2019年6月から考えてる話なんですが、昨今の状況的に不謹慎な気もしてきました
↓こちらのツイートからお題をお借りしています
(h)ttps://twitter.com/ossanchi/status/1136978193213153281
魔法にかかっている攻めと三秒後に「ごめん」と言う受けが人類が滅亡した地球で
バニラスケープ/ラクトサイト
 人類は滅亡した。呼吸が出来なくなる奇病に侵されて、およそ一年をかけて滅亡した。そのペースは、原因を究明するには急速すぎて、人類が生存を諦めるには緩慢すぎた。初めは熱帯雨林地域のどこかで始まったらしいその奇病は、地球上全ての地域にあまねく広がって、人間だけの呼吸を止めていった。人類は「この奇病を解決できる人間はまだどこかに残っているはずだ」と思いながら滅亡した。
 早乙女と俺は、多分もう人類ではなかった。
 人類滅亡寸前、人間の社会は上手く立ち行かなくなった。いつ訪れるか分からない病に恐れをなし、犯罪に走る人間も多く出た。「人類史上最悪の犯罪率」とは、その頃はまだ機能していたニュース番組の言だ。切実な報道もむなしく、街の遺体には他殺体も相当数混じることになる。人為的に壊された建物も少なくない。その喧騒がぴたりと止んだのが一年ほど前の話で、今となっては静かなものだった。
 車は閑静な市街地を進む。早乙女の運転する車は、ここ半年では珍しく、法定速度ギリギリを攻めている。法も何も無くなった街だが、かつて暮らしていた頃と景色はあまり変わっていなかった。
「思ったより
 空は馬鹿みたいな色をしている。夏の到来を歓迎するみたいな深い深い木々のみどり、ぬるく遅い風すらも夏本番に追いつかれまいと必死こいてその重い身を引き摺っているのに。とぼけた春に囚われたまんまの快晴は、あたたかい日差しを空とぼけた白で包んでいて、ちぎれ雲の破片がふたつみっつ散らかっているのにも頓着せずに寝こけている。見苦しい。
 早乙女が呻きながら仰向けに転がった。発電機の無いガソリンスタンドに当たり、非常用の手回し機構で給油をした早乙女は、あつい、むり、しぬ、と呟いてから、再び意味をなさない呻き声を長く伸ばした。じゃんけんで勝った俺はと言えば、壊した自販機からかっぱらった飲料の賞味期限を見ているところだった。水の入ったペットボトルを一本投げて寄越してやる。早乙女は腹の上で一度バウンドしたペットボトルを横になったまま取り、一口飲んでから顔の上にぶちまけた。
「すぐぬるくなる……」
「がんばれ、あともうちょっと」
「鬼か」
 空になったガソリン携行缶を早乙女の顔の横に置く。早乙女がぐずっている間に、道を挟んだところのスーパーマーケットの残骸へ足を運んだ。自動ドアを叩き壊し、腐ったものも乾ききった店内へ。常温保存できて簡単に食べられるものを買い物かごに詰めていく。バックヤードにも踏み込んで、めぼしいものを同じようにかごに入れていく。買い物ではありえない行為にももう慣れてしまった。とにかく味のするものを満載したかごを手に持って戻ると、早乙女はガソリンスタンドの地面にうつぶせになって眠っていた。枕を車内から持ち出して使っている。息苦しくないんだろうか。ないんだろうな。
 俺たちだけが生き残れているのには理由がある。なぜか俺たちだけ、生きるのに呼吸を必要としない化け物になってしまったからだった。心当たりと言えば、いつか早乙女がふざけているのか真面目なのか分からない顔で持ってきて二人で食べた刺身――早乙女曰く、人魚の肉――くらいだが、あれは実際鯛の味だった。今となってはきちんと検査をしてくれる人間も全滅してしまったので何もわからない。早乙女が「もしかして俺たちしか生き残っていないんじゃないか?」と言い出したとき、たぶん同じ心当たりにいきあっていて、「もしかして俺たちは死ねなくなったんじゃないか?」とも言った。試しに息を止めてみたら、お互い喋りにくくなったくらいでそのほかには全く支障なく、顔を見合わせる羽目になった。早乙女は、「たぶん人間は全員、例の呼吸が出来なくなる病になって、でも俺らは何故か呼吸のいらない体になってしまった」と言った。俺は、「俺たちが化物になったから、人間のかかる病にならなかったんじゃないか?」と返した。早乙女は、「化物より、アダムとイブの方がロマンチックなのに」と呆れていた。
 あの日からもう何日か、わすれてしまったが、とにかく今は  で、アダムとアダムは日本列島の表面に放棄された資源を食い潰しながら、あまり目的の無い日々を過ごしている。マッチでまずい煙草に火を点け、吸って、吐く。呼吸は必要で無かったが、うまれてこのかた三十年以上続けて体に染みついた習慣はなかなかやめられない。濡れていた早乙女の髪は乾きはじめ、とぼけた風が吹くたびに表面のひかりがちらつく。化物たちは呼吸もいらないし、体温の感覚も鈍っているので、この季節に濡れたまま風にさらされていても寒くはない。早乙女の襟足を指ですこしよけて、シャツの襟をさわった。ぬれている。早乙女は、乾くまで車に乗るつもりはないだろうし、俺も少し眠ろうか、と思った。相変わらず眠気はほとんど感じないし、眠くないからといって眠らないでいると思考が定まらなくなるのも相変わらずだ。早乙女の腰を勝手に枕代わりにしながら瞼を閉じる。乾かしたいならシャツを脱いで干せばよかったのにとあたまをよぎった。
 切り刻まれた家族の夢を見た。
 目だけを動かす。肌寒い。辺りを見回す。屋根の隙間から青天。ぬるい風。うすくなったガソリンのにおい。街路樹の照り返し。早乙女の背。長く長く続いた悪夢は、しかし、目覚めてみると短い時間だった。まだ早乙女の髪は束になっているところがある。起き上がって、その濡れた部分に指をさしこむ。次いで、地肌に触れる。湿った毛束をほぐす方向に指を滑らせ、耳の後ろをさぐった。人差し指の腹で、皮膚の下がとくとくと脈を打っているのをたしかめた。陰干しされた体表面は存外にひやりとしている。そのまま手をすべらせ、襟首に手をさしいれた。あたたかい。一旦手を抜き出して、早乙女の肩をつかんで仰向けにさせる。早乙女は目を覚ましていた。何も言わず、申し訳程度に両手を広げた早乙女の腰を膝で跨いで、さっきさぐった方の耳の横へ顔を近づける。顔を逸らして首筋をあらわにした早乙女の両手が肩甲骨を包んだ。自分より高いてのひらの温度。子供をあやすように背から腰までを何度もさすってくる。さそわれるように、むき出しの首筋に額をつけ、頬を押し当て、鎖骨のくぼみに呼気を流す。ひきよせられるまま、早乙女の体に体重をあずけた。あの夢の冷たさをごまかせる人肌はもうこの世にこれ一つしかない。
「笹塚お前へんなところで脈とろうとしただろ」
「温かいから」
「そうか」
「そう」
「お前もちゃんとぬるい」
「ぬるい」
 早乙女の脇腹まで手をもっていってシャツをひきずりだした。素肌に手のひらを押しつけると、反射で動いた早乙女から非難の声が上がる。
「手冷た」
「そうみたい」
「ここではやめねえ?」
 背中が痛くなる。言い足す早乙女に、俺は平気だと返す。
「俺はやだ」
 早乙女は片手で俺の顔をおしのけて、もう片方の手で俺が暖をとっている指をにぎった。
「な、笹塚」
 早乙女にこういう声を出させることを、やめるべきだと思っている。けれど、こうやって甘く許されることの快さが身に染みている今となってはひどく抗いがたい。
 早乙女が上体をおこそうとするのにあわせて身を引いた。手を握り返しながら立ち上がり、つないでいる手を引いた。乾いた唇を湿して、後部座席にふたりで乗り込む。ドアを閉める早乙女に言うべきことが、言おうとしたことばがある。
「早乙女」
 同時に、有無を言わせぬキスがふってきて、そのあと、再び開けた口もまた黙る他なくなる。
「俺は便利な男だよな? 笹塚」
 そう言って、早乙女が笑ったので。
 考えていたことがある。もしも、俺たち二人が今生きているのが、人魚の肉の影響だとして、それならば「興味本位で」不死になってしまった早乙女は、この状況をどう思っているのか。葬式が追いつかないのに取り立てが追いつくはずがない、葬儀屋になればよかった、なんて軽口を叩いていたようなやつが、切羽詰まった声で電話をかけてきたあの日以来機を逸してしまっている。
 その日は、出勤したら職場に死体が転がったままで誰もそれに対処した痕跡がなく、不思議と、その遺体以外の、昨日まで生きていたはずの同僚も、ここ以外のどこかで死んでいると悟ってしまった。立ち尽くす俺のポケットの中で携帯電話が鳴り、登録していないが知っている番号で、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかわからなくなり、電話から聞こえる早乙女のよびかけにも何もこたえられなかった記憶がある。
長い
人間の殖えない世界で、俺はお前と二人でもいいと思っている。
人類滅亡してるけど不老不死になってるふたり
早乙女は笹塚のことが本当に好き
笹塚も早乙女のことが好きなんだけど、殺したい奴を殺せるようにと図ってくれたのを無駄にしたようなもんなのに何も返せない、と引け目に感じている。
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魔人探偵/國笹「バニラスケープ」
初公開日: 2020年04月07日
最終更新日: 2020年04月07日
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二次創作BL/配信では未完。完成はこちら→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12810376