球のカップに、赤みがかった薄茶色の液体が注がれる。
「……良かったら飲んで。落ち着くよ」
 口にすると、鼻腔にも優しい香りが広がる。
「ダメ、とはボクは言っていないよ。でも、理由を聞かせてくれたら嬉しいな」
 にっこり。樹状細胞はどこまでも優しげに微笑む。
 甘いお菓子、美味しいお茶、優しい言葉と笑顔に、赤血球はだんだん緊張がほぐれていく。
「私、とにかく方向音痴なんです。それで、いっぱいいっぱいメモをとって、それでもまだ道を間違えたりしちゃうんです。細菌にもよく襲われるので、よく白血球さん……U1146さんにも助けてもらったりするんですけど、最近……」
「……ケンカでもした?」
 ぶるぶる、と赤血球は首を振る。帽子からくるんと出るアホ毛が同じように揺れる。
「ケンカなんて、そんな……べつに単なるお友達なので。でもいつもとってもお世話になっているので、何かお礼をしたいな、と思っていて」
「そうだね、彼、もうすぐ誕生日だもんね」
 樹状細胞はファイルをチラッと持ち上げて何かを見ている。
「そうなんですよ!どうせなら、白血球さんの好みに合ったものをあげたいなと思って」
「……役に立てるかなぁ?」
 樹状細胞は立ち上がり、部屋の奥まで行って壁一面を埋めるファイル類の中から、何冊か取り出して来た。
 ファイル名には、“白血球の記録 U11XX  桿状核球〜白血球初期”と書かれているものもある。
「こんなにいっぱい、全部はっけっ……U1146番さんの写真なんですか?」
「いやいや、さすがに全部彼のだけじゃないけど」
 赤血球が、ファイルの一つを開こうとした、その時ーー。
「すみません、こちらにAE3803ば……せっ、赤血球!それは」
 開きかけのファイルは、入ってきた白い大男にさっと閉じられる。
「白血球さん」
「みてないよな、まだ何もみてないよな?」
「あ、あの……」
 白血球が赤血球に、小さなメモを見せる。
「あっ、すみませんすぐ行かないといけないみたいなんで、樹状細胞さん、お菓子とお茶、ご馳走様でした」
 半ば引っ立てられるように、赤血球は樹状細胞の部屋を出た。
「あ、白血球さん、脾臓への近道ってどっちでしょう?教えて頂けると……」
 自分のメモ帳と頭上の看板を見比べている赤血球の、耳元。そうっと近づいてささやいたのは、低い声。
「あれ、嘘だから」
「えっ……」
 二重にも、三重にも。
 驚いて赤血球は状況がつかめない。
 脾臓で先輩が待ってる、ってさっきの小さなメモには書いてあった。嘘?
 どうして白血球さんはそんな嘘を?そしてそもそも、というか白血球さんの顔が近い……
「すまなかった。最近、あまりお前を助けに行けなかったから」
 そうだった。あんなにいつも助けてくれた白血球さんが、ある日からぱたっと現れなくなったので、ああ、ついに嫌われてしまったのか、と……
 助けてもらえるのが当たり前で、存在に甘えていて。
 一人前でない自分が嫌われてしまうのは仕方ないにせよ、せめて今までお世話になったお礼くらいは、と小耳にもうすぐ誕生日だと聞いたから、それでーー。
「少し、歩こうか」
 白血球は、往来が少ない道へ、赤血球を連れ出した。
 2人の歩く道は、大通りの血管と比べて狭い上に、あまり整備もしっかりされていない。つまずきそうになるたび、白血球はさり気なく赤血球を助ける。
 赤血球はそれに気づき、白血球をちらりと横目で見る。
 期待、なんてすべきでないのかもしれない。というか、してはいけないのかも。
 白血球さんはみんなに優しいのだから。細菌から守ってくれたのだって、それが好中球のお仕事だから、ただそれだけ。それだけのはず……
「ちらっと、小耳に挟んだのだが、その……樹状さんのところへ、オレの写真を見に行ったとか……」
「はい。樹状細胞さん、いつもカメラ持って色々撮ってるから、いろんな写真が見せてもらえるってマクロファージさんから聞いたんです」
「マクロ……ファージさんから……」
「ええ。??どうしました??白血球さん??」
 額から見えている方の目に大きな手を当てる白血球に、赤血球は不思議そうだ。
「……そうかお前はあの悪……樹状さんのあれを、見たこと無いんだな……。茶は、美味かったか?」
「はい。お菓子もとーっても甘くて、私が休憩室で食べてるのと全然違うんですよ、あ、グルコースアイスには負けますけどね!」
「お、噂をすれば」
 グルコースアイスの自販機。白血球は一つ買って赤血球へ手渡す。
「ありがとうございます。あ、歩きながらだと食べにくいので」
 近くのベンチに、2人は座る。
 樹状細胞のところでお菓子もお茶もいただいてきたというのに、この食欲。
 きっと白血球は呆れているかもしれない、でも、白血球の方から買ってくれたのだし。
 赤血球がそんなことを思いながらイチゴ味のアイスを舐めていた時、白血球は全く別のことを考えていたのだった。
 *
 肺炎球菌から助けて以来、白血球の中でどんどん赤血球の存在は大きなものになって行った。細菌やウィルスの脅威から身体を守ることが白血球のしごと。最初は仕事の一環だとしか思っていなかったのが、気がつけば自分から彼女を探し、守りに行っている。
 それを同僚が冗談交じりに指摘してくるまで、白血球は本当に無自覚だったのだ。
 そして、一旦意識しだすと、恐ろしいほどに彼女のことばかり考えて1日が過ぎる。
 よくない、これはよくない傾向だ。
 そう思って、敢えて時間のかかりそうな任務に志願してついていた。
 無駄だった。
 任務の間中、いるはずのないあの赤いアホ毛がいつどこかの角から見えてこないか、細菌に襲われていないか。
 そんなことばかり考えて、任務が終わるとすぐ、彼女がいつも休憩している場所へ向かった。
 彼女の後輩を名乗る赤血球から、樹状細胞のところへ行った、と聞いていても立っても居られずーー。
「あっ……やだ」
 ぽたり、赤血球の剥き出しの太ももに、ピンク色のアイスのかけらが落ちる。
 ごそごそと赤血球はアイスを持っていない方の手でウェストポーチを探っている。
 白血球は自分のポケットからティッシュを取り出す。
「使ってくれ。持っておくから」
 2人はティッシュとアイスを交換する。
 赤血球が拭き終わって顔を上げると、
「は、白血球さん……」
「ん……?」
 赤血球が目にしたのは、白血球がアイスを舐める姿だった。
「美味いな。お前がなんで気に入っているのかよくわかった。今度食べてみよう」
「あ、あの……」
「???すまない、お前のやつなのに、食べ過ぎてしまったか……?」
 そうではなくて、そうではなくて……!!!
 その後も、二人は噛み合っているのかいないのか、お互いがはっきりとなにかを言うわけでもなく、でも幸せそうに過ごしていたのだった。
「……あれで、まだ付き合っていないんですか?」
 カシャ、カシャ。
 シャッターを切りながら、樹状細胞は隣のマクロファージに問いかける。
「本人が言うには、“お友達”だそうよ……そう言い張っているのは本人達だけみたいだけれど」
 ふわり、マクロファージが小首を傾げる。
「もう、せっかく貴方のところで、あの決定的な写真を見せてもらえるかと思ったのに……」
「本当にね、あと一歩だったんですよ、でもーー」
 樹状細胞はニヤリと笑う。あの、悪魔の微笑みで。
「おかげで、またサイトカインのファイルにページが増えました。マクロファージさん、ありがとうございます」
「うふふ♪お役に立てて嬉しいわ♫」
 二人は顔を見合わせ、めもりーかーどに記録された写真を見る。
 白血球が樹状細胞の部屋に入ってきた時の慌てた顔。安堵した顔。部屋を出てから、耳許で囁いたあの瞬間も、そしてさっきのーーー。
 数ヶ月先、ようやく赤血球を恋人にできた白血球に、新しいサイトカインがもたらされたのは、また別のお話。
(おわり)
(ありがとうございました!途中中断ありましたしとにかく長かったのですが ちょっとでも見ていただいた方ありがとうございました)
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松ノ子
ジャンルが違っても、同じ文字書きさんの工程を見させてもらうと、とても刺激になります!
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樹状細胞の恋愛相談室(白赤)
初公開日: 2020年04月04日
最終更新日: 2020年04月04日
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コメント
白血球さんに嫌われているかもしれない、と思い込んでしまった赤血球AE3803番が、マクロファージさんに勧められて樹状細胞のところへ相談へ行く話。白赤です。