※こんばんは。
昨日の鶴丸SSの続きから書き始めます。気が済んだらSSはおしまいにしてえふご夢書く枠に移動します。
お題募集していますのでお気軽にコメントいただけたらうれしいです。
執筆済み;鶴丸國永 アビゲイル
○剥製(鶴丸國永)
▼知ってる?街外れにある古いお屋敷があるでしょ。彼処には“剥製師”が住んでるんだって。最近引っ越して来たみたい。
 浴室の清掃をしていた私に向かって、パートの佐藤さんがベッドメイクの手を一切止めずに声を上げた。そうなんですか、と気のない返事をしながら排水口の受け皿に溜まった茶色い髪の毛をビニールに入れてゴミ袋に放り込む。
 街外れのお屋敷とは、朽ち果てた大きな日本家屋の事だ。近所の子供や暇を持て余した若者がお化け屋敷と呼んで探検に入る様な、何処にでもある取り壊しに至っていない廃墟である。私も一度、友人に連れて行かれた事があるが、黴臭くて玄関口に入ってすぐに引き返した覚えがある。あんな場所を買ってましてや住むなんて、其の剥製師は相当の物好きであると思った。
 何故佐藤さんが其の話を私にしたのかと言うと、佐藤さんがお喋り好きであるのも理由の一つだが決定的な理由がもう一つだけあった。新しい住人が気になるらしい。
「若い男の人だって言うのよ。どんな人か気にならない?」
「うーん少しだけ…ですね。」
「そうよね!#name1#さんも気になるわよね。」
「えっ、あはは…。」
 そして今。バイト上がりの私は佐藤さんに押し付けられたお菓子を持って嘗ての廃屋の前に来ていた。曰く、「御挨拶にと言ってこれを渡し、剥製師を見て来て欲しい。」
 勢いに押されて頷いてしまったが、些か無理矢理過ぎないだろうか。まず近所に住んでいる訳でもない女が菓子を持って挨拶に来る事自体不自然だ。私だったら不審に思う。それに顔を見るくらいなら佐藤さんが行けば良いのだ。ただの仕事仲間である私に頼むべきことではない筈だ。とは言え律儀に街の外れまで来てしまった手前何もせずに帰るのも癪である。
 屋敷は綺麗に整備されていた。漆喰も塗り直されて日光を反射しているし、剥げ落ちていた瓦も全て取り替えられ黒々と艶めいている。お化け屋敷の面影は一切無かった。
 すっかり見違えたお屋敷の前で尻込みしていても埒が明かない。さっと渡してパッと顔を見て帰ろう。意を決してインターフォンを押せば、リンゴンというベルの音が屋内に響いてすぐに静寂を取り戻す。暫く待つと奥の方から足音が聞こえて来て、玄関で靴を突っかけるざらついた音の後で目の前の扉が細く開かれた。
 隙間に見える瞳は黄金色に光っている。外が明るく内側が薄暗いから余計に瞳の色が際立って見えた。
「何か用か。」
 声は男の物だ。低く、されど若々しい妙齢の男性。彼は恐らく、この家の“剥製師”であろう。
「あの、御挨拶に来たんです。これ、お近づきの印に。」
 無理のある言い訳を違和感のない様に伝えると、扉が一度閉まって金属音が聞こえてくる。チェーンを外しているのだろう。また開かれた扉の向こうに立っていたのは背の高い真っ白な男だった。
 真白というのは見たままの感想だ。頭髪が白ければ赤みのない肌も雪の様に白い。見に纏う衣服も白いシャツと白いスラックスで、瞳だけに色が有る。
「新顔の剥製師の家に態々挨拶に来るなんて変わってるな。」
「これどうぞ。つまらない物ですが。」
 人から預かって置いてつまらない物呼ばわりは気が引けたがこういう場合はこの言葉が適切であるから致し方ない。差し出した箱を手に取って「へえ」と漏らした彼は、私に一瞥くれると家の中へ引っ込んでいった。もう帰ろう。そう思って踵を返すと、背中に向かって男が声を掛けた。
「上がって行かないのか?」
「え!?」
「貰ったままでは申し訳ない。茶を入れるから一緒に食べよう。」
 折角のお誘いを断る事は出来ない。手招く彼に従って、私は嘗て忍び込んですぐに帰ったお化け屋敷へ足を踏み入れていた。
「お嬢さんが来るならもっと片付けておけば良かったな。」
 案内されたのは玄関を入ってすぐ脇の居間の様な和室であった。黴の臭いは一切しない。藺草と花の香りがする綺麗な部屋だ。散らかっていると言っていたが物が少ない為そうは感じられない。厚みのある座布団に座って、茶の支度をすると言って部屋を出て行った彼を、落ち着きなく部屋を見回しながら待っていた。
「お嬢さん、名前は?」
「#name1##name2#です。突然来てお茶まで頂いてしまってすみません。」
「俺が招いたんだから気にする事はない。…ああ、名前を聞いておいて此方が名乗らないのは失礼だな。俺は鶴丸國永だ。知っての通り剥製を作って生計を立てている。手先が器用なもんでね。」
「剥製は祖母の家にある狸の剥製しか見た事がないんですが、鶴丸さんはどんな物を作るんですか?」
「注文があれば何でも。最近はペットの遺体で剥製を作って欲しいって依頼もある。」
「ペットの剥製を…色んな人が居るんですね。」
「だな。俺としては死んだら荼毘に伏して天に返すのが一番だと思うんだが、形はどうあれ側に置いておきたい人間も居る。弔いは人それぞれだ。剥製作ってる俺が言っても説得力が無いとは思うが。」
 私が持ってきたベイクドドーナッツを口に放り込みながら鶴丸さんは剥製について、自分について、私が聞いたことを何でも教えてくれた。
 そして私は彼の好意に甘えて、この日以降頻繁にこの屋敷に通い詰める様になっていった。
「俺の作業部屋に入ってみるか?」
 鶴丸さんがそう言ったのは、初めて出会った日から半年程度経った夏の日の事だ。庭の木々は青々と天に向かって葉を広げ、遠くで鳴いている蜩(ひぐらし)の声が鼓膜を震わせる。陽が傾き天上が薄紫色に染まる頃、良く冷えた緑茶が注がれた硝子コップを傾けながら、薄く色づいた唇を吊り上げて悪戯な笑みと共に提案したのだ。
 魅力的な誘いだ。半年間ほぼ毎日の様に此処に来ていたが、彼の作業部屋、つまりは剥製達が収められている空間に立ち入る事は一度として無かったのだ。それは私から頼むのは図々しいと分かっていて、彼もそれを口にしなかったから機会が無かった為である。黄金の瞳が私を射抜いて離さない。私の視線も彼から逸らす事は出来なくて、ただ一言「はい。」とだけ口にして生唾を下した。
 汗をかいた硝子コップの中で、氷がからりと音を立てた。
 居間を出て、薄暗く長い鶯張りの廊下を真っ直ぐに進んだ先に、地下へ降りる階段がある。歩む度に板材が軋み狭い空間に反響して、無言の私達の間を通り抜けた。
 暗い階段は、橙色の薄い照明に濡れて影を作る。動く度にゆらめく影は大きくて、別の誰かが後ろにいる様な気味の悪い感覚を覚えた。
「さ、此処だ。足元に気を付けて。」
 段差を下りきって振り向いた鶴丸さんに促されるままに室内へ入ると、其処には沢山の動物達がいた。猫や狸、雉子に熊、鹿や豚、虎と狼まで、狭い空間に並べてある。
「凄い…。」
「さながら動物園だろう?」
「動物園より凄いです。距離も近いし、いろんな動物が同じ空間に居るんですから。」
 色んな動物の中には私も含まれている。小型大型、草食肉食関係なく、そして獣と人が檻や柵の隔たり無く触れ合える距離にいるのだ。
 私は、すぐ近くにあった狼の剥製を覗き込んだ。綺麗に撫で付けられた毛並みと薄く開いた口から覗く鋭い犬歯は迫力があり、驚く事に眼孔に嵌った硝子玉は生の瞳の様に潤み、煌めいている。作り物とは思えない程精巧に再現された肉体に、感嘆せざる終えない。
「生きているみたい。」
「この上ない褒め言葉だな。」
 軽く笑って謝辞を口にした彼は、「こっちにはもっと良いものがあるんだが。」と言って、白樺の様な細くて白い指を私の手首に絡ませて、剥製達が居る部屋の奥へと誘う。
 これよりも良いものであれば、非常に珍しい動物だとか、難しい技法を用いて作った剥製なのだろうか。まだ見ぬ彼の作品に、心が躍る。
 黒いカーテンで仕切られた一画。たわむ布の前で足をとめ、私に身体を向けて鶴丸さんは笑っている。
「君はきっと驚くだろう。」
「そんなに珍しい動物なんですか?」
「この生き物自体は珍しくはないが、この生き物の剥製は見た事が無い筈だぜ。」
 金の瞳は何処かぎらぎらとして見え、薄い唇から覗く白い歯が眩しい。
 布とは反対色の指でたわんだ部分を掴んで横に引くと、中には美しい“剥製”達が並んで暗澹とした瞳を此方に向けていた。
 白い裸体は見るからに柔く張りがはり、伸びた頭髪も黒々と艶めいている。
 この動物を私は知っている。これは私と、鶴丸さんと同じ人間の遺体だ。
 目にしたものを、脳内で処理しきれず、瞠目しながらはくはくと浅い息が漏れる。何故、この場にこれ程の数の遺体があるのか分からない。ゆっくりと彼に視線を向けると、彼もまた私を見ていた。
「な?驚いただろ?」
 楽しそうに彼は笑う。半年間私をこの部屋に入れなかったのは、私という人間を観察して此れを見せても問題無い人物であるのか判断していた為だったのだろう。
「ヒトの剥製は難しいんだ。他の動物と同じ様に毛皮があるわけでは無いし、皮を剥いで舐めしてもすぐに破れてしまう。其処を克服出来ればあとは他と同じなんだが、此処まで来るのに長い時間を費やした。」
「そう…なんですか。」
「瞳は硝子を使う。目玉を加工しても良いんだが、俺は硝子が好きなんだ。この女の目を見てみろ。生きていた時よりも活き活きとしている。」
 彼は一体の、一人の少女の剥製の瞼を指でこじ開け、眼球を露呈させた。覗き込めば、濃青の虹彩の中に大きな深い瞳孔が沈んでいて、少しだけ濡れている。けれども彼が言った様な正気は感じられず、どう見たって彼女は死んでいるのだ。これは作品というにはあまりに残虐で非人道的な、ただの野蛮な嗜好の塊である。
 青褪め一歩退いた私に気がついたのか、鶴丸さんは少女から離れて私の側に寄る。しっかりと握られた手首が軋むほどに強い力で私を逃すまいと引き留めた。
「誰にも言いません、だから…もう帰ります。」
「帰る?」
「気分が悪くて…。」
「それはいけない。気分が優れない女を一人で帰すわけにはいかないな。そうだ、君も俺の家で暮らせば良い。なに、寂しくはないさ。こんなに友達が居るんだ。それに俺が毎日会いに来る。」
「嫌、離して。やめてください、こわい」
「怖がる事は無い。ただ少し身体を弄るだけで、死や老いを超越した完全な姿を手に入れる事が出来るんだからな。」
 細い身体の何処からそんな力が湧いているのか分からない。振り解いて、突き飛ばして逃げ出そうと踠いても、彼は一切退かなかった。其れどころか手首を引き寄せられ、体勢を崩した私を後ろから抱き込んで締め上げる。「暴れないでくれないか。」と吐息と共に吹き込まれた言葉は何処かか甘やかな響きを孕んでいて、首筋にちくりと感じた鋭い痛みの後で、薄暗かった室内がどんどん闇に沈んでいるのが見えていた。
 ねえ知ってる?剥製師のお屋敷の話。そうそう、20年くらい前はあそこに剥製師の男が住んでいたらしいんだけどね。それがまた綺麗な顔の男だったんだよ。今は廃墟になってるけど、屋敷の地下に忍び込んだ子が見たんだって。何って剥製だよ。動物の剥製が置き去りにされてて、その奥に人の死体がたくさん座ってるんだって。…誰に聞いたのか?友達の友達だけど。ねえ、今度忍び込んでみない?肝試しに、あの子も誘ってさ。
○私の好き鯖でSS(Abigail)
▼「私のお話、聞いてくださる…?」
 私がカウンセリングを行うのは、主にマスターの藤丸立香さんである。他の職員もたまにこの部屋を訪れるが、藤丸さんほどでは無い。他の職員が彼女に遠慮して居るのかもしれないが。
 藤丸立香という少女が背負う荷は、私では想像も出来ないほどに重く、その身体を押し潰して居る。身体は勿論、心も定期的にメンテナンスをしなければ、彼女はいつか壊れてしまうだろう。
 だから今回彼女が私を訪ねてきた事に心底驚いた。サーヴァントとは、精神力が強く他者を縋る必要のない存在であるからだ。
 簡素な丸椅子にちょこんと腰を掛け、床に届かない爪先をふらふらと揺らす彼女 アビゲイルウィリアムズは、自動ドアの向こうで不安気な表情を浮かべて「私のお話、聞いてくださる?」と尋ねたのだ。
 私は本来、サーヴァントとは関わりを持たない。廊下ですれ違う事はあれど、会話をしたり馴れ合ったりはしなかった。住む世界が違いすぎて、接点を持つ事に躊躇していたのだ。彼女も例に漏れず、得体のしれない存在である事に変わりは無かったが、その見た目はごく普通の幼気な少女であり、彼女が藤丸と共に戦闘を行なって居る姿を想像する事が出来ないでいた。
「貴女、ドクターなのよね。」
「はい。心理カウンセラーをしている#name1#です。宜しくお願いしますね。」
「私は…ご存知かしら。アビゲイルウィリアムズ。最近カルデアに来たの。友達は私の事をアビーと呼ぶから、ドクターもそうして下さると嬉しいわ。」
「ではアビー。貴女のお話を聞かせてください。」
 笑顔を務め、なるべく柔らかく温かい声音で彼女に問う。彼女は自己紹介の際に見せたあどけない笑みを引っ込めてすぐに不安と憂鬱が混じった暗い表情を浮かべて俯いてしまった。
「私ね、此処に馴染めるか不安なの。此処には沢山人がいるでしょう?サーヴァントは勿論、只の、いいえ普通の人も沢山いる。…私は魔女よ。恐怖をばら撒いて人に伝染させてしまう狂気の魔女。村の人はそう言ってた。だから、また私、人を、仲間を壊してしまうんじゃないかって、とっても怖くて。でもお友達も欲しくて。こんな事をマスターに話したらきっと困らせてしまうから誰にも言えなくて…それで、悩みを聞いてくれるドクターが居るって聞いて此処にきたの。」
「魔女、ですか。」
 アビゲイルウィリアムズについて、私は詳しく知らない。セイレムの魔女裁判に関わっているという僅かな情報だけで彼女が求める回答を出すのは難しいと判断し、彼女に断りを入れて端末に彼女の名を入れて検索をかけた。
 出てきた資料の内容は異常だった。彼女は悪魔付きの兆候があり、その異常は他の少女に伝染した。そして17世紀末という時代は魔女狩りが行われていた時期だ。狂気に呑まれた少女たちは魔女として告発され、彼女たちを庇う者も同じく投獄、拷問を受け、絞首刑に処される者もあったという。
 そして目の前にいる彼女のクラスはフォーリナー。地球外の神がハワードラブクラフトの神話に補強されて彼女を作り出したのだそうだ。こんなにも普通の少女であるのに、中には狂気と得体のしれない神性を抱えて居るのだ。恐ろしい。恐ろしいが彼女は自身を恐怖して居る。自分自身と、自身に関わる人間を狂わせてしまうかもしれないという大きな懸念がこの少女に陰鬱とした影となって居座って居るのだ。
「魔女かどうかはきっと関係無いわ。カルデアには様々な英霊がいて、中には貴女の先輩魔女だっている。アビー、集団ヒステリーって知ってる?人という生き物は恐怖に驚く程弱いの。だから貴女がおかしくなってしまったのを見て、お友達も同じ様な行動をとってしまった。大人達もね。資料を見たけど、今の貴女は外なる神という存在と身体を共有して居るのでしょ?そんな自分を怖がっているという事は、自我がちゃんとあって、それに対抗しようという意識を持っているって事。今はそれで十分だと思うわ。お友達が欲しいのなら怖がらず声を掛ける。きっと皆も貴女を知りたいと思っているし、お友達になりたいと思ってる筈だよ。」
「それはドクターも?」
「勿論私も。実はね、私はサーヴァントと距離をとっていたの。魔術師でも無い私が関わりを持つべきでは無いと思ってたから。でも貴女が此処に来て悩みや不安を打ち明けてくれたから、英霊も人とあまり変わらないんだなって知る事が出来た。」
「私も、普通の人として此処で暮らしてもいいのかな…?」
「貴女を魔女だと迫害した村人はもう居ないんだから、貴女がやりたい様に振る舞えばいいわ。藤丸さんも貴女をフォーリナーではなく“アビー”と呼ぶでしょ?それは貴女に魔女を求めているのではなくて、ただのアビーという対等な存在として見ているからだと思うよ。」
 所感を告げると、子供らしいふくよかな顔(かんばせ)を綻ばせ、花の様な笑顔を浮かべる。どうやら私のアドバイスは彼女の望む物だった様だ。
「それなら貴女…下の名前も教えてくださらない?」
「#name2#だよ。」
「#name2#はカルデアに来た私の一番最初のお友達だわ!悩みを聞いてくれてありがとう。私、これからは私らしく振る舞おうと思うわ。」
「アビーならすぐに沢山友達ができるよ。とっても素敵な女性だもの。」
「まあ…!貴方もよ、#name2#。こんなに自分の事をお話したのは本当に久しぶり。お話を聞くのが上手なのね。」
 アビーは小さな掌を合わせて青い瞳をうっとりと細める。その笑顔は年相応で、やはり魔女と呼ぶには可愛らしすぎる。きっとこれは彼女の本来の姿なのだ。幼い子供にはあの暗い表情は似合わない。次に会う時は仲の良い友人と並んで歩く彼女の姿を見ることができるだろう。
 爪先をぱたぱたと動かしている彼女に、私の午後のおやつを手渡してやれば「これから一緒にお茶でもいかが?」というお誘いを頂き、私はアビーとともにカウンセリングルームをでてカフェテリアへ向かう事にした。
 道中にあった藤丸さんが、私と彼女の組み合わせを不思議そうに見て声を掛けた。
「#name2#さん、いつのまにアビーと仲良くなったの?」
 その問いに、私とアビーは顔を見合わせて小さく笑みを交換する。そして彼女は藤丸さんに向き直り「ついさっきよ、マスター。」というと、私の手を引いてカフェテリアへの道を急いだのだ。掌に触れる体温は高く柔い。100年以上も前に生きた少女とこれからお茶をするという不思議な感覚も、あの笑顔を見たらきっと幸福感でかき消されてしまうのだろう。
○私の好き鯖でSS
▼シフトの時間が差し迫っている。正直に言おう。寝過ごしてしまったのだ。寝起きのシャワーを諦めて適当に化粧をし、制服を着込んで部屋を飛び出した。当然ながら職場はカルデア内であるので走れば間に合うのだが、心配性の私は始業20分前に到着していないと気が休まらないので非常に焦っていた。人目も気にせずハイヒールの音を響かせて所内を全速力で駆ける。この時間は昼食にでる職員が多く、廊下は人で溢れているため当然誰かにぶつかって私の身体は後ろへと吹っ飛んだ。自業自得である。
「すみません…!」
 潰れた鼻を押さえながら、ぶつかった人物に対して謝罪を述べつつ顔を上げる。
 裸。裸であった。正確には上半身だけ裸なのであるが、晒される見事な胸筋にばかり目を引かれて混乱してしまった。
「大丈夫か?」
 上体を曲げて私に手を差し伸べる上半身裸の男は、バーサーカーのベオウルフさんだった。彼は無礼にぶつかった私に怒るでもなく、ただ少し戸惑った表情を浮かべて私を見ている。差し出された手に自身の掌を乗せると、表面は分厚くて硬いながらも人の体温を持っていた。
「あの、私は大丈夫です。ベオウルフさんは…。」
「アンタがぶつかってきたくらいで俺がどうにかなるわけ無ェだろ。それよりも気をつけろよ。打ち所が悪けりゃ死んじまう。」
 優しい…。バーサーカーは本来狂化のスキルによって意思疎通が難しいのだが、彼やペンテシレイアさん、アルジュナオルタさんの様に普通に会話できるサーヴァントもいる。しかし彼の様に人に気遣いを見せる者は指折り数える程しかいないと思う。
 彼に腕を引かれて立ち上がると、なんと私のスカートについた埃をその大きな掌で払ってくれたのだ!軽く数回叩いてから「ほら、これで良いだろ。」と私の背中を押してその場を立ち去る彼は、さながら王子様の様であった。バーサーカーとか怖くない?と同僚と話していた先日の私をぼこぼこにしてやりたい。私はベオウルフさんに恋をしてしまったのだ。それからというもの、私は事あるごとに彼に対してアプローチをかける様になった。食堂で見かけたら相席をし、廊下ですれ違うたびに話しかけた。彼は私がぶつかったときの様な戸惑った表情を見せたが、決して邪険にあしらったりはしなかった。
「最近良くベオウルフに話しかけてるよね。」
 藤丸君が少し呆れた顔で私に言う。私のアピールは傍から見ても露骨だったらしい。あれだけ迫っておきながら、人に指摘されると途端に気恥ずかしさがこみ上げて、顔に熱が上がる感覚がした。
「好きなの?」
「え!?えー…好きって言ったらどう思う?」
「どうと言われても…。」
「同期にはね、不毛だって言われた。所詮サーヴァントは一時的な存在で、結ばれたとしても近い内に別れが来るんだって。」
「それはそうだけど。でも好きなんでしょ?じゃあ仕方が無いよ。」
「あ、ねえ。ベオウルフさん何か言ってた…?」
「ええ!?あ、うん。言ってたけどそれは本人に聞いてみたら…?」
 藤丸君の反応から察するに、どうやらあまり良い内容では無いのだろう。もっと上手く誤魔化してくれよ。
「今日は来ねぇと思ったら、マスターと居たのか。」
 背後から聞こえてきた低い声に弾かれた様に振り向くと、そこには話題の其の人が訝し気な顔をして立っていた。藤丸君が言葉を濁したのは、彼にはベオウルフさんの姿が見えていたからだったのだ。
「俺、余計な事は何にも言ってないから。ごゆっくり。」
 そう言い残して藤丸君はさっさと食堂を出て行ってしまった。彼が座っていた席にベオウルフさんが腰掛けて、私たちは向かい合う。何も言わずに向けられる視線が痛い。
「あの、さっきの話聞いてました…?」
「いいや?」
「じゃあ良いです…。」
「嬢ちゃんは俺に言いたい事があるんじゃねぇのか。」
「あっ、」
 頬杖をついて微笑んだ彼が眩しくて思わず変な声が出た。素敵すぎる。美少年好きで面喰いの私であるが、こういうワイルドな美形は守備範囲外のはずだったのに。本当はフィンマックールさんとかアレキサンダー君とかが好みだったのに。
「じゃあ、今言います。」
「おう。」
「私、最近ベオウルフさんに盛大に体当たりしたじゃ無いですか。あの時に貴方の事が好きになってしまって、それからはベオウルフさんの事しか考えられなくて、それで…好きなんです!」
 言った。言ったぞ。意を決して大声で告白したのだ。周りには誰もいないから、これを聞いているのはベオウルフさんだけだ。
 恐々と彼の表情を伺えば、彼は良く見る戸惑った表情を浮かべていた。それはそうだ。よく知らない小娘に好きだと言われても困るだろう。それでもすぐに笑顔を取り戻して、「そうか。」と一言漏らすと、椅子から立ち上がって私の横まで来て大きな掌で何度か私の頭を撫でた。そして耳元まで顔を寄せてこう言った。
「ありがとよ。」
 頭がおかしくなって心臓が破裂するかと思った。きっと真っ赤になっているであろう頬を押さえて悶絶する私を残して彼は行ってしまったけど、私はここから動けそうに無い。この顔を見られたらきっと理由を聞かれてしまうだろうから。今日のこの日の出来事は死ぬまで誰にも話さない。私が欲しかった答えでは無いけれど、彼が言った感謝の言葉は紛れもなく私だけに向けられたものだった。いずれ消えてしまう彼の事を私は生涯忘れないだろう。ときめきと胸を締め付ける恋心を、彼の掌の暖かさを抱えたまま、伝説上の彼の事を思い出すのだ。
※SSはこれでおしまいにします〜!つぎ枠でえふご夢書きます!お付き合いいただきありがとう御座いました!
カット
Latest / 169:52
カットモードOFF
05:36
山幸
こんばんは!作業しつつちらちら見てます…!
08:07
ななし@0b6b5e
こんばんわ。明智さんの書くカーミラさんとビリー君の話大好きです!よろしければ明智さんの書かれていない好きなサーヴァントのSSを読んでみたいです!
08:40
明智
山幸さん→こんばんは!本日も閲覧ありがとうございます!のろのろ書いていきますのでゆっくりして行ってください!
09:29
明智
ななしさん→こんばんは!リクエストありがとうございます!ビリーとカーミラちゃん以外の好き鯖で書いてみます!
50:49
山幸
ふと目を上げて続きを読んだときに目が離せなくなってそのまま食い入るように見ていたのですが「驚いただろ?」で好き…ってなりました…鶴丸の狂気がすごく好みです…都市伝説と化していく鶴丸…繰り返す歴史…好きです…
52:59
明智
三幸さん→えーん!ありがとうございます…!得体のしれない存在とごく普通の人間の絡みが好きなのでこんな文章になりました!鶴丸の驚きのベクトルがちょっと気持ち悪い方向に向いてしまった…。
104:48
山幸
アビー…好きだ…アビーの悩みがそれらしくて非常に好きですね…
117:13
山幸
アビー可愛い…好きだ…という感情が溢れて非常に好きな作品です…アビー…
122:19
明智
三幸さん→アビーかわいい…生前から幸せに生きて欲しかったです😭でもヨグソトースの面を強く出した第三再臨がめちゃくちゃにカッコ良くてそれも好きです…。感情がめちゃくちゃになる…。
126:05
山幸
アビーは可愛いし第三再臨で宝具ボイス変わるのもすごく好きですね…強いし(小声)感情はめちゃくちゃにされますが…
126:09
ななし@be3a26
アビゲイルのお話とても素敵でした。無理なリクエスト送ってしまい、申し訳ございませんでした。アビゲイルの年相応の可愛さと自分の過ちや不安を抜きに夢主さんが優しく接してくれているの想像したら優しい気持ちになりました。ありがとうございます!
136:57
明智
ななしさん→こちらこそリクエスト頂きありがとうございました〜!好きだけど書いたことないサーヴァントが結構いて迷ったのですが、いつもバーサーカー戦で頑張ってくれるアビーを書かせていただきました☺️そう言っていただけてうれしいです…!
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ゆめSSかくよ2
初公開日: 2020年04月18日
最終更新日: 2020年04月18日
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コメント
昨日の鶴丸SSの続きから。コメントからお題募集してます。お気軽に〜
えふご夢かくよ24
お題で頂いた「Machiavélisteの番外編」を書きます
明智
えふご夢かくよ22
ちょっとだけライブ。おっとっと食べながら書きます。(おいしい)
明智
えふご夢かくよ23
主にデイビットくんとバカンスに行く話。完成しました
明智
臣左同い年if ★
ぶれさんの素敵お題お借りしました!
のーべる