「好きだ!俺と付き合ってくれ!」
これは、どたんばたんと大きな音を立てて事務所のドアを突き破る勢いで駆け込んできたネロが、ソファに座るVへ開口一番言い放った言葉だ。
(静かだ…)
Vはカーテン越しの柔らかな日差しの中、ソファに座り、お気に入りの詩集を読みゆったりと過ごしていた。
しんと静まり返った事務所の中、己のページをめくる音が聞こえる。
今日は揃うと賑やかな双子が朝から出かけていて、Vは一人で留守番をしていた。
主が居らずとも伝説のデビルハンターの住むこの事務所に、押し入ってくる命知らずはそうそういないの。
それがわかっているVは、ほう、とため息をつく。すっかり気が抜けていた。
「なにも…しないで…ぬくぬくと…」
意味もなくひとり言も漏れてしまうほどだ。
やかましい声が飛んでこない、なにやってるんだと見下ろされる視線もない。
賑やかな日常もそれほど嫌いではないが、たまにはこんな時間があってもいい、とVは満足そうに思った。
(紅茶でも入れるか?いやそれは午後のティータイムにして、もう少しこのままでいようか?)
そんなささやかな悩みしか浮かばない、その事実さえ愛おしい。
Vは久しぶりの長閑な時間を、心ゆくまで堪能しようと思っていた
(のに)
その矢先に、これだ。
Vはため息を吐いた。今度は遠い目をして。
ため息はネロが来てから何度目だろうか。
(ああいいさ、来てしまったのだから仕方がない。もうなにも言うまい)
突然ネロが事務所に押しかけて来たため、とりあえず普段食事をしているテーブルに座らせ、己も椅子に向かい合うように腰掛けた。
意を決した故の行動なのだろう、真剣な表情でまっすぐこちらを見つめるその様子に、先程の言葉は冗談ではなさそうだとVは判断する。
そうでなければ罵倒し即刻追い出せるのに。
しかしどうして、突然愛の告白などというものを自分にしようと思ったのか、と首を傾げる。
Vにはネロのその行動が全く意味がわからず、検討もつかなかった。
このところよく着ている黒のゆるめのTシャツの袖をなんとなくいじりながら、少し考えた末にVは口を開く。
「お前にはキリエという女性がいたのではなかったか?」
Vの言葉は想定内だったのだろう、食い気味にネロは答える。
「キリエとはそういう関係じゃなかったんだ」
ネロのぎゅっと握った拳が視界の端に映る。
「俺自身曖昧だった感情なんだけど、俺とキリエにあったのは家族愛で、恋人や伴侶として隣にいたいわけじゃなかったんだ。キリエにはもう話してある」
キリエに話したら、全部受け止めてくれたよ。
そう言うネロの顔は真剣そのものだが、どこか吹っ切れたような朗らかな表情にも見える。
(…いや、一人で解決した!みたいな顔をされても)
そうVは思うが、口には出さずに眉を寄せる。
以前から真っ直ぐな心根の男だとは知っていたがこれほどとは、とVは認識を改める羽目になった。いっそ清々しいほどだとも思う。
しかしVはネロの言葉にどう答えたらいいのかわからず頭を抱えたくなった。
こいつはきっと善意が人を困らせる事などわからないのだろう。
自分の言葉がどれだけの意味を持ち、伝えられた方がどれだけ戸惑っているか気がつかないんだ。
そもそも何故自分を好きだと言い出したのかVにはさっぱりわからない。
ネロは自分とはなにもかも違う、そうVは思う。
なによりネロは周りに愛されている。そしてそれを素直に受け止め、返すことができる。それも自然に、当たり前のこととして。
守られること愛されることに飢え、這いつくばって生きてきた、何も持たない己には眩しすぎる。
それにその感情は一時の気の迷いだろうとVは思う。
(俺という不確かな生き物が生まれてしまったから、動揺しているのかもしれない)
己の思いつきに、Vはなんとなく納得する。
決して短くはない時を共にし、緊迫した状況下にいたせいで、高揚感や恐怖の中で勘違いをしているのかもしれない。
そうなればそれは自分のせいではないか、とVはネロに申し訳ない気持ちさえ芽生え始めた。
まだ年若い未来ある若者が道を誤ることはあってはならない。
「言っとくけど、お前が物珍しいからとか、気の迷いとかじゃねえからな」
己の思考が暗い方へ進みだしたVの思考を先回りするように、タイミング良くネロは真っ直ぐに言い切った。
驚いて顔を上げたVを、やはり笑顔でネロはこちらを見ている。
その目は真剣そのもので、でも優しさをたたえているように見える。
まるで宝物でも見るかのように楽しげで、にこにこと擬音でも付きそうなほどに。
どうして、と頭で考えるより先に言葉が出ていた。
「どうして、俺を…す、好きだなんて思ったんだ?」
何故こんなこっ恥ずかしいことを自分から聞かなくてはならないのだろう、とVは頭を抱えたくなる思いで尋ねた。
ネロはそれにうーん、と少し頭を傾げて明後日の方を向いて考えている。
おまけに腕まで組んでいる。いちいち言動が素直というかわかりやすいやつだな、と思考が飛ぶ。
「俺さ、少し前からあの事件のことを夢に見るようになったんだ。その…腕を閻魔刀ごと奪われた時のこと」
思いがけないネロの言葉に、Vは一瞬息が詰まった。
目を丸くし固まるVを見て、ああ違うんだ、とネロは首を振る。
「フォルトゥナに戻ってから、なんとなくあの事件のことあんまり考えないようにしてたんだ。あんまりいろんなことが起きすぎて、許容オーバーっていうか、無意識の内に蓋をしてたんだと思う。でもそれじゃいけないともうすうすわかってて…だから夢って形であらわれたのかなって」
Vはネロ言葉をじっと聞いている。
まるで断罪を待つ囚人のようだ、とVは自嘲する。ネロの言葉をただ聞くしかない、それ次第で俺は如何様にもなってしまう。
「そんであんまり眠れなくてさ、キリエにも心配かけてたみたいで、それとなくお茶飲まない?って息抜きの時間を作って話をするようになったんだ。
そしたらさ、Vさんは今どうしているのかしら?ってキリエが言ったんだよ
そんでああV、どうしてるかなって。ダンテとバージルと事務所に住んでるって話はダンテから聞いてたから知ってたけど、どんな生活してんのかなって話で盛り上がったんだ」
そこまで記憶をたどる様に少し上を見ながら話していたネロが、すっとこちらを向いた。
その澄んだ水色に心臓が跳ねる。
「その日から、夢の内容が変わったんだ。
腕を奪われた夢じゃなくて、あの事件の最中、お前と話ししたり、一緒にわけわかんねえ悪魔倒したり、担いで運んで、その…お前の守られたかったって話を聞いたこととかをさ。
それから、なんだかお前のことが妙に気になっちまって、考えば考えるほど胸がどきどきして、どうしようもなくなった。そんでキリエに話したら、それは恋じゃないかしら?って…」
静かにネロの話を聞いていたVは、一気に雲行きが怪しくなってきたところでたまらず声を上げる。
「ま、待て!」
「なんだ?」
突然話を遮られたが、ネロはきょとんとしてVを見ている。
そしてそのままVがなにか言うのを待っている。
話の腰を折っても苛立つこともない。いいやつだ、いやそんな話ではない。
「いや、その…キリエにそんな話を、したのか?」
「ああ」
「それで、キリエはそんな…夢見がちな返事を…」
「ああ」
「お前はそれを信じてここに…?」
「ああ」
全ての問にうんうんと肯定をしたネロに、Vは頭を抱える。
「どうしたんだ?」
「いや…お前に悪気はないんだな…」
「へ?」
「なんでもない。続けてくれ」
思わずぐったりと脱力してしまうが、話を進めなければこの状況は終わらない。
早く終わらせてほしいと、Vは続けろと先を促した。
「俺さ、お前のこと思い出して、守られたかった、愛されたかったって言われたとき、すごい嬉しかったんだってその時気づいたんだ。
たぶんその前から、お前のこと好きだったから。
お前が俺だけに、ダンテやバージルじゃなく俺だけに、弱音を吐いてくれたのが嬉しかったんだよ。
だから守りたいって思ったし、愛したいって思ったんだ」
一つ一つ、ネロは正直に、誠実にVへの思いを伝えた。
それはVが幼い頃からほしくてほしくて、でも欠片も手に入らなかったものだった。
「それでさ、もしVさえよければフォルトゥナに来てほしいんだ。
実はダンテとバージルには一応伝えてあるんだ。
でもこれはVの意思が一番大事だから。Vに任せるよ」
そう続けたネロは、でも俺としては一緒にいたいんだけどな、と笑う。
それがあまりに優しい声で、Vは呆然とするしかない。
再び固まっていると、体の中で奇声を上げるなにかがいた。
グリフォンが体の中で騒ぎ始めたのだ。
(カー!熱烈な告白のすぐ後に同棲宣言!?Vちゃんに随分ご執心なんだなあ?きっちり外堀埋めてやがるぜ?)
(うるさい)
(どうどう?生まれて初めての愛の告白はどうなの詩人チャン?思わずきゅんときちゃったんじゃねえの?)
(黙れ)
外に出てきたら焼き鳥にするぞと言い捨て、自然と下がってしまっていた視線を上げ、ネロに向き直る。
「ネロ」
改まって名前を呼べば、おう、とネロは居住まいを正す。
こういう相手を尊重するところは素直に好ましいと思う。
だがそれとこれとは違う。
なんとなくネロの言葉に答えたいと思ってしまうのは何故なのだろうか。
流されそうになる自分を叱咤し、眉間にシワを寄せ意識して硬い声を出す。
「お前の気持ちはわかった。嬉しい…のだと思う」
本当か?と自分に問いただしたくなるのを抑えて続ける。
「だが俺は不確かな存在だ。バージルから切り離されて、今は穏やかな日々を送れてはいるが、いつこの身が消えてしまうかわからない。
もし魔力が尽きたら、もしバージルのいない所で死んで戻れなかったら、あいつにも迷惑がかかるだろう。そもそももしそういう状況になった場合どんなことが起きてしまうのか、俺とバージルにもわからないんだ。それくらいイレギュラーな存在なんだよ、俺は」
自分を特別だとは思いたくない。だが自分のような境遇の者が他に存在しないことは自身が一番よくわかっている。
ただの人間だと思いたいのか、思いたくないのかすらもVには判断つかない。
記憶とは違う弱く頼りない体を見下ろせばため息が出てしまうのを止められないし、己の存在を深く考えると、どうしても思考は暗く淀んだ方へ行ってしまう。
自分が一人きりで、異様な存在だと確かめる行為になるだけだから。
「俺はお前のような陽のあたる場所が似合う者の側に、いるべきではない…そう思っている。」
遠くで、時折声が聞けるだけで、それだけで十分なんだ。
伏せた瞳に、悲しげな色が映るのを見たネロは、ぎゅっと胸が締め付けられるような心地がした。
違う、Vにこんな顔をさせたいわけじゃない。
自分が他人と違うことを、後ろめたく思う必要はないし、Vは自分と変わらないただ一人の存在で、ネロはそんな彼を大事にしたいだけだ。
俺が守ってやる!
いきなり大きな声を出したネロに、Vは驚き肩を揺らした。
今すぐその細い肩を抱き寄せたくなるが、ぐっと我慢してネロは続ける。
わりい、と一旦謝り、慌てた心を落ち着かせてVに視線を戻す。
俺が悪魔から守ってやるし、魔力だって二人で管理してなくならないように気をつけよう。
あいつらにすぐ連絡取れるように定期的に連絡するように約束させる。
そもそもここにいたってバージルはすぐ魔界やら異国やら行っちまうし、ダンテだってふらふら遊びに行くことだって多いじゃねえか。ここにいてもフォルトゥナにいても同じだろ
だが俺は、
言い淀むVを片手を上げて止める。
これ以上自分を傷つけることを言わせたくなかった。
そんなもしもを考えてたらこの事務所からも出られないだろ?ダンテが言ってたぜ、Vはいつも本読んでて引きこもりがちで心配だって
そんなこと言ってたのか、とVは眉を顰める。
それはあいつには内緒な、とダンテがネロに言ったことだった。
説得する材料に使ってしまったが、仕方がない。それよりVを納得させることの方が大事だ。
だからさ、あいつらと一緒でもいつ悪魔が襲ってくるかわからねえし、いつも気を張ってても疲れちまうだろ?
お前がいろいろ心配してここにいたって、外に出たって家にいたって、隕石でも降ってきたらみんな死ぬんだからよ
まさか隕石まで引き合いに出してきたか、とVは思わず、といった風に笑った。
あまりに必死に食い下がるネロはそれを見てきょとんとしてしまう。
別にいじわるをしたいわけではないんだ、とVは口を開く。
フォルトゥナに行くのはかまわない。今ここにいるのも俺の勝手で、住まわせてもらっているのには違いないのだから
V、あいつらはそんなこと思ってないと思うぜ
皮肉げに笑うVに、身を乗り出して反論しようとするが、今度はVに片手を振られて止められる。
それよりも、とVは言いにくそうに何度か口をもごもごとして、ようやく言葉にした。
俺には…その、好きとかいうのがよくわからないんだ。俺の記憶はバージルと同じで、小さい頃に悪魔に家を襲われてからずっと一人だ。愛だの恋だの、本の上の話しか知らない
そう言いながらVはいつも手にしている詩集をそっと撫でる。
こんな俺と共にいてもお前は無駄な時間を過ごすだけだ。一緒に住んで無闇に期待させてしまうのも申し訳ない
だから、と断ろうとしているVに、ネロは今度こそ席を立ち、身を乗り出す。
こちらに負い目を感じて、自分の思いに蓋をしようとするVの肩を掴む。
そっと顔を上げるVの瞳に、自分の切羽詰まった顔が映る。
普段は見せない、所在なさげで不安そうに揺れる瞳に、どうか伝われと息を吸い込む。
さっき言ったよな、俺腕を奪われた夢を見たって
Vの話をしたあと、Vを思い出した後に、ずっとお前の夢を見るようになったって。
辛いとは思わなかかったけど、夢見が悪くてずっとよく寝られなくて、それは辛かった。
でもお前の夢を見るようになってからはそんな事なくなって、お前のことを考えると楽しかった。
V今は何してるのかな、元気かなって。会いに行きたいって。それからは夢に出てきてくれるのが嬉しかった。
お前は俺の夢の中で、俺を救ってくれたんだよ。
まあ俺が勝手に夢見てるだけだったんだけどさ、とネロは照れたように頬をかいた。
焦らなくていい。答えを無理に出さなくていい。Vに答えを返してほしくて一緒にいたいわけじゃないんだ。Vが嫌じゃなければ、ただ俺のそばにいてほしい。それだけで俺はお前にいろんなものをもらってるんだ。
ネロ…
きっとまだ、なにを言っても無理なのかもしれない。
幼子に愛を説いても首を傾げられるように、Vは言葉を探して戸惑っている。まだそれを知らないのだから仕方がない。
だけどネロは諦めることはない。
先程からVは無理だとは言っても、嫌だとは一言も言わない。
どうすればネロを傷つけないようにできるか頭を悩ませながら、自分から遠ざけようと苦心しているんだ。
きっと自分以外の相手なら、想像以上の辛辣で悪意に塗れた言葉で相手をこき下ろし、こっぴどく振るのだろう。
ネロを決して否定しない。それはネロ自身を大いに浮かれさせるし、胸をときめかせるただ一つの事実なのだ。
困ったように瞳を揺らすVに、殊更明るい声で言った。
試しにさ、来てみろよ。キリエもニコもいるし子供たちも生意気だけどかわいいし、世話してたら一日あっという間だぜ。それでも嫌になったらここに戻ってくればいいさ。俺はVがそばにいるだけで幸せだから
ネロはそう言ってにかっと歯を出して笑ってみせる。
Vの考えなど杞憂だと考え過ぎだとその明るい笑顔に背を押されたようで、自然と口元が綻ぶ。
…そうだな
ふ、と思わずこぼれたというような吐息ともに、Vは笑った。
その力の抜けた微笑みは柔らかくて、ネロはVが俺を好きじゃなくても、この顔が見られるならそれでいい、と素直に思えた。
なら善は急げだ!荷物をまとめるの手伝うぜ!
ああ、頼む
ばっと立ち上がったネロは腕まくりを
ネロの笑顔は日の光のように明るい。
共にいれば己の中にいつのまにか浮かび上がる不安や恐れも全て晴らしてしまうのかもしれない。
忙しなく動く背中を見つめていた時に、グリフォンが己をからかってきた。
己は知らず微笑んでいたらしい。
明日に希望を抱くこともなかった己が、これから先の生活を待ち遠しく思っていることを、Vは何故だかわからないが誇らしく思った。
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ネロV 光
初公開日: 2020年04月04日
最終更新日: 2020年04月05日
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コメント
ネロVぽちぽち書いていきます。しょぼいです。
初心者ですので不備ありましたらすみません。
ネロV 光2
ネロV 光の続きの予定です
ene
筋トレ
リチャードさんはリンデンバウムの葉が茂るころ、かつての母校で動物になってしまいたかった話をしてくださ…
瀬をはやみ