≪前回書いていた利吉さん夢の続きの作業をします。配信にはまだ慣れていないので見づらかったらすみません。この間から大分組み替えたりして直したので、ちょっと別物に近いかも≫
家の中で家事をしているだけだなんて、退屈で仕方ない。そんなわたしの心を理解してくれるのが北石照代ちゃんだった。「私だって女の子と遊びたいんだもの」と言っては町やらに連れ出してくれる彼女と出会ったのはそんなに前のことではないけれど、もうすっかり気の置けない友人である。
仲のいい女ふたりが集まるとなると、それなりにぶっちゃけた話も飛び出すというもので。市場を一通り見て回ってから腰を落ち着けた甘味処にて、わたしは今日も今日とて夫の愚痴を照代ちゃんに聞いてもらうことになったのだった。
「いつもいつもごめんね……ここ奢るよ」
「いーのよ、私だってまた仕事の愚痴聞いてもらうしね。こういうのはお互い様なの。それより、今日はあなたの話でしょ。最近どうなの? 利吉さんと」
「うーん……どう、と言われましても。仕事が立て込んでるみたいで、数度ご飯を一緒に食べた以外は着替えの交換くらいでしか会ってないの」
「えー! 何よそれ!」
「あ、でもたまに夜は帰ってきて家で寝てるみたい。朝起きたらいないけれどね」
「まあ、私も一応同業者だし、ばっさり斬って捨てることはできないんだけど……それでもあんまりだわね」
「あはは、そうよね。でも、さすがにずっとその調子っていうわけでもないだろうし、実際もう少しで一気に片がつくからーみたいなこと言ってたよ」
「甘いのねえ。落ち着いたら紅の一つでもねだってやんなさいな」
困ったような呆れたような表情で照代ちゃんは言った。うん、と小さく答えたわたしが次の言葉を探している間に、注文の品が運ばれてきて会話は一時中断となる。ずっと気になっていたこのお店のお団子は、甘さ控えめの素朴さが売りらしいという噂だ。だけれど、一口食べてみたそれは素朴と言うよりも単に薄味で、期待していたものとはちょっと違っていた。「これあんまり甘くないね」という言葉をお団子ごと呑み込んで、わたしは隣の様子を窺った。難しい顔をしながら口を動かしている照代ちゃんの頭の中でも、わたしと似たような感想が浮かんでいるみたいだ。
「ここはちょっとはずれだったみたいね、あなたには悪いけど」
「ううん、わたしも今日はじめて食べたから……むしろごめんなさい」
「何にだってこういうことはあるわよ。好条件だと思って応募した求人がブラックな職場だったーとかね、悲しいけど慣れっこだわ……」
「お、お疲れ様です」
それは本当にお疲れ様だ。思わず心からのねぎらいの言葉を述べると、照代ちゃんは「困ったもんよねえ」と眉を下げた。
二人して何とも言えない顔をしながら残りのお団子を咀嚼する間に、わたしは次第にぼんやりと考え事に意識を傾けていった。「何にだってこういうことはあるわよ」と照代ちゃんの声が繰り返し響くのだ。わたしは忍者になるための学校である忍術学園の出身だけれど、結局就職を経験することはなく卒業後すぐに利吉さんと一緒になったから、プロとして社会に揉まれる照代ちゃんの苦労を正しく理解してはあげられない。でもほんの少し、ちょっとだけ同じ気持ちを知っているような気がしていた。それは今日みたいな噂とかけ離れた味のお団子だったり、あるいは……思い描いたのと違っていた生活だったり。
「わたしにも忍者の仕事ができたらいいのに」
「え、何?」
ずっと胸の奥に横たわっていた思いをふと口にしてみたら、案外しっくりきた。お茶を啜っていた照代ちゃんが怪訝な表情をするのにも構わず、わたしはぽんぽんと飛び出すがままに、半ば自棄になって思いつきを重ねていった。
「だって、わたしだって一応忍術学園の卒業生なのだし、まったく心得がないわけじゃないもの。一緒に仕事に行けたら、きっと何かしらできることがあるはず。小さなことでもいいからあの人を支えたいのよ」
「ちょっと待って、何の話?」
「利吉さんの話。
「いやいや、ちょっと待ちなさいよ。急に話が飛びすぎじゃない?」
「飛んでない」
「でも」
「飛んでないったら。……本当は、毎日心配で心配でたまらないのだもの」
本音中の本音は頑なでまるで石のようで、喉につっかえて苦しかったけれど、無理矢理吐き出したら胸のまん中あたりが少しだけ軽くなったような気がした。でもそれも一瞬だけ。わたしはすぐにおそろしくなって、自分の膝に視線を落とした。照代ちゃんの顔を見ることができない、今どんな目をしているのか確かめるのが怖かった。
利吉さんは、忍びだ。それも、自他共に認めるほど売れっ子の、フリーのプロ忍者。そんな人に生涯を捧げようと誓った女が口に出してしまった禁句に近い言葉に、同じようにプロのくのいちである照代ちゃんが気がつかないはずがなかった。
わたしは、忍者の妻なんて向いていない軟弱者なのだ。
ほんの一呼吸だったかもしれないし、たっぷりの間があったかもしれない。頭の中をぐるぐると巡る惨めさで泣きそうになりながら握りしめていた拳を、照代ちゃんが優しい手つきでゆっくりと開いた。
「あのね。今からひとつ大事なことを言うから心して聞きなさい」
有無を言わせない声色に、わたしは観念してそろりと顔を上げた。すると彼女の表情は存外穏やかで、少し手汗が和らいだ。
「私はずっとあなたのことを見てきたから、その気持ちもわかるわよ。だけど、あなたは家で待ってなきゃだめなの」
「もしあなたに現役の忍者についていけるほどの実力があって、利吉さんの仕事に同行できたとする。でも、そうしたら利吉さんは必ずあなたのことを気にして仕事に集中できなくなる。必ずよ。彼がどんなに優秀かなんて私も承知しているけれど、これは断言できるわ。だって、男ってそういう生き物だもの」
「女はね、忍耐をもって男を愛さなくちゃならないのよ」
≪今日はこのあたりでおしまいにします。お付き合いいただきましてありがとうございました≫