「え、長谷部くんの好きなところ?」
恋仲の男のそんな言葉が聞こえて、俺はつい、厨の前で足を止めた。
先に言っておくと、断じて盗み聞きのような真似をしようとしたわけではない。この本丸では厨に入る扉の直ぐ側の廊下に掲示板があり、そこに一週間の輪番表が張り出されているのだが、それを確認しにきたときに厨からたまたま声が聞こえてきた、というだけの話である。まだ夕餉の支度を始めるには少し早い時刻だったが、おそらくは早く集まったものたちで茶でも啜りながら駄弁っていたところなのだろう。輪番表を確認すれば今日の夕餉当番は乱藤四郎に鶯丸、加州清光、大倶利伽羅、白山吉光。それに燭台切、歌仙、堀川の常任の顔ぶれを含む8振りであった。
「あるでしょ?恋人なんだから、好きなとこのひとつやふたつ。聞かせてよ」
「僕も聞きたいなあ」
楽しそうに燭台切にそう促すのは加州と乱の声だろう。なるほど、他人の色恋沙汰に首を突っ込むのが好きそうな面子である。ふふ、と呑気に笑う声も聞こえたので、どうやら歌仙もその場にいるらしい。他の面子はまだ来ていないのかどうなのか分からないが、少なくとも大倶利伽羅と白山は積極的にこういう話題に首を突っ込んでいくことはあるまい。
ううん、と肝心の燭台切の唸るような声を聞いて、俺は厨の中へと耳をそば立てる。目線だけは一応輪番表へと向いてはいるが、意識は完全に厨の中だ。そりゃあだって、気になるじゃないか、恋人の話す、「俺の好きなところ」なんて。
「うーん……そうだなぁ、」
姿はここからでは見えないが、その口ぶりは考え込んでいるようだった。好きなところをあげられず困っているのか、それともただ言い淀んでいるだけなのか。前者だったらこれほど悲しい事はないくらい悲しすぎるが、恋人なのだからそんな事はないと信じたい。では自分自身が光忠にどこを好かれているかを考えてみるが、いの一番に思いつくのは『顔』であった。俺が顔を近付けて迫るだけで耳や首元まで赤く上気させてしまうし、これは本人に言えば何をされるか分からないから言っていないが、あいつが部屋で、ごく小さな声ではあるが俺の名前を呼びながら息を荒げている声を偶然聞いてしまったことがある。……まあつまりは、少なくとも光忠は、俺の顔に性的興奮を覚えているわけである。
そんな予想を立てながら耳を傾けていたのだが、ではあいつが出した答えはといえば。
「色々あるけど一番は、背筋の伸びたところかな」
きっぱりと言い放たれた言葉に、え?と疑問符を浮かべた相槌は加州のものだったが、俺の心中と見事にシンクロしたものだった。なんだその……なんというか、恋人らしい甘さも何もないような答えは、なんなんだそれは。
「まあ確かに、長谷部は姿勢いいよね」
「そうそう、姿勢のいいところ。自分に自信があるから、しっかり背筋を伸ばして、主に対して堂々と物を言うじゃないか。そういうところ、格好良いだろう」
とはいえ、素直な褒め言葉を聞いて嬉しくないわけではない。燭台切の言う「格好良い」は、あいつにとって最大級の賛辞であることをよく知っているので、それほど己の態度を評価されていると思えば、そうかそうかと鼻も高くなる。……それが恋人らしいか否か、というのは、ともかくとして、だ。
しかし、俺が抱いたその疑問は、興味津々で燭台切に問うた彼らも抱いたらしい。ふうん?と疑わしげというべきか、胡乱げというべきか、とにかく何か言いたげな返事をしたのは乱藤四郎である。
「なんだい、その反応」
「うーん、恋人同士なら、自分にだけ優しいところーとか、甘やかしてくれるところーとか、そういうのってあるでしょ?」
「まあ、あるね」
乱の問いに照れも言い淀みもせずに言った声に、何故だかこちらの方が恥ずかしくなってくるから不思議だ。そりゃあ恋人だもの、主にも他の刀剣男士にも見せない顔は当然しているとは思う。それはひとえに、燭台切に格好良いと、好きだと思って欲しいからなのだが……しかし、燭台切が好きだと答えたのは主や他の刀剣男士が当たり前に見ているような姿なのだと知ってしまうと複雑なものである。
「好きなところって聞かれて、そういうところじゃないんだなって」
「好きじゃないわけじゃないよ、勿論。優しくしてくれるのは特別扱いされてるみたいで嬉しいし、甘やかされるのも甘やかすのも、僕の特権だしね」
「へえ意外、長谷部さんって燭台切さんに甘えるの!」
普段、俺も燭台切も少なくとも人目のある場所ではあまりべたべたすることもないうえ、俺に対してはあまり他人に対して「甘える」という言動に近しい印象もないらしく、乱は俺の知らない一面を知ってしまったと言わんばかりに嬉しそうな声を上げる。正直なところ、俺自身すら燭台切に「甘える」なんてそうそうしないので、その反応は当然とも言えるわけだが、燭台切はそんな乱の声を聞いて、そうなんだよ、などと言ってくすくすと小さく笑ってみせた。
「でもさ、それって、長谷部くんが僕を好きだから……僕と恋仲だから、そうしてくれるんじゃないか」
燭台切の声色は、さも当然というかの如くで、そしてそれについては俺も燭台切からは見えるはずもないが——見えていたら気まずいのでそれでいいのだが——、首肯する。
燭台切と互いに同じ気持ちだと知る前、まだ、己らの関係を「親しい友人」のみに留めていたころの関係とは、もちろん然程変わらないところもあるが、当然変わったところもある。それは距離感や、身体の関係についてもそうだが、それ以上に、友人として許してはならない一線を厳格に守っていた。
「まあ確かに、そりゃそうだけど」
「そうだろう?でも僕はね、別に長谷部くんが僕を好きじゃなくたって、長谷部くんが好きだからさ。長谷部くんの好きなところって聞かれたら、やっぱり、背筋を伸ばして堂々とした姿、だな」「勿論、僕を好きな長谷部くんも、大好きだけどね」
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へし燭書きます
初公開日: 2020年04月11日
最終更新日: 2020年04月11日
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