熱めのシャワーを頭からかぶる。排水溝に流れていく液体は綺麗な透明で、そこから立ち上る湯気は、清潔で穏やかな匂いをしていた。
 身体の表面に張り付いた液体全部を洗い流して、浴室を出る。他人の家の浴室はよくわからないが、ふたつめに開けた引き出しにタオルがあったのでそれで身体を拭く。着てきた服は汚れてしまっている。どうしたものかと少しだけ思案して、すぐに浴室を飛び出した。家主の寝室を適当に漁って、下着とTシャツを拝借する。
 そして、リビングに戻った。
 2LDKのマンションの一番広い場所。中央にでかいソファが鎮座していて、暗い奥には殺風景なキッチン。フローリングを舐める裸足はペタペタと間抜けな音を立てる。シンクに手をかけてうつむく人は、近づく俺の気配なんてとっくに気づいているだろうに、顔をあげる様子はなかった。冷蔵庫からペリエを一本もらって、ふたを開けた。
「……なんで、いるんだよ」
「いや、俺の服ねーし。あのまんまじゃ帰れねえよ」
「デリカシーなし男か」
「アンタがそれいう?」
 左馬刻の低く唸る声は機嫌の悪さ、いや、気分の悪さを物語っている。セーフワードを使ってプレイを中断された時、Domには反動でSubドロップのような状態になると聞いたことがある。疲労感と倦怠感とか、とにかく発散しきれなかった欲望が溜まっていくような感じなんだろうか。想像でしかないけど。
 喉を通る冷たい炭酸に全身が潤っていく。
 左馬刻の隣に並ぶようにキッチンに寄りかかる。このペリエを飲み切るまで。半分までなくなったペットボトルを眺めて、そこに映るゆがんだ自分の顔を見る。
「……何の用だ」
「別に。アンタには関係ないだろ」
「関係ないねぇ」は、と左馬刻が自嘲気味に声をあげる。「お前のせいで俺は今最低の気分なんだが」
「セーフワードはSubの当然の権利。アンタがへ」
「ああ゛?」
「……アンタがへたくそなプレイしたからいけねーんだろ」
 その見てくれの関係性とは裏腹に、DomとSubの関係において、主導権を握っているのはSubだ。Domが支配と信頼を望み、それを与えるSub。セーフワードの取り決めはDomへの首輪だ。Subを満足させなければ、Subに愛されなければ、お前の奉仕は意味がない、という。
 左馬刻が与えてくれるものは、溺れるほどの快楽と、支配される安堵感。痛みも、羞恥も、わずかなものだ。そしてその霞んだ意識の向こうで、いつも彼は
「左馬刻さぁ、アンタ、Domなんて向いてねーよ」
「は?」
「いや、だってさ。アンタ、ああいうのホントは好きじゃねえだろ。その、道具使ったり、その、あれ、……おもらし、とか」
「ひどくしろ、っつったのはテメェじゃねえか」
「ハァ? 俺がいつそんなこと言ったよ」
「セーフワードを“あれ”にしたってことは、そういうことじゃねえのか」
「待て、ごめん、頭が追いつかない。なんでセーフワードが“あれ”で、そうなるんだよ」
「……二年前みたいには、扱うなってことじゃねーのか?」
「え?」
 左馬刻の胡乱な瞳がこちらを見る。無機質な暗いキッチン、モノトーンの世界の中でその紅だけが鮮烈だ。
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