「キャプテン。SOSを受信しました」
 どこまでも広がる大宇宙。とある星系の端にある小惑星群の探査中、唐突に船内に合成音声が響いた。
「そうか、SOSか……あ? ちょっと待て。SOSって何だ?」
「太陽系連邦にて使用されていた救難信号のようです」
「太陽系連邦? 銀河連邦の前身国家じゃねぇか。……なんでそんなもんがここに?」
 銀河連邦は、ワームホールの発見による外宇宙への進出以前は太陽系連邦という名前だったらしい。銀河史の教科書には、たしかそう書かれていたはずだ。
 一般的には「古代連邦」とか「古代太陽系」とか呼ばれている。いずれにせよ、もう何千年も前に存在していた歴史上の国家でしかない。
 それも、星間文明に進化する前の、取るに足らない小国家だ。
「発信元を確認しますか? 古代とはいえ、救難信号は救難信号です」
「無視してこのまま何事もなく、ってのもマズいか……」
「本船の統括AIとしてキャプテンに提案します。銀河連邦所属船舶として、救難信号は無視すべきではありません。発信元に向かいます」
「たしかにお前の言うことにも一理……おーい、俺はまだ提案を受理しちゃいないぞ」
「提案を受理との音声命令入力を確認しました」
「あっ、ずるい」
 モニターに映る光点が、すべるように動き始めた。船が進路を変えたのだ。目的地への正規ルートを逸れて、太古の救難信号の発信元へと進む。
「光学センサーにて目標物を確認」
「……マジかよ、金属外殻じゃねぇか」
 画像補正をされてモニターに映し出されたのは、鈍い色合いで随分角張った一隻の船だった。金属板を張り合わせて作られたようなその見た目は、一目では船とは思えない。
 だが、教科書に載っていた古代の船に酷似していた。
「すげぇな。本当に古代人はこんな船で宇宙に出てたんだな……」
 救難信号を出しているのだ。無人船、というわけではないだろう。
 宇宙生物の生体部品を利用していない宇宙船など、常識的に考えてとても人が乗れるようなものとは思えないが……恐るべきは古代人達のクソ度胸か。
「外殻に彫られている古代文字によると、西暦2300年代の探査船のようです」
「西暦2300年って何年だ?」
「自分で調べてください。私は対象の調査を進めます」
「冷たくない?」
「船舶統括AIとして、探査船にはシンパシーを感じるところもありますので。ちょっとキャプテンは邪魔にならないところで遊んでてください」
「ひどくない? 俺も調査するよ」
「……船外作業服を出します。搭乗準備を」
 合成音声がどことなく冷たい。こいつ、本当にこの異物のことが気になってるみたいだ。
 俺とこいつの一人と一機で、資源探査の仕事をするようになってから随分経つが……AIのメンタルってのは、どうにも俺にはよくわからん部分が多い。
 それでも、今のこいつが柄にもなく、どこか焦っているように見えるのは、気のせいじゃないはずだ。
「ナビは頼むぜ。古代の有人船なら、俺が入れるハッチもどこかにあるだろ」
 使い慣れた人型タイプの船外作業服に乗り込んで、静かに船を離れた。両足に付いた宇宙ザメのヒレで宙を泳ぎ、漂流船に向かう。
 近付くにつれて、漂流船の様子がはっきりと見えてきた。大きさは個人用のクルーザー程度だが、外殻が金属でできていて、そのうえ角張っているためだろうか、重厚感と威圧感が半端ではない。
 正面に見える金属板の一部に、なにやら文字らしき模様が彫られている。
「……国連宇宙開発局、外宇宙探査船」
「あの模様、やっぱり古代文字か?」
「ええ。所属と船舶番号を示しているようです。……正面に入り口があります。バルブを回してください」
「バルブ? って、この丸いやつか」
 外殻の外に飛び出していた円形のハンドルらしきものを、船外作業服のマニピュレータで掴んだ。ゆっくりとトルクを上げて、古代の機械を壊してしまわないように慎重にハンドルを回していく。
「……なあ、これってもしかしなくても歴史的に価値がある船なんじゃないのか」
「古代の船がそのまま残っているわけですからね。考古学者が見たら涎垂らしながら飛んできますよ」
「下手に触らずに曳航していくべきだとキャプテンは考えるが」
「船舶統括AI権限で却下します。救難信号の対応は銀河連邦所属船舶の義務です」
「本音は?」
「好奇心と共感です」
「共感はともかく、好奇心には同意するよ。多少壊しちまっても、学者様には許してもらいてぇところだな」
 マニピュレータ越しに、ハッチのロックが外れた感触があった。念のためハッチ周辺に宇宙クラゲの傘を広げてから、ハッチを開く。
 空気の抜けてくる様子は、無かった。
「中の空気は逃げちまってるらしいな」
「その方がむしろ保存状態は良好でしょう。……データベースに、このタイプの探査船の資料がありました。中に入ったら左に真っ直ぐ進んでください。その先が制御室です」
「あいよ」
 当たり前のことだが、内装も俺の船なんかとは随分と様式が違った。外殻もそうだったが、どうやら古代人は流線型よりも直線の方が好みだったらしい。それも、無骨な四角いパネルを組み合わせた造形がお気に入りだったようだ。
 ハッチをくぐった先には、短い角型の通路があった。すぐに左右に分かれているその通路を左に曲がって泳いでいく。ほどなく行き止まりに当たったが、壁にはドアらしき切れ目が入っていた。
「これ、どうやって開けるんだ?」
「右ストレートです」
「……おい」
「知りませんよ、そんなの。古代船舶の図面なんて、私のデータベースに入ってると思います?」
「学者様に怒られるときはお前も連れてくからな」
「船舶統括AIが船を離れるには管理者の許可が必要です」
「残念だったな。俺がキャプテンだ」
 船外作業服のマニピュレーターを握りこんで、一息に振りぬいた。数千年前の金属板は思ったよりも簡単に歪み、端に隙間が生じてくれた。
 あとは隙間から無理矢理こじ開けてやるだけで、簡単に漂流船の制御室に入ることができた。
 正面に三枚の大きなモニターがあり、その前に数台のコンソールが置かれている。
 動いているものの姿はなかったが、一台のコンソールのディスプレイが、わずかに光を発していた。
「キャプテン。右奥のコンソールを。それがおそらく救難信号の発信元です」
「おうよ。……あー、だがどうするんだ。操作方法なんてわかりゃしねぇだろ」
「気合です」
「気合か」
「冗談です。……古代太陽系では、ディスプレイに直接触れるタイプのコンソールが多く利用されていたそうです。船外作業服のマニピュレータの先端アタッチメントを切り替えます」
「あいよ。生体部品で触ってみればいいわけだな」
 淡い光を放つだけの板に、そっと指先を落とした。
 次の瞬間、膨大な文字列がディスプレイいっぱいに表示される。黒地に緑。時代劇で見た色合いだ。
「なんて書いてある?」
「キャプテン、下にスクロールを」
「あ? 巻物?」
「上向きスワイプです」
「おうよ。全部読んだら何書いてあったのか俺にも教えてくれよ」
「邪魔なので黙っててください」
「キャプテンとして優しさの増量を要求する」
 ディスプレイの上で、何度もマニピュレーターを滑らせた。俺には何が書いてあるのかさっぱり理解できない古代文字の羅列も、船外作業服のカメラを通して見ている相棒にはちゃんと読めているのだろう。
 程なくして、スワイプに画面が付いてこなくなった。それからすぐに、ディスプレイから光が消える。
「なあ、何が書いてあったんだ?」
「……遺言、です」
 何気ない質問に対して、返ってきた答えはいやに重苦しい響きを孕んでいた。
「やっぱり、有人船だったのか、こいつは」
「……外宇宙探査船珍宝銀々丸は、異星系探査を目的として太陽系外に出発しました。ですが途中でソーラーセイルが故障して制御不能に陥り、そのまま救助を待っていたようです」
 船外作業服のバイザーに、次の目的地を示すカーソルが表示された。あの文字列から何かを読み取った相棒が表示させたものだろう。
 指示に従って足のヒレで真空を蹴り、制御室の出口に向かった。
「ソーラーセイル?」
「星間物質を受けて進む『帆』です。原始的な推進システムですね。予備のイオンエンジンも沈黙してしまい、この探査船にはもはや自発的に取れる手段は何も残されてはいませんでした」
「それからずっと、救助を待っていたわけか」
「ええ。千年ほど前までは」
 無骨な角型の廊下を進み、入ってきたハッチの破棄を通り過ぎる。カーソルは、船尾にほど近いある部屋の入り口を示していた。
「この探査船のキャプテンは、非常事態宣言を発令し、クルー全員のコールドスリープを実行しました。救難信号と、船舶統括AI以外の全てのシステムを停止して――」
「ちょっと待て。船舶統括AI?」
 そんなものは、いなかったはずだ。外からハッチを開けられても、何の反応も無かった。生きていたのは、制御室の片隅にある端末だけ。
「――ソーラーセイルは、光発電システムも兼ねていたんです。この船に残されていたのは、予備の小さな発電システムだけで、コールドスリープが維持できる時間は限られていました」
「だから……みんな、いなくなったのか」
 船尾にほど近い部屋。ドアは閉まっていなかった。廊下に立って中を覗けば、壁沿いにいくつも並ぶ筒が見える。床面と、天井近くには無数のパイプが張り巡らされていた。そしてこの筒の中には、おそらく人が一人入れる程度の大きさのカプセルが納められていたはずだ。
 様式は随分異なるが、俺と相棒の船にもこの部屋と同じ目的の空間がある。平常時はメディカルマシンとして用い、非常時にはコールドスリープ設備となるもの。そして、もうダメになってしまったときは。
「コールドスリープを続けても、救助は来ませんでした。船舶統括AIはキャプテンの指示通りにカプセルを射出して、それから……」
 船外作業服の足から、ヒレを外した。靴底の吸引システムを稼働させて、重力の働いていない廊下に足をつける。
 この部屋には、歩いて入るべきだと思った。
「最後に、船舶統括AIはキャプテンの命令に背きました。全てのログを残した後、救難信号とひとつのコンソールのみを予備電源で維持するように設定して、自らの電源を断ったんです」
 向かい合って壁沿いに並べられた、空っぽの筒の間を進む。部屋の端に、ひとつの箱が置かれていた。それはおそらく、中に何も入っていない箱。無骨な金属板を六枚張り合わせただけの、空の箱。
 その表面には、おそらく溶接用のトーチで付けられたものと思われる、小さな焼き跡が残されていて、それは先ほど制御室で目にした、古代文字と同じ形をしていた。
「なあ、相棒。こいつは、この箱はつまり、この船の最後のクルーの……」
「キャプテン」
「……何だ?」
 船外作業服のバイザーに、新たなナビゲーションが表示された。何度も何度も見慣れた記号。母船への帰還を促すマーク。
「船舶統括AIとして報告します。救難信号の受信は、センサーのエラーでした」
「そうか、もう、消えたのか」
「はい。この漂流物の全ての電源は、現在稼働していません」
「救難信号も出せないんじゃ、この船はもう、誰にも見つかることは無いだろうな」
「はい」
 部屋を出て、宇宙ザメのヒレを履き直した。
「なあ相棒。こんな時に言うのもなんだが、やっぱり探査船のクルーってのはさ」
「同感です」
「……おい、まだ何も言ってねぇぞ」
「考古学者にいじくりまわされるなんて、私だったら死んでも嫌ですから」
「俺もだよ。……遺言ってのは、ちゃんと保存してあるんだろうな。後で俺にも読ませろよ」
 ハッチから顔を出すと、はるか遠くに恒星のきらめきが見えた。
 あの星よりも、ずっと、ずっと、ずっと遠くから流れてきたこの船は、きっとこれからも、静かに航海を続けていくのだろう。
 どこまでも広がる大宇宙。はるかかなたからやって来た探査船は、いつか宇宙の果てにたどり着くのだろうか。
 宙を泳いで、相棒の待つ船へと帰る。振り返って見た無骨なシルエットは、古代の未熟な技術で果敢にも外宇宙に挑んだ勇者たちに相応しい、重厚な色を湛えていた。
<了>
 さすがにろくに準備もしないでわーっと書いてるといろいろと粗が目立ちますが、まあそれでも二時間で約5000文字なら自分としては悪くない感じです。
 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。最初にハート貰えてうれしかったです。
 オチの弱さが気になるかな。同じテーマでもっかい書き直してみようか。
 あと皆もっと企画参加したり一次創作やったりしないかな。最近のテキストライブはユーザーが爆増してすっげー盛り上がってるけど企画参加の割合がめちゃんこ低いんでちょっと残念です。
 みんな! 一次創作も楽しいぞ! 二次でも企画参加するともっと楽しいぞ!
 おわります。おつかれさまでした。
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【ワンライ企画】はるかかなたから【非常事態宣言】
初公開日: 2020年04月19日
最終更新日: 2020年04月19日
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天恵
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とりあえず試験的に運用してみます二次創作、物吉と堀川がちょっと話すだけのお話
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