親愛なる物書きへ
「僕はさあ」
何かに取り憑かれているかのように液晶に向かう彼の後頭部に向け、独り言のような言葉を投げかければ、先ほどまでがたがたとけたたましく音を鳴らしていた指が止まり、虚空を見るように顔が上がる。恐らく自分の次の一言で彼がこちらを向くかどうかが決まるのだろう。彼が興味を惹くものを狙って当てられたことはそんなにない。あって4割、いや3割、いやもっと少ないかもしれない。だから狙うのは得策じゃあないのだ。下手な鉄砲は数撃てども当たらず、そうと思えば目隠しして当たるのだからわからない。さて、自分の弾はどこへ飛ぶか。
「小説家ってやつがわかんないんだよね」
宙に浮き恐らく次の言葉を紡ごうとしていた指が降り、2つのキーをタタンと押す。
昔手痛い失敗をしたらしい彼は作業を中断するときは必ずそれをやる。もはや癖になるほど染み付いているらしい、殊勝なことだ。
彼は両腕を上げ凝り固まった背中を伸ばす。ぎし、と椅子が鳴り、そしてくるりと回った。1時間ぶりの彼の顔がベッドの上に座る自分に向けられる。
「どういう意味?」
そういう彼の顔は平素と変わらない。彼の感情は、表情よりも行動によって表される。つまりこちらに顔だけでなく体も向けられたのならば、自分の弾はそれなりにいいところに当たったのだと思う。多分。
「小説家ってやつはさ、つまり三次元を二次元に変換してるんだと思うんだよね」
「ふうん?」
「例えばさ、窓から入ってくる日差しとか、僕はさあ、まぶしー、とか熱いなあ、とかしか思わないけど小説家って違うんでしょ?夏の太陽が僕の頬を刺した、とか言うんでしょ?いやわかんないけど。でもそのさ、情景で見れば一瞬のことをさ、人によっては500倍ぐらいの解像度でさ、こーんな薄っぺらな二次元、色は白と黒、決められた道具しか使わないで落とし込むなんてさあ、全然わかんないんだよね、考え方みたいな、頭のつくりみたいなのが」
彼は話を聞きながら椅子の上で体育座りになった。少し口角が上がっている。
「小説家っていうか、物を書く人はさ、どう世界が見えてんの?目に写るもの全部が文字に変換されてんの?全然想像つかないんだよね。人によってはさ、まるで変換器みたいにするする情景が文章になって出てくるし」
ねえ、教えてよ、とねだる自分の言葉に彼は少し視線を上の方に逸らす。何も考えていなさそうな時ほど、人間の頭はよく回っているものだ。彼の目からならこの何の変哲もない部屋から自分の500倍ぐらいの情報を得られるのかもしれない。
時間にして数秒、前置きにしてはたっぷりと間を開けて彼は口を開いた。
「ただ情景を描くなら、どんな言葉も一枚の写真には勝らない」
いつも通りの、ぼんやりとした口調。
なんだか拍子抜けしてええ、と声が漏れた。
途端彼の目が窄まり、控えめな笑い声が口に当てた手の中から聞こえる。
「けど、うまい人は見えないものまで表現できる」
彼の視線がまた逸れる。少し傾いた太陽からの光が窓の向こうのそのまた向こう、いやどこも見ていないように見える。
「情景が、感情が、はっきりと見える瞬間がある、まるで自分がそこに立っているかのように心臓が潰れるような感覚が、息ができなくなる感覚が、ただ読んでるだけで感じられる。お前が言う二次元に三次元を描いてるのは確かにそうともいえるかもしれないが、俺は映画を見てる気分なんだ。人物が吸う空気や感じる音が、感情が全部わかるような、そんな映画」
4DXばりの映画を、文章の上で。急激に早口になり前のめりになった彼は言葉を切り、深く息を吐いて背もたれに体を沈ませる。ぎしり、とまた椅子が鳴いた。
「でもな」
彼の口角が上がった。彼の口角だけが上がった。
口角だけを上げてどうにか目を細めたような、嘘をつく人は目と口の動きが噛み合わないってだれかのどこかで聞いた気がする。
「少なくとも、俺はそうじゃない」
口元を覆って彼はケタケタと笑う。
「ああ、これが文章が上手いということかと身をもって体感させられた。それと同時に絶望もあった。俺にこれは書けない。こんな文章を俺は書けない。」
言葉と表情がちぐはぐな彼は、何かに気づいたのか笑うのをやめ顎に手を当てて考える仕草をする。
「多分出発点が違うんだと思う」
「はあ」
「うん、それが何度考えてもしっくりくる。俺は頭ん中を外に出したいだけで、彼は物語を書いていた。俺の作業はどうにか頭の中にあるものを説明して現実にあることに落とし込んで理解してもらおうとする行為だけど、彼の文章は表現する行為だったんだ」
そうだそうに違いないと目の前の自分を置いて頷いている彼の言う彼’とは、つまり先ほど言っていた彼を驚愕させ絶望に追いやった某ということだろう。彼の一連の言葉を聞いて自分が抱いた感想はへえそう、という間の抜けたものだった。彼が驚いたというならそうなのだろうし彼が絶望したというならそうなのだろう。それは彼の口角を歪ませケタケタといった常時とは違う笑い声を出させた。そういうことなのだろう。でも、でもだ。
「それの何が悪いのかさっぱりだ」
顔がこちらを向いた。そうだ、こっちを向いてくれ、一人の世界に入るなんていくらでもできるが会話は二人以上いないとできないんだよ。
「君が悪いというならそうかもね、でもさ、創作物の全ての始まりはさ、人の頭ん中じゃないの?そういう他人からは全くわからん!ってとこから現実のものをうま〜く使って目に見える形でおまちどお!って出せるのがすごいんでしょ、君はすごいと思わないのかもだけどさ、僕と違うとこだよね」
不思議だ。液晶を前にうんうん唸り、自分の世界を現実に再現しようと苦心するこの小説家は人類みな頭の中で考えたことを創作物として発信するとでも思っているのだろうか。思っているかもしれない、少し頭の固いところがあるのはよく知っている。
「そもそも上手い文章っていうのはそれだけで成り立つものなのかな、僕はさあ、上手い文章は上手い読者がいて初めて成り立つものだと思うよ」
こちらを食い入るように見る瞳が瞬いた。よく回る頭も今は処理が追いついていないらしい。まあでも大丈夫だろう、いつか追いついてくれるはずだ。
「どんなに作者が考えて切って焼いて調味して飾り付けしたものも読者が掬って食べて消化してくれなきゃ意味がないんだよね、その点で言えば料理よりもひどい。料理は味が分からなくても栄養ぐらいにはなってくれるけど、小説はわからなかったら一生わからないままだもんね」
「僕さあ、レビューを見るのとか好きなんだ、なんでも。僕より頭の良い人が僕じゃ掬いきれなかったものをもっと噛み砕いて与えてくれて…うげ、料理みたいに例えるんじゃなかった、気持ち悪い」
自分で出した例えの悪さにげんなりとすると彼が吹き出した。どうやら追いついてくれたらしい。
「君の言う優れた物書きさんにとって、君は優れた読者だったね」
ケタケタ笑ってやれば、彼は眉根を寄せる。彼の感じた絶望はこのぐらいで吹き飛ばせるものじゃないとはわかっているが、先程の濁った目よりはマシである。
残念なことに彼を救うのはきっと彼を絶望の淵に追いやった張本人であろうことを自分は知っている。自分は彼のそばでよりそうことも暗い闇を照らすこともできやしない。なんてったって自分は彼の小説を読んだことさえないのだから!
興味がないといえば嘘になる。彼が小説を書いていると知ったその日から、彼が描く世界に興味をそそられて仕方がない。君の頭の中ではなにが起こっているのか。だが、彼から読んでくれと言われなければ意味がない。だって彼が丁寧にこしらえてうんうん悩んで一進一退しそうして自分の前にどうぞと差し出されて初めて意味がある。
そのために、丁寧に作られたそれを丁寧に咀嚼して余すことなく飲み込めるように、彼の絶望も喜びも全部知っておきたいなと思う。
某くんのことでも聞こうかなあ。
なにも考えてない顔をしてどんな文章だったの、と聞いてみようか。
すごく嫌そうな顔をするかもしれないし、教えてくれないかもしれない。そんなに嫌な思い出を抱えても書くのをやめないのだから、君こそ本物の物書きだろうさ。はて、偽物なんているのだろうか。
ああ、親愛なる物書きよ!
いつか君の小説を読むのを楽しみにしています。
あなたの未来のファンより
着地はさせた。終わりです。
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17:33
デス
歯磨き終わっちった
51:41
デス
歯磨き終わってもやっぱり書いてしまうなあ
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初公開日: 2020年04月08日
最終更新日: 2020年04月16日
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