ロイエ主
 時計の刻む音が、やけに耳に障る。
 もう床について暫く経っている筈なのに未だ寝付けずにいた姫は、再び寝返りを打った。軋むベッドと衣擦れの音が落ち着けば、また冴えた神経に秒針の音が刺さる。
 あの人が忙しいのはいつものことで、同じ城に居てもこうして一人で寝ることだって少なくない。寂しいという感情には慣れていた筈だった。そう強がらなければ、あの人の側にはいられない。特に感情論を嫌いとするあの人──ロイエには言えないことのひとつである。
 こうして姫はロイエにいくつかの秘密を作っていた。何時だってロイエは石版に歴史の残らない秘された国であるトロイメアに興味があって、個である自分にはまるで無関心だ。
 だから姫は秘密にした。
 一人で眠るベッドの冷たさ。好奇心に光る翡翠色のあの瞳が映すものが、いつか自分に変わればいいと願う気持ち。そしてこの胸に確かに生まれたロイエに対する恋心も、すべて姫は秘密にしていた。
 窓に見える月明かりは、青白く夜空に滲む。ふと、ロイエはまだ起きているのだろうかと考える。否、きっとまた寝食を忘れて難しい本と向き合っているのだろう。気付けば自然と姫の足はロイエの私室へ向かっていた。
 突き当たりを右に曲がって少し歩けば、付けっぱなしの部屋の灯りが廊下ヘ細く伸びているのが見える。間もなく夜半過ぎとなろうとしているのにも関わらず、未だ煌々と灯りを点していることに、姫は部屋の主が起きていることを確信した。
 扉の隙間からそっと部屋を覗けば、机に向かう背中があった。
「ロイエさん」
 呼び掛けるも、ロイエからの返事はない。どうやらかなり熱中しているらしい。驚かせるつもりで姫はロイエの部屋に忍び込み、背中から再び声をかけようとしてはっと口を噤んだ。
 穏やかな呼吸に合わせて、広い背中がゆっくりと上下する。枕代わりの分厚い本に顔を埋めながら、ロイエは眠ってしまっていたのだった。こんなところで寝ていては風邪を引いてしまう。二度ほど姫が肩を軽く揺らしても、ロイエは何の反応も示さない。姫に肩を揺らされたせいか、さらりとした金の髪がロイエの頬に零れて、彼はむず痒そうにそれを払う。それでも起きないロイエはすっかり深く眠りこんでいるようで、そんな彼を姫は小さく笑った。少年のようにあどけないロイエの寝顔は、いつもの彼の雰囲気とはまるで違う。普段とは異なるロイエを姫はより愛しく感じていた。
「ロイエさん、いつかちゃんと私のことも……見てくれたらいいのに」
 思わず漏れた本音に、ピクリとロイエの背中が揺れる。まずい、聞かれたかも知れない。
 やがて眠っていたはずのロイエがむくりと身体を起こす。慌てふためく姫を横目に、ロイエは顎に手を添えた。
「ふむ、君はどうやら誤解をしているらしい」
「ロイエさん、起きてらしたんですか!」
「僕が寝ていると勘違いしたのは君だ」
「じゃ、じゃあさっきの独り言も……」
「聞いていないというのは嘘になる」
 ロイエは机の片隅にある、すっかり冷めきっているだろう濃いめコーヒーを啜る。姫はロイエの言葉にすっかり震えていた。
「確かに僕はトロイメアに強く興味がある。そのトロイメアの血を引く君にも、ね」
「でもロイエさん、女の人は非論理的な生き物だから嫌いなのでは」
「正解、君の言う通りだよ。僕はそういう男だ」
「つまり……私がトロイメアの姫だから興味があるだけですよね」
 ふふ、とロイエは残酷に笑う。
「そうだと言ったら、君はどうする」
 初めから期待はしていない。
 だから私は秘密にしたんだ。
 あなたを好きだというこの想いを、心の奥深くにしまい込んで鍵をした。その鍵の在り処は誰にも教えない。私にとって最も重要な秘密なのだから。
「黙ると言うことは、嫌なのだと受け取っていいかな?」
「ろ、ロイエさんっ」
「何かな」
「もう遅い時間です。この話の続きは明日にしませんか」
「自分の都合が悪くなると話を有耶無耶にする。あまり僕の好きな展開ではない」
「勝手に部屋に入ってすみませんでした。どうぞおやすみなさい」
 口早にそう呟くと、泣きそうな顔の姫はさっさと部屋から出て行った。ロイエはぱたりと締まる扉をぼんやりと見遣って、ひとつため息を吐く。
「僕はこれでも……十分に彼女を可愛がっているつもりなのだが」
 そしてロイエもまた、自分に芽生え始めた姫に対する違和感を内に秘めていた。姫の泣き顔にざわめく胸の奥がひどく煩くて、こんな有様では到底眠れそうになどない。もう一度だけ大きく息を吐くと、ロイエは手元の本に視線を落とした。最初こそ内容が頭に入って来なかったが、それでも無理矢理読み続ければ、姫とのことを忘れるかのように次第mのめり込んでいくのであった。
   ***
 とぼとぼと借りている客間まで戻る。何だか酷く遠いものに思えた。秘密を隠すと言うことは、とても難しいことである。特に勘の良いロイエに対しては、より一層その難易度は上がる。
 勝手に秘密を抱えて苦しんでいるのは確かに自分ではあるけれど、これ程までにかなわない想いであるならば、いっそのこと心の鍵を全て明け渡して此処から消えてしまうのも悪くないとさえ思えた。
 好きなのは私ばかりだなんて、寂しい。
 レコルド城の敷地は広大で、きっと自分一人居なくなったところで誰も気づかないだろう。客間にも戻らないで、このままレコルドを後にしてもいい。そんな浅はかな考えも、今の姫にとっては大事な選択肢のひとつとなりかけていた。
 くだらない。姫が自嘲して突き当たりを左に曲がれば、やがて見えたのはひとつの人影。
「僕の部屋から君に与えた客間に戻るまでの一般的な所要時間は、およそ三分二十秒ほど。しかしその時間からもう四分十三秒過ぎている。随分と遅かったじゃないか」
「えっ、ロイエさんどうして……?」
「どうしても気になったことがあってね。先回りをさせてもらったよ」
「そ、そうですか」
「今から二つの質問をするから、どうか答えてほしい」
 戸惑いに揺れる姫の瞳を、ロイエは敢えて無視した
「ひとつ、どうして僕の部屋からこの部屋に戻る時間がこんなに遅れたのか」
「……少し、考え事をしていました」
「ふたつ、君が先程僕の部屋に来た本当の理由を聞かせてくれ」
 ロイエの質問に、姫は素直に答えられなかった。
今日はここまで❤
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夢lOOロイエ主支部用短編
初公開日: 2020年04月11日
最終更新日: 2020年04月11日
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コメント
誤字脱字はデフォです。
間が開いている時は考えているかトイレ行ってます。
公式との相違があったら優しく教えて下さい。
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