NO.3 呼び方チェンジ
場所によって呼び方を変えるのは大事なことだ、と思う。結局のところ、組織と言うものは立場で成り立っているのだから。敬称を正しくつけるのは基本中の基本だ。
VIPルームの扉がノックされる。入室を許可するとドアが開き、[FN:ユウ]の姿がそこにあった。
「オーナー、お客様です」
通常であれば、ジェイドとフロイドの二人そろって。たまにフロイドのみで、まれにジェイドのみでの来客案内を行うが、今日は[FN:ユウ]が来客の案内を行っていた。ホールにいる二人の手が離せなかったのだろう。
「分かりました。どうぞ、こちらへ」
ただ、二人でないからと、騒ぐことでもない。オーナーである自らが足をフロアに向けるような事態となれば、連絡がすぐにこちらに来るはずだ。それがないということは、単純に忙しいのだろう。売り上げが出る時間ゆえ、仕方がない。
奥の席から立つと、来客をソファーへと促す。[FN:ユウ]は一礼して「失礼いたします」と頭を下げて退出するのだった。
来客対応の後は、書類整理など、事務仕事をこなし一連の業務を終える。フロアも終業時刻になっている。そろそろ、本日の売り上げ報告が上がってくる時刻になるだろう。そう思っていると、ちょうどドアをノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。オーナー、本日の売り上げ報告、並びに業務報告となります。ジェイド先輩とフロイド先輩の代わりにお届けに参りました」
「ふむ。よろしい。そのほか業務報告などは何かありますか」
軽く書類に目を通し、本日の売り上げ、時間帯の構成比、売れた商品などにざっと目を通す。これらが次に打つ戦略にもなる。データ収集は基本だ。
続けて、彼女からの報告を口頭で受け、必要なことがあればメモを残す。本日は繁忙時刻がいつもより前にズレていたため、ホールの人員が少なく、満足に接客ができなかったとのことだ。空いたテーブルに案内するのにも時間がかかったので、それを伝えてほしい、とジェイドに言われたのだという。
「お疲れさまでした。下がっていいですよ」
「はい。失礼いたします。オーナーも、その……お疲れの出ませんように?」
「…無理して、気遣って言わなくてもよいですよ、[FN:ユウ]」
「では、改めまして…お疲れ様です。オーナー。ゆっくりお休みください」
気遣いの一言を残して、[FN:ユウ]がそっとドアを閉める。静かな足音が廊下の外から消えていった。
「オーナー、ですか」
消えて行った足音の主の言葉を反芻する。正直、『オーナー』という呼び方に慣れていない。
それは自分があまりフロアに出ないせいでもあり、そもそも、そう呼ぶ存在がいなかったというのもある。ジェイドとフロイドはファーストネームで呼ぶし、後輩や教師などの学校関係だと寮長、もしくはファミリーネームだ。オーナー、と呼ぶのはそれこそ、[FN:ユウ]くらいなものだ。
不思議なもので、「オーナー」と呼ばれると、自分が一から計画し、現在進行形で運営しているカフェが認められているという気になる。もちろん、学園長に許可をもらった時点で認められてはいるが、どこか心がついてきてなかった感覚はある。それが彼女の言葉でひたりと馴染んできたという感覚だ。
「これが『コトダマ』というモノでしょうか」
あるとき、詳細は忘れてしまったが、彼女の口から聞きなれない言葉……コトダマというのを聞いた。聞けば、彼女の生まれた国で信じられている信仰らしい。説明は難しかったらしく、うまく説明はできていなかった。こちらで調べようにも資料がなかったので、魔法を使う際の呪文のようなものが普段話す言葉や単語にもあり、それが他者に影響を及ぼす…と言う風に解釈した。
「不思議なものです。時がたてば、もっと馴染むのでしょうか?」
ふふ、と小さく笑うと、書類を片付け、金庫や机などを今一度確認し部屋を後にする。ぱ、っとカフェの全ての明かりが落ちれば、この場所は静かな夜を迎えるのだった。
翌日。
「[FN:ユウ]、少しよろしいですか?」
次の授業に向かうのだろう。[FN:ユウ]の背中を見つけ、声をかける。ちょうど同じ授業なので好都合だ。
「あ、はい。どうしました、オーナー」
用件を切り出そうとして、一瞬、内容が飛んだ。校内で[FN:ユウ]に『オーナー』と呼ばれることが初めてだったからだ。
「あ!すすすすみません!間違えました!!カフェとごっちゃになってしまって……ええと、すみません、アズール先輩。なにかありましたか?」
硬直する僕を見て気づいたのか、それとも、自分の発言に気づいたのか……いずれにせよ、慌てて訂正する[FN:ユウ]の姿に、口の端まで登った笑いをなんとか押し止めた。
普段であれば…崩れた表情など、簡単に見せないが、彼女の前では、どうやら素直になってしまうらしい。あの一件以降、そうなってしまった。ジェイドとフロイドに『本当の姿を晒してしまったなら、いっそ吹っ切れたほうが良い』という助言に従ったのもある。
「…っと、確認ですが、新メニューについてどれくらい把握していますか?」
「3種とも把握済みです」
「なるほど、さすがですね」
咳払いをして、仕切りなおす。思ったように言葉が出てきた。密かに安堵してから、落ち着いて一度飛んで戻ってきた内容を整理し、伝えたかった内容を口にする。
「仕込みはできそうですか?」
「仕込み程度であれば問題なく可能かと」
「盛り付けは?」
「マニュアルと写真を見ながらになるので、時間かかるかと。何かあったんですか?」
尋ねてくる[FN:ユウ]に眼鏡のブリッジを押し上げ、ため息交じりに呟く。つい、愚痴混じりになりながら。
「本日、シフトに入るはずだったスタッフが、シフトに入る時間に補習があることをすっかり忘れていたようで…今日は開始から一時間近くはキッチンに入れないと連絡があったんです。幸い、全ての時間が補習でつぶれることはないとは言っていましたが……新メニューのこともありますし、ジェイドとフロイドと相談した結果、任せられそうな人が今日のシフトではあなただけなんです」
「なるほど。それで、ですか」
「ええ。普段、ホールを任せているあなたには突飛な申し出かもしれませんが、お願いできますか?もちろん、サブで人はつけますし、人員が増えて回るようになったらホールに戻っていただいて構いません」
「分かりました。普段、経験することのできない場所は楽しそうですし、何よりいい糧にできそうです」
「向上心あるあなたを雇って正解でした」
にっこりとほほ笑むと、ちょうど教室の前に到着する。予鈴が、ドアを開けると同時に鳴った。
「私はただ……自分の経験を生かして、働いてるだけです。感謝している所も、あります。それ以外のことは全くですし。むしろ、オーナーあってこその『モストロ・ラウンジ』ですよ。……あ。えっと…アズール先輩あってこそ、うまくいっているんだと思います」
「ん、ふ…っ!」
律儀に直す姿が面白い。ただ、2度目ともなると、笑いを堪えるのも少々厳しくなってくる。押し止めていた笑いは、唇の端から零れる。ただ、悟られたくはないと、おかげで、変にくぐもった声になってしまったが。
「っ、ちょっと先輩。わ、笑わないでくださいって!私だって意識して『先輩』って呼んでるんですから!じゃないと、何処でも『オーナー』って呼んでしまいそうなんですから!」
「すみません。律儀に言い直す、その真面目なところが面白くて」
くつくつと笑うと、恥ずかしさを半分にじませいたせいで赤くなった[FN:ユウ]の顔が目に入る。一瞬だけ、『オーナー』と、どこでも呼ばれるのも面白いのではないかと思う。
もっとも、[FN:ユウ]自身がそれを許しそうにないので、願うだけ無駄にはなるだろうが。
「前の世界のクセです。クセ。真面目とかそういうのじゃないですし…真面目なら、先輩のほうがずっと真面目で努力家ですよ」
「誉め言葉として受けておきましょう」
既に座っていたあの狸のいる場所に[FN:ユウ]は座り、僕はその前に座る。ほどなくして先生が到着し、授業が始まった。
「あれぇ?どーしたの、アズール、ゴキゲンじゃん」
「機嫌よさそうに見えますか?フロイド」
放課後、いつものように『モストロ・ラウンジ』の開店準備が始まる時間。授業を終えた生徒たちが、いつものように準備に追われていた。もちろん、その中には[FN:ユウ]の姿もあった。
「なになに、なんかあったの?」
「目標予算をこのところ連日クリアーしていることが嬉しいだけです」
ここで[FN:ユウ]の名前を出せば、徹底的に揶揄われることはわかり切っていたので、当たり障りのないものに誤魔化しておく。いやにカンが鋭い時もあるフロイドなので、感づかれないか不安にはなるが、「ふぅん~……まぁいいやー」といつもの気分屋を発動して、フロアーの中に溶け込んでいった。
「別に、言い直さなくてもいいんですよ」
熱心に掃除をしている[FN:ユウ]の姿が視界の端に映るが、声をかけずに、背を向けていつものようにVIPルームへと足を運ぶ。
「あなたに呼ばれる特別な名前なら、悪くはないと、思っていますし」
席に座り、ポツリとこぼす。半分何を言っているのだろうかと自嘲気味に笑いを浮かべてから、本日の仕事に取り掛かることにした。
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ツイステ 書きかけのお話を完成させるよ
初公開日: 2020年04月22日
最終更新日: 2020年04月22日
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コメント
今回は、僕がぷらいべったーにて公開している『ワーク・イン・モストロラウンジ』のNO.3にあたるアズールと監督生のお話(書きかけ)とNo.4のフロイド(ほとんど全く書いてない)を書き進めていきます。
どうぞ、ごゆっくりご覧ください。
【ルジュノワ】This perfume is yours.
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青竹沙羅
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