16話後
「シモン!」
 ニアの高い鈴のような声は、張りつめた時良く響く。その声がだだっ広い地に明るく伸びて、シモンの耳に届く。振り返ると、随分遠くにいるニアが大きく手を振って笑っていた。
 あれからまだ数週間も経っていないというのに、何かに突き動かされるようにシモンは地上に人が出てきて地下の村を封鎖したという話を聞いた場所を片っ端から整地を始めていた。何を始めるにしても、この荒地ではどうにもならない。その日シモンは新たに地上に出てきて村を閉鎖したという跡地に、調査で赴いていた。
 シモンが振り返ったことに気が付き、ニアは手を振ったまま歩み寄ってくる。時折凸凹と荒れた地面に躓き、危なっかしく近寄ってくるニアがいよいよ転んでしまうよりも早くシモンはニアの元へ駆けよった。
「ニア、足元見て! まだここらへんは整地されてないんだから、走ったら危ないよ!」
「シモン、お疲れ様です!」
「……聞いてる?」
 ニアは「はい!」と明るい声で返事をする。ニコニコと花が咲いたように笑うニアを見て、本当に分かっているのだろうかとシモンは深くため息を吐いた。ニアは分かっていない。その足に、身体に、無用な傷はもうつけたくないと思っているというのに、当の本人は何の気なしにふわふわと夢見心地にシモンを目がけて駆けてきてしまうのだから、どうしたって目を離せない。今だって、危なっかしい体勢で覗き込んでくるニアのくっきりとした瞳から目を逸らせないでいる。
 ニアの零れそうなほど綺麗な瞳の奥で揺れる小さな光をじっと見つめていると、ニアの方が擽ったそうに笑って目を瞑ってしまった。
「怪我が」
「え?」
「随分よくなりましたね」
 そう言って、白い手が伸びてくる。色の薄くなった痣に触れる手が、驚くほど柔らかいことがどうにも気恥ずかしく、シモンは照れる気持ちを隠すように「用があったんだろ、ニア」と身を仰け反らせながら呟いた。声が裏返り、ニアはきょとんとした顔で「ごめんなさい、もう一回」と言う。大きく咳ばらいをして、シモンはもう一度口を開いた。
「用があったんだろ、ニア」
「はい! シモン、お昼です!」
「ああ、そうだね」
「私は調理主任です」
「うん」
「お弁当を持ってきましたよ! シモン」
 ニアは下げていた鞄から、小さな弁当袋を取り出した。両手にすっぽりと収まるそれを得意げに差し出しながら、ニアは「食べましょう、シモン」と言う。その眩しい表情に「ああ……」と呆けた声を漏らすと、ニアは小高い岩を指さしてまた危なっかしく走り出した。
「おいしい!」
「よかった。小さいお弁当しか作れなくてごめんなさい。食材がちょっとしか残っていなくて」
 ニアは頭を抱えながら「かんりぶそくでした」と呟く。最近は、料理に毛ほども興味がなさそうにしていた他の団員も各々料理を始めたらしい。ニアが作ってくれるのに、と思う反面、ニアの手料理が他の人が口にする機会が少ないことに、安い優越感を覚えている。いつまでもガキだ、とシモンが小さな弁当を少しずつ食べていると、柔らかい視線を感じた。
「ニア、見られてたら食べにくい」
「そうでしょうか。私はシモンが食べているところを見るのが好きです」
「でも……食べにくい。困るよ」
「私は全然、困らないのです」
「ニア……」
 揶揄われているのか、じゃれているのか。ニアはその奥に揺れる不思議な花を持った瞳で、シモンの食事を楽しそうに見つめていた。そして風に揺れる柔らかい髪を耳にかけるニアを、綺麗だと思った。
 ニアが作るこの小さな弁当をおいしいと思うのも、ニアのことを綺麗だと思うのも――ニアが食事などという何の変哲もない行為を見ていたいと思っていてくれるのも、自分ひとりだけがいい。最近はニアを見ているとそんなくだらないことばかりを考えてしまう自分がいることに気が付き、シモンは居てもたっても居られなくなり、こんな荒野に出てきて無我夢中に仕事を進めてしまう。ニアがこんなところまで、弁当を届けにくるのは誤算だったが。
 子供の用に悪戯な表情を浮かべていたニアは、小さく息を吸い辺りを見回した。凸凹と歪んだ大地を見つめながら、零れるようにニアは呟く。
「ねえシモン」
「どうしたのニア」
「ここも前にシモンが頑張って真っすぐにしたところみたいに、平たくするの?」
「そうだよ。このままじゃ危ないからね。何をするにも」
「でもここだけは残しておきましょうね。シモンがお弁当を食べる時に、座る場所がなくなっちゃうわ」
 ニアは腰掛けている小岩を小さく叩きながら「おべんとういわと名付けましょう」と言って、ほほ笑んだ。こんな小さな岩だけ残っていても仕方がないのだが、ニアが言うと特別なものに見える。
「ニアが言うなら、残しておこうかな」
「そうしましょう。そうしたら私、また明日ここにお弁当を持ってこられるわ。毎日!」
 小岩一つで、ニアはこんなにも喜んでくれる。ニアの声が、怒るでもなく、泣くでもなく、優しいまま張りつめてよく響く。胸が締め付けられ、食事が進まないでいると、ニアは不思議そうに「食べないの?」と言った。
「食べる、食べるよ」
「よかった。シモン、相談があります」
「相談?」
 口いっぱいに頬張ったままシモンがそう言うと、ニアは「ンッ」と口を閉じる動作をする。どうやら食事中は口を閉じてほしい、ということらしい。シモンが慌てて口を閉じると、ニアは満足そうに微笑んだ後、風に揺れる短い髪を指先でくるくると絡める。
 どうにも言いにくそうにしているニアに声をかけたい。何と声をかけたらと考えながら咀嚼をしていると、ニアは意を決したように顔を上げ「あのね」と呟く。
「私、髪をまた伸ばしてみようかなって思うんです!」
「ンッ」
 ごくんと飲み込みながら、シモンは唸り声をあげる。何か重大なことを相談されるのかと思っていたと、拍子抜けしてしまう。
 しかしニアはキッと何かを決意したような顔をしていた。その真摯な表情が、本当に綺麗だと思った。誰よりも、何よりも――。シモンがその表情をじっと見つめていると、ニアは不安そうに顔をふにゃっと歪めて「どうでしょう、シモン」と消え入りそうな声で呟く。シモンは慌てて「いいんじゃないかな」と返した。
「本当ですか?」
「うん、いいと思う。ニアがそうしたいのなら」
「はい、そうしたいんです! シモンは私の髪が長い方が好きですか? 短い方が好きですか?」
「えっ、ええ……?」
 答えることが恥ずかしいようなニアの問いに、シモンは息を漏らしながら「ニアがしたいように……」と返す。ニアはぷくっと頬を膨らませ、綺麗な瞳でじとーっとシモンを睨んできた。
「じゃあ髪を伸ばして、ストレートにして、ポニーテールにします」
「ええ……。ヨーコみたいに?」
「シモンが好きな髪形にします」
「ニアが好きにしたらいいじゃないか。本当にそう思ってるんだよ、適当に答えたわけじゃない」
 シモンはニアから目を逸らしながら、口を開く。顔に熱が集まる。じんじんと燃え盛るように頬が熱くなり、ニアの真っすぐな視線に焦がされる。
「髪が短くても、……好きだし、長くても好きだ。ニアなら、きっとどっちもかわいい。……って思ってるよ、僕は」
 ニアは返事をしない。シモンは、続く気まずい沈黙に耐えられず「僕が好きとかそうじゃないとか、関係なく好きにしたらいいじゃないか!」と、半ば投げ捨てるように叫びながら顔を上げる。ニアはぽかんと口を開けていた。そしてその顔が徐々に真っ赤になっていく。
「シモンの『好き』は特別です。私にとって、シモンの『好き』は特別なんです。特別に、なったんです」
「うん」
「シモンの、好きな姿に、私がなりたいって思ったんです」
「……うん」
「シモン」
 ニアは目を瞑り、そっと頭を下げる。触れてほしい、と乞うようなその動きのシモンは思わず辺りを見回す。
 ニアの声は、張りつめた時によく響く。その声は、あの日以来明るく優しく張りつめる。綺麗な声はいつだってシモンの耳に真っすぐ届く。
 けれどその日は掠れた小さな――わずかな小石の転がる音にでもかき消されてしまうような声で、ニアは呟いた。
「頭を、撫でて」
「ニア」
「シモン、頭を撫でて」
 優しく――その声が荒野に拭く風に掠れて消えた。ニアの柔らかい髪に触れる。柔らかく、柔らかく触れるとニアは擽ったそうに笑って「シモン」と呟いた。その柔らかい髪を、シモンは何度も優しく撫でた。何度も、何度も。
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シモニア書くよ
初公開日: 2020年04月11日
最終更新日: 2020年04月12日
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令和にシモニア書くよ
デコサス書くよ
デコサス書きます。嘔吐描写ある予定なので注意です。
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タイトル通りのクロスオーバー。この二人で書いてみたかったので……話の展開とか何も考えていないのでとん…
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