ぽつり、ぽつりと老体を震わせ、主は言った。
もし自分が死んだ時には、解刀を選ばず、新しい主の元で仕えて欲しいと。
みな口を揃えて、そんなことを言うものでは無い!と言うが、今の主を見て、誰しもが別れの時を感じていた。
もう何十年も本丸で俺たちと過ごした。
人は儚いものだ。
たったそれだけの時間しか過ごしていないのに、もう別れなければいけないだなんて。
いっその事、俺も墓に埋めてくれないか。
そんな言葉が喉元まで出かかったが、やめた。
きっと同じ気持ちだ。
それに主はカラカラと笑うだろう。
墓の中はきっとお前が嫌いな退屈しかないぞ、と。
そんな話をした矢先、主は静かに息を引き取った。
長患いだった。
誰にも看取られず、ひっそり夜の内に一人で逝ってしまった。
四十九日が済んだ頃、俺たちは政府の働きかけで、それぞれ他の本丸へと配属になった。
主が最期に望んだ願いだ。
誰一人、折れることなく次の主に仕える為に。
主が予め手筈を整えていたのだろう。
俺たちが、主亡き後も苦労なく過ごせるように、よき主人を選んでくれていた。
刀に戻された俺たちは、政府の施設で1度練度を1に戻された。
こんなまどろっこしいことをしなくてもいいと思ったが、次に行く本丸で上手くやれるようにするためだと言う。
そして、主との思い出も徐々に消えていく術をかけると。
反対する者も、もちろんいた。
だが考えてみれば、いつまでも主を忘れられず、新しく仕える人間を主と認められないとなってしまうと厄介だ。
俺たちもそこまで器用ではない。
すぐに割り切れないし、物であるが故に、思い出も風化しない。
俺はそれに同意し、術を受け入れた。
きれいさっぱり消えてしまうわけじゃない。
人間のように、あぁ、そんなこともあったな、と思える日が来るだろう。
担当であった男に抱えられ、俺は新しい主の元へ向かう。
ゲートを潜り、本丸の玄関に降り立った瞬間、背筋がピンと伸びるような空気に驚く。
(驚いた…。
この本丸の空気は、神居が高い。
本当にここの主は人間か…?)
なのある神の神域にいるかのような空気。
男もその空気に当てられたのか、俺を抱える手が震えている。
(頼むから、落とすんじゃないぞ…)
カタリと刀身を震わせると、男はハッしたように背筋を伸ばす。
男は二三、深呼吸をすると、本丸の玄関に手をかけ、人を呼んだ。
その声に現れたのは、同じ人間の元で過ごした刀…燭台切光忠だった。
光忠は男の姿を見ると、ニコリと笑い上がるように促す。
「やぁ、待たせてごめんね。さあ上がって」
光忠に先導され、本丸の中を進む。
神居が高いが、本丸の中は俺がいた本丸とほとんど変わらない。
違うといえば、短刀たちの遊んでいる声が聞こえないというぐらいだろうか?
光忠にある一室に案内された。
そこに居たのは…
⇒妙年の女が座っていた。
⇒誰もいなかった。
そこには、審神者と思われる妙年の女が座っていた。
「御足労いただき、ありがとうございます」
審神者は恭しく男に頭を下げる。
男は驚き、頭をあげるように促す。
「本来であれば、こちらから出向くのが道理ですのに…。
申し訳ございません」
「そんなことはありません。
こちらこそ、この度は話を受けていただき、ありがとうございます。
亡くなられた審神者も喜んでおられると思います」
男はそっと俺を机の上に置く。
*
客間であろうその部屋には、誰もいなかった。