「何だねそれは」
宗が帰国してきて初日の夜。明日は二人での仕事が入っているからという理由で、みか宅に泊まることにして、部屋の中で目の当たりにしたみかの姿に宗はわずかに眉を顰める。風呂上りの彼が髪の毛をがしがしとバスタオルで拭きながらやってくるも、着ていたのは宗の家にいた頃には見たことのない柄のパジャマだった。見たところ、一般的な衣料品店で販売されている、安いポリエステルと綿の配合品。そして柄も特にこだわっていませんというような深緑に縦横のチェックが施されただけの簡素なものだった。
「んあ……! なんかいつもの勢いでいつものパジャマで来てしもうた。これな、前になるちゃんとかクラスの皆で買いに行った店で安売りしてたから買っておいたんよ」
みかはそう言いながら、胸元に手を当ててその肌触りを確かめる。曰く、柄はそんなに気に入っていないが、着心地が悪くないからという理由で選んだらしい。そういえば以前、パジャマを選ぶために友人たちと買い物をしたのだ、という話を彼がしていたのを思い出す。確かあの時は、これとは違う骸骨の柄がプリントされた上下セパレートのパーカーのような服ではなかったか。その時、それはパジャマのうちに入るのかい、と尋ねたら入るというので(その頃は宗自身、さして彼の私生活に関心がなかったのもあり)そのまま着るといい、などと言って捨てたが、今思えばあの頃からどうやらみかの私物を選ぶ感覚というのは変わっていないらしい。いや、以前はゴミ捨て場から使えそうなものを拾ってくるなどということをしていたから、まだ私物を買うようになっただけマシだと考えを改めるべきなのかもしれない。だが私生活の範囲とはいえ、二人の関係性が大きく変化した今となっては、もはやそんな底辺の争いで満足しているような時期は過ぎ去ったのだ。
宗は顔を顰めたまま、みかに大股で接近すると、彼が戸惑うのも構わずに背中に回り込み、項の辺りにあるパジャマのタグを引っ張った。果たして宗の思った通りの布地に盛大にため息を吐くと、そのまま前を閉じているボタンに指を掛ける。
「ちょ、ちょっと待っ……! まだおれ、このパジャマ着たばっかりなんやけど何脱がそうとして……!? いきなりどうしたん……?」
とまどったみかが背後から伸びてくる手にあたふたと混乱しながら抗議する。宗はそれを押しとどめるようにして肩を掴むと、彼の動きを封じるように背中に密着した。動くな、と言いつつ続ける。
「僕が久々に帰国してきたというのに何だね、その緊張感のなさは。そんな安っぽい布地をまとって隣に居られては、肌触りが悪すぎて僕が寝付けないのだよ」
だから脱ぎたまえ、そして新しいパジャマに着替えるのだ、と半ば無理やりみかの指を解いてその先にあるボタンを穴から外す。わかった、わかった、とみかは観念したように声を上げて、宗の指になお食い下がった。その指が思いのほか力強かったために、進行していた宗の指は止まる。
「んあ、そういうことなら自分でやるからぁ、脱がそうとせんといて……何やへんな気ぃ起こしそう」
お疲れさんなんはわかるから、無理せんといて、な、と諭されてようやく、宗は今自分がどういう状況に身を置いているのか理解した。
恋仲となったみかの一人宅で、風呂上りに着た彼のパジャマを、(事情はどうあれ)脱がそうとしている。
……我ながら冷静さを欠いた判断としか思えなかった。
「む……悪かったね」
一つ咳払いをして宗はみかから離れる。と同時に、持ってきた荷物の中から、宗が着ていたパジャマを取り出し、それをみかに渡した。
「今日のところはそれを着て寝たまえ。少し丈が長いが、寝るためだけに着るものだから問題はないだろう」
それを受け取ったみかは、風呂上がりの顔をさらに赤くさせて、ぽかんと口を開いていた。
「お、お師さんのパジャマ着るん」
「……何かね」
いや、何でも、とごまかすように首を振って言ってのける彼に、どうせまた妙な事でも考えているのだろう、と簡単に想像がついてしまう。変な気を起こす前にさっさと寝なければ、などと思ってしまう自分もだいぶ俗世に毒されてきたのか。嘆かわしいこと続きだが、とりあえず今夜はもう寝よう、と考え、宗はみかのベッドに腰を下ろす。
次のアイドル活動が始まるまでの間、今度は彼のパジャマを作ってやろうか、と頭の片隅で密かに思いながら。