「いらっしゃいませー」
軽快な電子音に出迎えられて、コンビニに入店する。
「いや本当、嬉しいなぁ。こんな深夜に誰かとスイーツ食べれるなんて、いつ以来だろう」
と言いながら、何故か雑誌コーナーに向かうヒカルさん。無言でジャンプを開いて読み始めた。
「………………」
「…………」
そのまま、不動の彫像と化す。ぱらりぱらりと、ページを捲る音だけが響く。突然静かになったヒカルさんの横顔を見ながら、わたしはその行為の意味を考え込んでしまう。
相変わらず芸術品じみた美しい横顔。そして、不似合いな漫画雑誌。ヒカルさんの憂いの人には真剣そのもので、長いまつげは人形のようで、でも手にしてるものは少年漫画。その姿が羽村くんと重なって、ようやく思い至る。
「………………ああ、立ち読み?」
「――――、」
そこで、なぜだかヒカルさんが大げさに息を呑んだ。ぱたんと漫画雑誌を閉ざし、愕然と言ってくる。
「す……すまない。いつもの習慣でつい」
「いや、いいよ別に。わたしも雑誌でも読もうかな」
家具雑誌を手に取る。おしゃれな表紙。こんな物の少ないリビングがあり得るのかは疑問だけれど。
しばらく気まずそうにしていたヒカルさんだけれど、そのうちに漫画雑誌に戻った。ページを捲りながら言ってくる。
「アユミちゃんは、好きな漫画ってあるの」
「なんだろうね。読書はご無沙汰。でも海賊王とかではないかなぁ」
「鬼退治は?」
「うーん。狩人としては、正直複雑かも」
漫画の中でまで、怪物退治を見るのはどうなんだろう。楽しめるような、楽しめないような。そう考えると、平和なコメディなんてのも悪くないのかも知れない。
そういえば――と、少し古い記憶がよぎる。
「…………鬼、かぁ」
「え? アユミちゃん、なにか言った?」
「いえなんでも。それより、お腹がすきました」
「おっけー、スイーツにしよう。任せて。僕がおごるよ」
漫画を閉じ、紳士な男の子のように笑うヒカルさん。
「しかし、そうだよね。普段から呪いや悪霊と対峙してるんだから、鬼退治を見ても楽しいとは思えないか」
「まぁ、うん。でもどうだろうね。わたしの相方さんは、楽しそうに携帯ゲームでモンスター退治してるけど」
人によるのかも知れない。
「僕はね、漫画に限らず、映画やドラマなんかも好きなんだ。インスピレーション……なんてたいそうなものじゃないけど、普段からインプットしてると調子が良くってさ」
「なるほど。ヒカルさんは芸術家だものね」
「でも、絵描きは絵描きで、普段からものの形とか気になったりするんだよ。じっと見すぎて変に思われることもある」
感覚は人それぞれ。思うことも、人それぞれ。
冷蔵庫からサイダーを取り出しながら、ヒカルさんが何気なく聞いてきた。
「……ねぇ、アユミちゃん。つまらない質問なんだけどさ」
「え、なに?」
カルピスにしようか、りんごジュースにしようか。
「このまえ見たテレビの動物番組なんだけど。崖っぷち、それこそ一歩踏み間違えれば真っ逆さまに落ちていくような険しい岩場を、一匹のか細い山羊が歩いていたんだ」
その表情は伺えない。
「いまにも落ちそうで、ガラガラと石が崩れ落ちていって。本当、ぎりぎりの危うい場所をかろうじて歩いていく。目がはなせないよね、どうなるんだろうって考えてしまうよね」
静かに、サイダーの表面を眺めている。透明な液体。透き通る炭酸飲料に、ヒカルさんの瞳が反射する。
「――そういうのを見た時、アユミちゃんなら、何を考える?」
動物番組か。動物番組はいいものだ。とても、とてもいいものだ。
「何を? うん、それはもちろん、不安だなって。落ちちゃわないかってハラハラするよね」
どんな回答を期待していたっていうのか。
なぜだかヒカルさんはわたしの言葉を吟味するように考え込んで、そして何かを誤魔化すように笑ったのだ。
「…………そうか。そりゃそうだよね。ああ、うん、それが普通だよね」
あはは、と笑ってスイーツコーナーに向かっていく。
「?」
どういう意味だったんだろう。本当に不思議な人だ。