「あぁ、えっと、……ここは、こうして…」
「それだとこの飾りが浮くだろう?」
「俺はこれをこう、して……で、ここにつけた方がいいと思うな~」
「ふなァ~お菓子の飾りをどうするか、まだ決まってないんだゾ!菓子、菓子ぃ~」
「それはちょっと待ってよ、グリム……」
ハーツラビュル寮、談話室にて三人と一匹が何やら額を突き合わせての相談事をしている。
「一体、何をしているんだい?」
「あ、寮長。お邪魔してます」
「邪魔してるんだゾ」
赤い壁紙とトランプを背景に、見慣れた一人と一匹は僕に会釈をする。その左右にエースとデュースの問題児…もとい、一年コンビも一緒だ。
「えへへ、ちょっとした相談事です。うるさかったですか?」
「いや、それは問題ない。ここでもめごとを起こさないなら、いいけども?」
ジト、と騒動の元になりそうな毛玉と[FN:ユウ]の左右を固める二人に視線を向ける。身に覚えがありすぎるのだろう。二人と一匹が気色ばむ。[FN:ユウ]はただ、苦笑いを返すだけだ。
「あぁそうだ。ちょうどいいから寮長に聞いてみろよ、[FN:ユウ]」
「ええ!?私が!?」
「ほら、今の寮長の反応見ただろう?俺たちじゃまず、はねつけられるって!」
「はねつけられるならまだいい……首をはねられたらたまったもんじゃないからな」
「さあさあ」と促す二人に「身代わりかい!」と[FN:ユウ]は僕に視線をやる。
確かに、[FN:ユウ]は魔法を使えない。ゆえに僕が『首をはねよ(オフ・イズ・ユアヘッド)』を発動したところで無意味である。(もっとも、その場合は後ろの二人と一匹に向ければよいだけだが)
「何か良からぬことだとは思うけれど、一応聞いてあげるよ。もちろん、規則に反することなら…お分かりだね?」
ニヤ……と意地の悪い笑みを向ければ、[FN:ユウ]が一瞬、たじろぐ。それでも後ろの二人と一匹の懇願には負けたらしい。おずおずと口を開いた。
「この寮の庭に植わっているバラの木を一本、貸していただけます?正確にはバラの木とその下の空間、ですが」
「ほう?それはなぜ、かな?」
問われた内容は思いのほか…いや、拍子抜けするほど平和的なもの。だからと言って安心してはならない。小さな騒動が大事に至ることも、起こりうる。
「『イースター』をやりたいと思っているんです。と言っても、私もあまりイースターについては詳しくないので、イースターっぽい飾りつけやお菓子を作ってお茶会をバラの下でやる、ということなんですけど」
「『イースター』…聞いたことないな」
聞きなれない言葉に首をかしげる。僕が聞いたことがないとなると、恐らく[FN:ユウ]の世界で行われていた催しだろう。
「あ、じゃあ、やっぱりこの世界にはないのか……そうですね。春の豊穣祭と言えばよいですかね?宗教色が強いので、私の国では名前とか、概要が薄っすらと知られてる程度なんですけど」
「…それでよくやろうと思ったね……」
ため息をついてしまう。宗教色が強いなら、しっかり調べてやるべきだろうとは思うも、『イースター』についての書物などがこの世界にない以上、どうすることもできないのは事実だ。
「まぁ、良い思い出になるかな、って軽いノリです」と、へら…と笑う[FN:ユウ]に「[FN:ユウ]、大事なことを忘れているんだゾ」と、グリムが少しこわばった顔で彼女の袖を引っ張る。
「あ、あぁ…そうだね……ええ、っと……で、リドル寮長、怒らないで聞いてほしいんですけど……」
「……なんだい?」
大体こういう時、次にくる言葉は規則違反だと決まっている。
「貸してほしいと言ったバラの木、なんですけ、ど……パステルカラーに塗っても……だい、じょうぶ…です?」
「は?」
ピキッと思わず、青筋が走る。パステル!?そのような色に塗ると!?何を言ってるのだ?完璧で美しい庭に植わるバラの花を赤以外の色に塗るなど、ありえない。
ずっと、創設以来、この寮のバラの木は赤と決まっている。規則を破るわけなどない。
「いいわけがないだろう!!この寮に植わるバラの木はハートの女王の赤と決まっている!」
「でーすよねえええええええっ!!!!すみません!!!!一応聞いてみたかっただけです!!!寝言戯言でしたッ!!!」
𠮟責が飛ぶと[FN:ユウ]は電光石火で僕に頭を下げ、僕の声と同程度の音量で謝罪の言葉を並べた。勢いがつきすぎてテーブルに頭をぶつけたのだろう。ゴン!と鈍い音が響いたが、それだけ申し訳ないと思ったのは伝わったので、追及することはやめた。…後ろの二人と一匹の首を撥ねたい気にはなったが、[FN:ユウ]に免じて、取りやめる。
「それは寝てから言ってくれ、全く!君は感謝するべきだよ。少し前の僕なら、君であっても即、首をはねていたからね。あと、後ろの二人と一匹も[FN:ユウ]に感謝しなよ?」
「「「はい」」」
「よろしい」
腕を組んでやれやれ、とため息をついて、その場を後にしようとした時だった。
「リドル、どうしたんだ?さっき、大声が聞こえたが」
「なになにー?またエーデュースコンビがやらかしたの~?」
声を聞きつけたののだろう、トレイとケイトの二人が談話室に顔を出した。若干、背後の気配が揺れた。「助け舟!」と思ったのだろうか。
「まだ何もやらかしてないっスよ!」とエースは声を上げた。
「はは。まぁ、お前たちが集まると行く先々で何かと騒動が起こるからな。で?一体何でリドルが怒ったんだ?」
三人と一匹が座っている向いの丸テーブルの椅子をひいて、リドルに座るよう促し、リドルが腰を掛けてから、トレイも別の椅子を持ってきて、腰を落ち着けた。ケイトは「話が長くなりそうだし、ついでにお茶を淹れてくるよ」と席を立った。
「寮の庭に植わっているバラの木を赤以外の色に塗りたい、と言ってきたんだ。許せるわけないだろう」
「とはいえ、一本だけ、ですけどね…一本だけでも、と思って聞いたんです。ダメ元でしたけど」
[FN:ユウ]は付け加えるように、リドルの後に続けた。
「一本でもダメに決まっているだろう。一回許せば、後はなし崩しだ。次々規則を破るものが出てくる。例外は認められないね」
「怒りんぼリドルは相変わらずなんだゾ……」
「ほう?…オフ・イズ……」
グリムの言葉に素早く反応したリドルがユニーク魔法をかけようと呪文を口走るも、「すみませんっ!私んとこの寮生が…!」と[FN:ユウ]を素早くグリムの頭を掴みそれと共に再度頭を下げる。いきなりのことに「ふな”ッ!!?」とグリムの驚く声。[FN:ユウ]は挟んでいたエース、デュースもひきつった顔をリドルに向けた。
「まぁまぁ、とりあえず落ち着けって。ほら、ケイトも茶を持ってきたことだし、ゆっくり飲みながら俺たちにも説明してくれないか?」
「そーそっ、せっかく淹れたお茶ならゆっくり楽しまなきゃ。アフターヌーンティは楽しく、が基本だよ」
コトン、とそれぞれが座るテーブルに軽食の乗ったケーキスタンドと茶の入ったカップ、ポットたちが置かれていく。配膳は『舞い散る手札』で分身した自身にやらせたケイトも椅子を持ってきて腰を降ろす。
「あ、スコーンとサンドイッチ!食わせろ――」
「現金だな、お前……全部食うなよ?」
ケーキスタンドからスコーンを取ったグリムはむしゃむしゃとさっそく手を付けている。いつものこととはいえ、あきれ顔のデュースもサンドイッチを手に取り、口を付ける。
「ふはは、早い者勝ちなんだぞー」
「はぁ、も…お前がいると話が進まねぇから、食いモンで黙っといてくれ…」
頭が痛い、というように額を押さえたエースはため息をついてから紅茶に口を付け、落ち着けてから「それでさっきのことですけど…」と口を開いた。
「もともとは[FN:ユウ]が『イースターをここでもやりたい』って言ったことから始まったんです」
「ただ、私のいた国では名前とかやることが薄っすら伝わってるくらいで、私もやったことはないんですけど…ただ、その……ハーツラビュル寮の寮庭は素敵だから、イースターっぽいことしたら雰囲気でそうで、楽しめそうだなと思ったんです」
カチャ、と静かな音を立てて、[FN:ユウ]はカップをソーサーに置いた。
「それで、どうしてバラをパステルになんで塗ることにつながるんだい?別に赤でもいいだろう?」
足を組んでから、カップに口を付けたリドルが質問を飛ばす。
「イースターは春に芽吹いた草花が主役になります。別名、復活祭ですし…なので、このお祭りで使われる色たちは、生まれたてを表す淡い色たちが主です」
「後、ウサギと卵とヒヨコが主役だったか?ウサギは沢山子供を産むから、卵は始まりの象徴、ヒヨコは生まれたての象徴…だったか?」
「そ。デュースさすが」
ぱち、と[FN:ユウ]は指を鳴らし、ウインクと共にデュースに視線を向ける。
「なるほど。それでバラをパステルに塗る、と言ったんだ。淡い色したバラの花もマジカメ映えしそうだけど、さすがにここじゃ厳しいよ…よく聞いてみようと思ったね[FN:ユウ]ちゃんは」
「チャレンジャー精神ありすぎでしょ」とケイトはひきつった笑いを[FN:ユウ]に向ける。一瞬、リドルが横目にケイトへ視線をやったが、ケイト本人はあえて見ないふりをして、代わりにリドルのカップに追加の紅茶を注ぐことで誤魔化した。
「まぁ、できたらいいなってレベルですから。ハナっから成功率に期待はしてなかったんです。もちろん、できたら一番良かったですが、聞いてみなきゃわかんないですし。
そもそも、ダメ元でしたから、やっぱプランBで行くしかないね」
「そうだな。それがやっぱ一番か……」
再びカップを手にり、紅茶を飲む[FN:ユウ]にエースも同意し、デュースとグリムもそれに頷いた。
「プランB?他にもあるのかい?」
「もちろん、ハーツラビュル寮に迷惑はかけないですよ!?オンボロ寮でやるだけです!規模を変更して!」
ぎろっとリドルに睨まれた[FN:ユウ]は慌てて否定し、内容を口走る。
「まぁ、君の寮でやるなら構わないけど……エース、デュース、招待を受けたら、ハーツラビュル寮寮生として迷惑はかけないように。お分かりだね?」
「「もちろんです」」
「よろしい」
揃った二人の声にリドルは満足げにうなづいてスコーンを手に取る。
「それで、プランB……オンボロ寮でやるイースターは一体何をする予定なんだ?」
「あ、それ俺も聞きたい。[FN:ユウ]ちゃんのいる寮でやるイースターってどんなことすんの?よかったら招待してくれたら嬉しいかも、なんーて」
リドルとは対照的にトレイとケイトは興味津々らしい。[FN:ユウ]の話に前かがみで聞いてくる。
「お茶会をするのは変わりませんが、寮の談話室をイースターの飾りつけをやって…淡い色でまとめた雰囲気にウサギと卵とヒヨコたちの飾りで飾り付けて…まぁ、間に合わなかったらお茶会で出すお菓子や使うテーブルだけでも、イースター仕様にして……一通りお茶会を楽しんだ後に、寮の庭で卵探しと、スプーンに卵を乗せて徒競走ってのをやろうと思ってます」
飾りの案も相談していた[FN:ユウ]は手元のノートをケイトに手渡す。そこにはかわいらしい飾りと共に、ヒヨコやウサギのクッキーや淡い色のケーキなどのお菓子たちの案も載っていた。
「『なんでもない日のお茶会』みたいなノリで、かつ体を動かせるのがあるって聞いて、面白そう、って思ったんだよなースプーンに卵のっけて走るとか、何それ、みたいな」
「卵探しも単に卵を探すのかと思ったら、自分たちで好きにペイントしたのを探すと言うものだから、面白そうだって話になったんです」
「もっというと、スプーンに卵のっけて走るっての、[FN:ユウ]の世界ではこれをマジでやってたっていうから、ウケるよな~」
戻ってきたノートを閉じた[FN:ユウ]に視線をやりつつ、楽しげに笑うエースは「ただ走るのじゃつまんねぇから、箒で競争しようって案も考えてたんだよな」と付け加える。
「もっとも、これはさすがに他の寮ではできないし、迷惑かけるだろうって思いましたから、やるならオンボロ寮でやろうかなって。ただ、ハーツラビュル寮とは違ってオンボロ寮はその名の通り、殺風景な庭しかないですから、あんまり雰囲気でないですけどね」
「ある意味ホラーなんだゾ……あの庭で、幽霊たちもいる中で卵探し……イースターというより、お化け屋敷での宝探しなんだゾ」
口の周りに食べかすを付けたまま、グリムが口を開いた。そのまま紅茶の入ったカップを持つと、ごくごくと喉を鳴らし、飲み干す。どうやら、温くなるのを待っていたらしい。
「復活祭とは真逆突っ走ってるけどね!!!充分、分かっているともっ!!だから、雰囲気がより出るハーツラビュル寮でお茶会だけでもーって案を考えたんです……」
[FN:ユウ]は紅茶を飲み干したグリムの口元についた食べかすを落としてから、ポットの紅茶をグリムのカップに注いだ。ふわ、と白い湯気と紅茶の香りがテーブルに渦巻いて、薄れてゆく。
「そっそ~で、それがダメになって、オンボロ寮でやるなら、飾りや菓子とかも俺たちで無理のない範囲で準備して、どっかの休日にやろうって話してたんだよな。
ホントは日付が決まってるとか言ってたけど、[FN:ユウ]は覚えてないっつーし、日付通りにやろうと思ってもその日、授業や部活あったりしたら、疲れててできないだろうし」
「そうだな」と頷いたデュースは、自分の口元を軽くふき取ると、ケーキスタンドからサンドイッチを取り、かじってから続ける。
「菓子もいろいろ作るつもりで、図書館で調べて、自分たちのできる範囲のものを作って……それでも難しいなら、トレイ先輩に聞こうと思っていました。迷惑をかけない範囲で」
「飾りの類が間に合わなかったら、ケイト先輩のユニーク魔法で手伝ってもらおうって考えてました。お礼はお二人をオンボロ寮でのイースターに招待って、事で」
紅茶のおかわりをエースとデュースのカップに注いだ[FN:ユウ]は、ニコリと、トレイとケイトに向かってほほ笑んだ。
「なるほど…頼ってくれるのは、単純にうれしいな」「可愛い後輩ちゃんたちが自分たちでやろうって思うのは青春だね~面白そうだし、マジカメ映えもしそう」とまんざらでもない二人に、リドルは少し拗ねた表情を見せる。
「話は分かった。そういう理由があったんだな。
で、なぜ二人には招待状を出すのに、僕には招待を出さないんだい?」
「え……」
予想外の言葉に[FN:ユウ]はもちろん、エース、デュース、グリムが呆気にとられる。グリムに至っては予想外もいいところだったのだろう、イチゴジャムを乗せたスコーンを紅茶のカップに落としかけるほどだった。寸でのところで阻止できたが。
「そもそも、エースもデュースも、トレイもケイトも、君が招待するのはハーツラビュル寮寮生だろう。その寮長である僕は監督する立場だ。招待しないのはおかしいだろう!」
「え、えええ…う、うん…?あーまぁ、そういわれれば、そうかも……しれない?」
「そうかもしれない、じゃなくて、そうなんだ!」
カチャン!と少々乱暴にカップをソーサーに戻すリドル。何か良からぬことを言ったのだろうか、逆鱗に触れてしまったのだろうかと[FN:ユウ]は不安げな顔を彼に向ける。ただ、それとは対照的に、トレイとケイトは吹き出しそうな表情をしている。それの意味が分からず、[FN:ユウ]はより、不安げな表情を浮かべる。
「全く。寮長である僕を差し置いてなんて、ダメに決まっているだろう」
「はは、リドル。そういう時は素直になるのが一番だぞ?」
「そうそう。そんなにムキになってると、『逆に参加したい』といってるのと同じだよ?」
ポンとトレイがリドルの肩に優しく手を置き、ケイトもそれに追撃をかける。
「な……ッ!ぼ、僕がそ、そんな風にって思っている…な、んてそ、そんなわけ、ないだろう!!?う、うらやましいなんて、思っていないからな!!!」
どう考えても図星だと一目でわかる、真っ赤な顔のリドルはせかせかと足を組み替え、カップを手に取るも、見て分かるほど手元が震え、カップから紅茶が踊り出し、今にも空中でダンスを始めそうなそうな勢いである。
「……分かりやすすぎるほど動揺しすぎなんだゾ」
「ううううるさい。あ、あまりにととと突飛な話をするから、そう!怒りのあまり、手元が、こ、こんなに震えているんだ!」
「へぇえ~」「ほおお?」
それを見逃すエースとデュースではない。声を重ねて、意地の悪い笑みを今度はこの二人が浮かべる番だった。もちろん、察した[FN:ユウ]も、グリムもそれに続く。
「寮長を怒らせてはいけませんし、続きはオンボロ寮でやろっか」
「そうだな。ここにいたら、いつ寮長に首を撥ねられるか、分からないからな」
[FN:ユウ]が席を立ち、続いてデュースも席を立つ。
「ついでに購買部に言って、イースターの飾りや材料とか調達できそうかとか、聞いてみるか」
にやにや、としながらエースが席を立ち、「オレサマも満腹になったことだし、満足なんだゾ」とグリムも呟いて[FN:ユウ]の腕に抱かれる。
「では、失礼いたしますね、リドル寮長、トレイ先輩、ケイト先輩。アフタヌーンティーごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「こっちこそ、いつも以上に楽しいアフタヌーンティーになった。ありがとうな。あと、手伝いが必要なら言ってくれ。ある程度なら手助けはするぞ」
「オレちゃんも同じくぅ!代わりにーイースターの招待状、楽しみに待ってるから、送るの忘れないでね」
腕にグリムを抱いた[FN:ユウ]はそれはもう、とても良い笑顔を三人に向けて頭を下げ、三人の脇を通り過ぎようとする。答える二人もさわやか、かつ、心地よい笑みでもって後輩たちを見送る。
「じゃ、俺らは[FN:ユウ]を送って、ついでにオンボロ寮で計画立てから戻っててきまーす」
「あまり遅くならないようにします。遅くなるようなら、連絡します」
エースとデュースも楽しそうな笑みと共に部屋を出て行こうとする。口々に、招待状のデザインはどうするかだの、図書館で本を借りてこなきゃいけないだのを心底、楽しそうに振りまきつつ。
「っああああああ!!わかった!わかった!!言えばいいんだろう!!!いえばっ!!!」
三人が部屋を出ようとした直前だった。ガタンと椅子を引く、大きな音がして、それ以上の大きな声が談話室に響いたのは。
「あっれ~ぇ?どうしたんです、リドル寮長」
「そんなに大きな声を出して、何かあったんです?」
「うううううるさい!うるさいな!状況が状況なら即座に首を撥ねていたぞ、エース、デュース!!」
振り返った三人が目にしたのは、湯気が見えそうなくらい、顔を薔薇のごとく真っ赤にしたリドルだった。
「で、どうされましたか?寮長」
何も知らないです、おっしゃることが分かりません、といわんばかりの表情で[FN:ユウ]は振り向いて、リドルに問いかける。
「[FN:ユウ]、そしてエースとデュース。次のハーツラビュル寮で行う『なんでもない日のお茶会』は飾りつけと内容を君たちに一任する!!!」
高らかに、裁判の開廷を宣言するように、それこそ、ハートの女王のような威厳を振りまいて、リドルは三人と一匹に命じる。
「つ、ま、り、俺たちの好きにしていい、ってことですよね~?」
「バラの色や飾りつけも変えていい、と」
「お茶会だけでなく、卵探しやスプーンに卵を乗せて走るという一種のレクリエーションも取り入れてよいってこと…?」
「菓子も……俺たちが決めていいってことなんだゾ!?」
三人と一匹は、リドルの宣言を反芻するように、答え合わせをするように、にやにやと楽しそうに顔を見合わせる。
「あぁあああもう!!!うるっさいな!いいといいったらいいんだ!!!僕が、寮長である僕が言ったんだ!!好きにしていいといったんだ!!!」
地団駄を踏みながら怒り半分、リドルはわめき散らす。真っ赤な顔は変わらない。ただ、何処か吹っ切れた雰囲気を纏っていたのも事実だった。
「はは、ほらリドル。まず落ち着けって。紅茶を一杯飲んで、カップケーキでもつまめばいいだろう?」
「そーそっ。別にリドル君は悪いことを言ったわけじゃないんだから。自分の希望を伝えただけだから。っと、ごめんね、後輩ちゃんたち。うちの寮長が騒いじゃって。驚かせたね」
ある程度わめき散らしたことで落ち着いたのか、気力を使ったのか、その両方か……ともかく、リドルは大きなため息をついてから、元のように椅子に座る。すべてを察していた二人は、出て行こうとした三人と一匹を呼び戻す。
「いえいえー」「問題ないですよ」「気にしてません」「相変わらずめんどくさいんだゾ、リドルは」とそれぞれに口を開きながら、元居た席に着く。今度は、二つの丸テーブルをくっつけて、だ。
「それでは仕切り直し、ですね。どこから話しましょうか?」
ノートを筆記用具と共に取り出し、開いた[FN:ユウ]が落ち着いたリドルに問いかける。
「僕が気になったのは飾りつけだ。聞くが、イースターとやらは淡い色彩にウサギとヒヨコと卵がメインだ、と言っていたな」
「ええ」
「もし、この寮庭でやるなら、それらを用意しなければならないが…あいにく、この寮にはウサギもヒヨコもいない」
イチゴのジャムを溶かし入れた紅茶を飲みながら、リドルが口を開く。先ほどのわめきっぷりが信じられないような落ち着きっぷりだ。
「いるのはフラミンゴとハリネズミだもんな…可愛いけど」
困ったようにエースが口を開く。「その通り」と続けるリドル。
「それらを加え、かつ、庭の飾りを全て一新するとなると、恐らく時間がいくらあっても足りないだろう。準備しているうちに花や草が芽吹く季節は終わってしまう」
「ええ。それは思いました。あと、イースターが終わってからだと、飾りも収納に場所取りますし……」
「そこで、だ」
リドルはある提案を得意げに語る。
「『なんでもないお茶会』の飾りをそのままに、魔法で彩色だけ変えればいい。イースターが終われば、同じ色味を元に戻せばいいだけだ」
「確かに。それなら手間もかかりませんね。あれ、でも動物たちはどうします?この寮はハリネズミとフラミンゴしかいないのに…それに生き物たちを無責任に増やせもしませんし……」
「それも代用すればいい。つまり、フラミンゴをウサギ風にすればいい。うさぎの耳が生えていたら、それはうさぎだろう」
「ぶはっ」とエースが吹き出し、デュースは顔を背け、グリムは食べていたサンドイッチ(ツナマヨ)と落とし、トレイは眼鏡を取って、腕で目をぬぐいってからかけなおし、ケイトは「マジで言ってんの!?」というように目をひん剥いて驚いた。
「……僕は何か、おかしなことを言ったかい、[FN:ユウ]。いい案だろう?ハーツラビュル寮らしさが出るし、なおかつ、イースターの飾りにもなるなんて、一石二鳥だ!」
「あーーうん。はい。多分、それでいいと、思います。はい…では、ええと、ウサギはフ、フラミンゴにうさ耳をはや、す、ので、代用……ふくくくっ…」
問いかけられた[FN:ユウ]は何とか笑いをこらえながら、ノートに『ウサギは、フラミンゴに、うさ耳を生やす。で、OK』と書きつける。その字はミミズがのたくったように震えていたのだが。
「次に卵探しと、スプーンに卵を乗せて走る…だったか?それはハリネズミたちを使おう」
「ハリネズミたちを、ですか?」
デュースがリドルに向けて問いかける。
「あぁ。あ、もちろん卵探しでは、各個人でペイントした卵もあった方がよさそうだ。用意する時点でのペイントも楽しそ…ゴホン。もとい、準備を通して、寮生同士の交流となり、いつも以上に盛り上がりそうだからな」
リドルの本音は皆、あえて聞き流す。へそを曲げられたややこしいことになるのはわかっていたし、何より楽しそうな彼に水をさすのはためらわれた。
「卵と違って、ハリネズミたちはじっとしてないですからねーそれにあいつら、カラフルだし…盛り上がりそうですし、点数つけて競争すれば、より楽しそうじゃん。俺は賛成~」
リドルの話を頬杖をつきながら聞いていたエースが元気よく手を上げる。皆も同意らしく首を縦に振ったのを見て[FN:ユウ]はノートに書きつけた。
「あぁ。動くものであれば卵を探すより難易度は上がる。見つけた場合は得点を倍にすればいい。ただ、寮の庭で隠した卵とハリネズミたちを隠した寮生が探しては意味がない。なので、隠す役目は[FN:ユウ]とグリムが適任だろう。当日、頼めるかい?」
「はい!大丈夫です」
「もちろんなんだゾ。俺様、絶対見つけられないところに隠してやる!」
元気よく返事をした一人と一匹に、リドルは「よろしい」と一言返す。「ただ、ハリネズミたちはちゃんと優しく扱ってくれないと困るけれど」と付け加えて。
「じゃぁさー、スプーンに卵を乗せて走る~ってのはどうするの、リドルくん。それもハリネズミ?」
スマホを取り出し、何かを調べていたケイトが、そこから視線を放してリドルに問いかけた。
「あぁ。最後までハリネズミたちをスプーンから落とさず戻ってこれた人の勝ちというのはどうだろう。ハリネズミたちと心を通わせながら行うから、クリケットでも役立つと思う」
「それだとリドルは有利だな。ハリネズミたちの世話をよくやっているし、実際、よく懐いてる」
トレイが思い出したようにつぶやく。
実際、ハリネズミたちは常に動き回り、せわしない。ハーツラビュル寮で行われるクリケットでも、ハリネズミたち、そしてフラミンゴと息が合わねば、初心者は試合どころではないのだ。(逆に、慣れていない様を見るのも楽しいのだが)
「む、そうなると僕にはハンデが必要か……やるからには負けるつもりはないけど。なら、僕とは決勝戦での一対一勝負でどうだろう」
「つまり、サシ…!面白そうッスね!燃えてくる!」
キラキラと目を輝かせるデュースに、「あ、スイッチ入ったわ~」「そういうのに、とことんデュースは弱いんだゾ」とあきれるエースとグリム。
「ええと、あとお菓子、ですが…これはトレイ先輩と考えながら、やりますかね」
「そうだな。さっき見させてもらったノートの内容だと、いつもと同じように作ればいいようだな。ただ、デザインや形は多少詰めたほうがよさそうだ。まだ構想段階のようだったし。ま、なんとかなるだろ」
少し心配そうな[FN:ユウ]にケイトは頼もし気な顔を向けた。
「色を変える以外飾りも必要になってくるか…ケイト、使えそうな飾り類とバラの色ぬりはできそうかい?」
菓子が決まるとリドルは「[FN:ユウ]、忘れないように書き加えておいてくれ、お茶会での楽しみの一つだからね」と[FN:ユウ]に指示を飛ばしてから、ケイトに向き直った。
「もっちろんーいけそうだよ。飾り類に関してはそれっぽいものをさっきスマホで調べてブクマもしたし。当日の飾りつけもオレちゃんたちを使えばすぐすぐー足りない分は手伝いをお願いするけど。
ただ、バラに関しては、いつもと勝手が違うから、慣れないとちょっとキビシーかもだね」
「じゃぁ、何人か寮生の中から色塗りが得意そうな寮生をその役割に割り振ろう。人選は任せるよ」
「もっちろん~任しといて」
スマホを握った手を振るケイトは、リドルに答えると、すぐさまスマホを操作し始める。覚えのある寮生に連絡を取るためだ。
「よし、では明日から本格的な準備にかかろう。もちろん、前倒しで出来る作業は進めておくに越したことはない。進捗などはこまめに確認を取り、滞りなく進めるように。いいね」
「はい、寮長!」と、話に参加していた全員の声が重なる。
そして、この数日後。ハーツラビュル寮で、『なんでもない日のお茶会』が開催された。
ただ、いつもとちがって飾りつけは淡いパステルカラーでまとめられ、うさぎの耳を生やしたフラミンゴが歩き、卵や草花たちがモチーフとなったお菓子がふるまわれた。
また、いつもならば、クリケットを行うのだが、この時は少し違い、卵とハリネズミ探し、そしてハリネズミたちをスプーンに乗せて走る催しが開催された。
いつもと違うお茶会に計画した本人たち、そして中心となって動いていた人物たちはもちろん、参加した寮生たちにも評判がよく、若草が濃い緑となるまで、数回、このお茶会は続けられたのだった。
来年も引き続きやってもよいだろう、というのはリドル寮長の発言である。
「お茶会できればそれ良かったってノリだったけど、まさかハーツラビュル寮全体を巻き込むことになるとは予想外だったなー楽しんでもらえてよかったけど……結局一番楽しんでたのはリドル寮長だよね。計画するときにも、あんなに仕切って、準備も張り切ってたし……何より見たことのないくらい無邪気で楽しそうにしてたし、準備段階からずっと……」
最後を数えるイースター仕様のパーティーが無事終わり、飾りの片付けや、色味を戻したりしていると、思い出したように[FN:ユウ]が呟いた。
「「それなーー」」
エースとデュースの二人の重なった声は、バラを思わせる夕空の奥に消えて行った。