頭上を電車の轟音が駆け抜ける。場所を変え、わたしたちは川辺の鉄橋下にいた。
「そうだアユミちゃん、見るかい?」
「え?」
 ヒカルさんが携帯電話を差し出してくる。そこに映し出されていたのは、青い絵だった。
 大きな月を背景に、白い翼の天使の少女が踊る。跳ねる水面といい、虹がかった月光といい、とても美しくて幻想的な絵だった。
「……これは?」
「僕の描いたイラスト」
「え――!?」
 ふふん、とヒカルさんが胸を張る。
「実は僕、こう見えてイラストレーターなんだよ。高校は中退してるけど、ジグソーパズルなんかにも使われたりしてそこそこ好評なんだ」
「…………すごい」
 もう一度、まじまじとイラストを眺める。繊細なタッチ。触れれば壊れてしまいそうな世界観は、確かにどこかヒカルさんのイメージと合致している気がした。
「すごいね。本当すごいよヒカルさん。絵が描けるって素晴らしいことだよ」
「うーん。まぁ、これしか出来ないだけなんだけどね」
 たはは、と自分の髪を撫でた。そして川の向こう、ずっと遠くの街の輝きを見つめて吐露する。
「学校に縛られる生き方が合わなかったんだ。毎日毎日繰り返して、つまらない芸能人やSNSなんかで盛り上がっちゃって。表面上は笑っていたけど、それが苦痛で苦痛で仕方なかった」
 それは。
 普通とは程遠いわたしみたいな人間からすれば、想像することしかできない悩みだった。
「友達って言ったってさー。別に気が合うからつるんでたわけじゃない。ただ単に、同じ教室ハコに入れられたから、仕方なく一緒にいただけなんだよ」
 距離の近すぎる世界。あまりにも狭い、教室という空間。ヒカルさんはそれを憂いでいた。
「……なんて。そんな考えがいいことじゃないことくらい分かってる。僕みたいなの、不適合者ってやつだと思うんだよね」
 どこか哀しそうな、自虐的な言葉に思えた。ヒカルさんは、変わらずびっくりするくらい美しい顔で笑んでいる。わたしは自然と、口にしていた。
「…………別にいいんじゃないかな」
「え?」
「誰もが同じように生きられるわけじゃない。そういう場所からはみ出して、自分の才能で生きてける人もいる。ヒカルさんは始めからそういう人だったんだよ」
「…………」
「学校って、自分の才能を見つける場所でもあるんだと思う。ヒカルさんは始めからそれを見つけていた。それだけのことなんだと思う」
 わたしの言葉に、ヒカルさんはにっこりと笑うのだった。
「そうだと嬉しいな。いや、本当、才能なんてまったくないんだけどさ」
「そんなことないよ。さっきの絵も、すごくきれいだった」
「じゃあ、次はアユミちゃんの番だね」
「え?」
「教えてよ、『狩人』ってやつのこと。僕もユーレイが視える人間として、すごく気になるよ」
 それは……困ったな。
「えーと。決まりで、あまり情報を与えることは出来なくて」
「そうなの? じゃ具体的なことはいいや。その仕事について、アユミちゃんがどんな感情を抱いてるのかとか、そっちの方で」
「感情?」
 ふむ、なんて探偵のように顎に手を当て、わたしを観察してくる。
「芸術家としての勉強だよ。人の気持ちには興味がある。それが特殊な仕事についている人なら、なおさら、ね。」
「感情……気持ち、か。そうだなぁ」
 思い返す、これまでの事件。
 ネバーランド。子供だけの世界を目指した、未来予知能力者の物語。
 雨の日の廃工場。強すぎた友情が辿った、悲劇的な結末。
 そして――――。
「…………」
 人斬りチギリ事件。
 地下駐車場で、短刀を握りしめ、誰かの血に濡れた羽村くんの姿が過ぎる。
 狩人は、呪いを狩る者。だから戦うのは亡霊だけじゃない。羽村くんはたぶん好きだったはずの誰かと戦って、そして命を奪い、真っ黒な目をして絶望していた。自分の両手を見下ろして、壊れそうな声を上げていた。
 わたしも、いずれ境界線を越えて、あんな風になるのだろうか。
「……あまり、いい仕事ではないかなぁ」
「そうなの? 悪霊から人々を守るなんて正義の味方みたいだけど」
 言われて、胸の中に毒が広がったようだった。
「それは違うよ。それだけは、絶対に違うんだよ」
 チギリの件で、わたしたちは思い知らされた。
 正義と悪の物語の果て。
 わたしたちは、正義ではなく秩序の味方だったのだ。
「なるほど。なかなか、大変な仕事のようだね」
「うん、そういうこと。呪いや怪物ばかり見て、倒して、無かったことにする。つらくて苦しいことばかりだよ」
「……ごめん。そんなに過酷だと思ってなかった。軽々しく聞きたいなんて、僕が浅はかだったよ」
 ヒカルさんの言葉に、首を振る。
 川辺の草むらで隣り合って座って。
 ゆらゆらと、電車の明かりがを反射する水面を見下ろしながら。
「……でもね、信じてるんだよ」
「信じてる?」
「きっと何か、できることがある。わたしはまだまだ半人前だけど、ただ力で捻じ伏せるだけじゃなく、何か――少しでも何かを良くすることができるはずだって信じてる。そうじゃないと、やっていけないからね」
「そう……それはいいね。とてもいい。希望を捨てないのは大事なことだ」
 
「よし、決めた。キミならいいや。」
「アユミちゃん。相談したいことがあるんだ」
終了。
 
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初公開日: 2020年04月23日
最終更新日: 2020年04月24日
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コメント
昨日の配信で書いた小説の推敲配信
意外と最後まで書けてしまったので、ささっと推敲したいと思います
飛鳥
わぱれ、ゆるかき
きょむい〜ぬ
筋トレ
アヤカさんはミモザがこぼれるように咲く頃、動物園のペンギンの檻の前で懐かしいおもかげを見た話をしてく…
瀬をはやみ