昼寝から起きたらこんな時間でおどろいていますので編集します。
ねむい。
「…あー、これ、映ってんの、か?」
ごそごそとカメラマイクをこそぐる音。
黒く暗転していた画面に男性の声が響き画面が白飛びした一瞬の後、白いマスクをつけた黒髪の青年らしき人物の顔が画面いっぱいに映り込んで喉仏がするりと動いた。
「映って、るよなこれ」
マスク姿の青年はレンズと液晶画面を交互に確認し、ガタガタと音を立てながらカメラから距離を取った。銀色の眼鏡をかけ、黒い髪の毛がさらりと白いマスクにふりかかる青年はおおよそ10代後半から20代前半と思える若さだった。カメラが映し出す部屋にはローテーブルとシンプルな座椅子とベッドのみ、そこに生活感は感じられなかった。ローテーブルについた青年がふりふりと右手を揺らして再度カメラの画面を確認するとくぐもった声を発した。
「こんばんは。えーと、ドロキです。1時間勉強します」
ドロキと名乗った青年は素っ気なく一言告げるとローテーブルに広げていた教科書とノートに向き合い、カリカリとシャーペンを走らせた。それから一切カメラを振り返ること無く宣言通り1時間きっちり机に向かい、勉強を終えた青年の動画は63分で終了した。教科書から顔を上げ、電源を切る為にカメラへ近寄った青年は一瞬だけレンズに鋭い目線を送るとまた素っ気なくカメラの電源をオフにした。
配信サービスサイトに上げられた63分の動画の視聴数は僅かなものだった。しかし、誰かに見られているという緊張感が青年の筆をいつも以上に軽快にしたのだった。
「こんばんは、1時間勉強します」
初めての投稿から数日。ドロキと名乗る青年の勉強動画がネット上に公開された。
前回同様、冒頭の一言以外は一切喋らず、カメラに視線も寄越さない63分の動画は大きな変化も起きずに再生されていった。ノートに消しゴムをかけたり、小首をかしげて教科書と睨めっこしたり、髪の毛を耳にかける仕草、「…ん」という小さな咳払いの声がマスクの下からくぐもって聞こえた。
「今日も1時間」
初投稿から一ヶ月。1週間に1回のペースで上がる動画の再生数は少しずつ増えていた。大きな変化もない、静かで面白みのない63分の動画に需要があるのか迷っていた青年は何故か増えていく再生数に疑問を持っていた。動画冒頭以外に全く喋らないし、勉強している内容を見せるでもないのに視聴者は何が楽しくて見ているのだろうか。視聴者の需要はわからないけど自分の集中力向上ついでに収益が得られるのでまぁいいか、と青年は納得して今日もシャーペンを走らせるのだった。
「コメント来てる。……むぅた」
ピロンとスマホが鳴いて通知を知らせる。青年の動画に初めてコメントがついたことを知らせる通知だった。ユーザー名は「むぅた」。青いスカーフらしき布がアイコンに使われていた。ネット上の画像やユーザー名から素性の隠れた相手を推し量ることは非常に難しく危うい行為とも言える。初めてのコメントを読みながら白いマスクをつけた青年は小首を傾げた。『なんの勉強してんの?』という質問に動画冒頭に応えてみようと思ったのはただの気まぐれだ。
「今日は物理。後で科学するかも」
分厚い教科書をカメラに向け、初めて勉強内容を視聴者に伝えた。
「こんばんは。今日は歴史の戦国時代」
ローテーブルの上には筆記用具とノート。初投稿時から変わらないアイテムが並ぶ変化の乏しい動画の再生数は青年の予想に反してぐんぐん伸びていた。再生数だけでなくコメント数も増えていた。
勉強に関する質問、どうやって暗記しているのか、通っている予備校はどこかなど。それ以外にも青年の容姿を褒めるものやプライベートな質問を投げかけてくる者も少なからずいた。
一番最初にコメントをくれた「むぅた」には返答したものの、青年は他のコメントに一切返事も反応もしなかった。にも関わらずに青年に寄せられるコメントがやむことはない。皆、暇なのかなと見当違いのことを考える青年は今日もシャーペンを走らせた。
シャーペンを顎でノックする無造作な仕草、器用にペン回しをする長く白い指、マスク越しに聞こえるくぐもった溜息。あぐらをかいたり、正座をしたり、足をくずして立て膝で休憩する無防備な姿が密かな人気になっていることに彼は気付かない。
ガタガタっと音がしてマスクをつけた青年が画面に映り、冒頭挨拶もせずに英語のワークブックを画面に映してぺこりと頭を下げた。続いてルーズリーフが画面に映りそこには男の子っぽい無骨な字で「今日は英語。知り合いが家に来てるから喋らない。」と書いてあった。
ルーズリーフをおろしいつものローテーブルに座って右手を振った青年は早速、英語のワークブックに取りかかった。いつもの動画と変わらず衣擦れの音やエアコンの小さな稼働音が聞こえる変化の乏しい時間が流れる。今時珍しく電子辞書でなく紙の辞書を開いて単語を調べる青年の眼差しは真剣だった。蛍光ペンでマークをつけ、ノートにかりかりと単語を綴っていた32分48秒。青年の背後で部屋のドアがガチャリと開いた。
途端、青年以外の気配が動画内になだれ込む。プライベートを明かさずひたすら勉強だけを続けるミステリアスな青年の隠れた一面がカメラの前に曝け出されるかもしれない。素性も知らない他者に対する不可思議な期待、プライベートを覗いて見たいという下世話な好奇心が一つのカメラに注がれる。
髪の毛を耳にかけながら青年が背後を振り返る。ぱさっという髪の毛の擦れる音が一瞬響き、暗転した。不自然に途切れた画面が暗転から復帰すると青年が座椅子に座り直す所から再度回り始めた。背後のドアは既に閉められており、青年以外の気配はもうその部屋からかき消えていた。
ローテーブルに向かってルーズリーフにシャーペンを走らせた青年は何事かを書き終えると膝をついてカメラに近寄りカメラに向けてルーズリーフを見せた。
「今日は終わり。飯行く」と無骨な文字が画面に映って五秒後にカメラの電源は切れてしまった。
この日の動画は34分で途絶えてしまった。
「こんにちは。今日は知り合いが家に来るまで数学」
いつもの挨拶を終えた青年がカタカタっと音を立てながらカメラを持ち上げた。ローテーブルを映していたカメラはゆらゆら揺れながら宙を移動すると、青年が勉強しているローテーブルの上に腰を落ち着けた。がたがたと画面外で三脚にカメラを設置した青年をちょうど下から見上げるような形で映像が回り出す。
「ちょっとくらい他の事喋れって言われたけど、よくわかんねぇからカメラ位置変えることにした」
誰に貰った意見なのだろうかと視聴者が邪推を始める。
適当なテーマで喋れば良い物を真面目な青年はカメラを自身に近付けるということによって動画に変化をもたらした。友人のアドバイスを素直に受け入れる若者らしい考えが伺い知れる青年は一瞬、カメラを見つめるとマスクの下で柔和に笑った。
いつもの勉強が始まる。普段の動画よりも青年に近いせいでより細かな音が視聴者の耳をくすぐる。ノートを押さえるかさつく手の音、シャーペンを走らせる微細な筆記音、瞼と共にはためく長い睫毛からぱさりと音がする。マスクの下でくぐもって聞こえる規則的な呼吸音と僅かに曇る眼鏡のレンズが生々しく青年との近さを表わしていた。
時々ちらっとカメラを確認する鋭い眼差しが視聴者の心を掴んで離さない。
青年が笑ったのは一瞬だったにも関わらず、この日の動画再生回数は過去最高のものを叩き出し、カメラを覗き込む青年にコメントが殺到した。
青年が始めて笑った動画以降、新しい動画がアップロードされなくなった。
1週間に1回更新されていた動画はネット上でもちょっとした話題になっており、更新を心待ちにしているファンもいた。プライベートなことを一切喋らず勉強に打ち込む青年に関してわかることはレベルの高い勉強をしているということ。部屋の内装は非常にシンプルで乱雑な風景ではないということ。知人が時々訪れるということ。必ずカーテンが閉まっていたので住んでいる場所を特定出来るような要因は見つからず、視聴者はただ待つことしか出来なかった。
それから一ヶ月、青年の動画には何の音沙汰もなかった。ただ青年のファン達が動画再生数を上げ続け、好き勝手にコメントをする日々が続いていた。
『ドロキくん?さん?幾つなの?学生だよね?』
『髪の毛サラサラすぎんか』
『作業用にしてます!私も受験生です!頑張れって言って欲しい!』
『マスクとって』
『教科書めくる音が好き。ページめくるだけの動画あげてほしい』
『すきです』
『こんな彼氏ほしい』
『絶対モテんだろ』
『かっこいい』
『左耳にピアスしてる?』
『可愛い~。髪の毛サラサラ。』
『左耳ピアスって意味なんかあったよな』
『作業用なのに作業にならん。ずっと見てる』
『勉強頑張って』
『同じ教科書つかってる』
『髪の毛くしゃってするとこ可愛い!』
『新しい動画まだー?』
『動画見てる人はいいね押して』
『反応して』
『動画はよ』
『ドロキくん、どこにいるの』
青年が動画をあげなくなって一ヶ月と10日、視聴者の元にライブ中継を知らせる通知が走った。
喜んだ視聴者は続々と青年のライブ中継に集まり真っ暗な画面の前で青年が話し始めるのを今か今かと待ちかまえていた。63分の勉強動画しかあげなかった青年がまさかライブ配信をするとは考えてもみなかった。ライブ中継にはコメントチャットが許可されており、暗い画面の横に次々とファンのコメントが流れていった。
『ライブ!嬉しい!!』
『久しぶり』
『どろきくーん』
『待ってた!』
『このままお喋りしてほしい』
『名前よんで』
『すき。かっこいい。ずっと待ってた』
午後18時36分。がたがたっと暗い画面の中で音が響き、暗転していた画面に光が差す。白飛びした一瞬の後、目つきの悪い男がこちらを、いやカメラをじっと覗き込んでいた。
「おー、俺だ」
いつもの青年ではない男がのっそりと画面を覗き込み、ニヤリと笑うと流れていくコメントチャットを目線で追っていた。
視聴者は驚愕した。画面に映し出された男の背後には青年が勉強していた部屋、男が覗き込むカメラにはいつものローテーブルが映っている。筆記用具とノート、ノートパソコンが置かれていたテーブルに肘を突いて頬杖をつく男は興味深そうにカメラとパソコン画面を交互に眺めていた。突如現れた男に対する疑問の視聴者の声がどんどんコメントに流れ込んでいくにも関わらず、男は一切応えずにニヤニヤと笑うだけだった。
「なーなー、始まったー」
おもむろに後ろを振り返った男が猫撫で声を上げると、応えるように部屋の奧からかたりと音がした。続いてぺたぺたとフローリングを踏む足音が部屋にこだますると画面の中に黒いスキニーパンツを纏った足が映り込む。頬杖をやめた男が体をずらして画面すれすれに移動すると、その隣にすとんと足の主が腰を下ろした。あの青年だった。
「こんばんは」
青年はいつものように、いつもの調子でカメラに向かって右手を振った。
色白い顔はほとんど無表情に近かったが口の端だけは少しだけ上がって見え、まるで微笑んでいるかのように見えた。視聴者が青年の口の端を捉えられたのは青年がマスクをしていなかったからだ。マスクを外した青年が居住まいを直しながら小首を傾げて画面を覗き込むとその美しい顔の全てがカメラに映り込み、視聴者は爆発したようにコメントの嵐をまき上げた。
「うおー、すっげぇなこれ。コメント?チャット?」
「へぇ、すごい」
それまでニヤつく男に対する疑問がほとんどだったコメントは沸き立ち爆ぜていた。
青年の動画配信に喜ぶ者、マスクで隠されていた青年の全てが無防備に晒されたことに興奮する者、予想通り美しい顔していたことを賞賛する者、その隣に座る男の存在を強く疑問視する者など。身勝手な視聴者の反応は嵐となってコメント欄に炸裂していった。
「ふーん」
勢いよく流れていくコメントの速さに驚く青年は画面を眺め、小首を傾げながら左手に持っていたマグカップに口をつける。コメントを読もうとして自然に鋭くなる眼光をパソコンに向ける青年の隣でニヤつく男はコメントを追う青年の横顔を眺めていた。コメントに対する返答もせず暫く笑って青年の横顔を眺めていた男はカメラに向かってにたりと不気味に笑いかけ、口を開いた。
「えーっとね、今日は忠告をしにきました」
「は?」
夕飯の時間でーす。カレーたべてくるる。
本日21時から、YouTube上で公開されている「ハイアンドロー ムービー」の鑑賞会を予定しています。お手すきのフォロワッサン。つきあってやんよというフォロワッサンいましたら是非かまってください!私は轟洋介と村山良樹がでるたびに爆発する予定です。ちんちんは星になった。
では~お付き合いしてくださりありがとうございました!
ばいちゃ。
コメントを追いかけていた青年が男に向き直ると美しい横顔にかかる銀色の眼鏡の奥で鋭い瞳が驚きに大きく見開かれていた。男はカメラに向かって舌を出し、右目下の皮膚を片手で引っ張るとあっかんべーと笑って挑発的な目線を作る。過剰反応した視聴者が男に対して様々なコメントを投げつけてくることを見越していたように昏い目が笑った。
「この子、俺のだかんね。これ以上あんたらに見せねーから」
男は左手で青年の顎を掴むと角度をつけてその唇を奪い、目玉だけで画面を睨むと空いている右手を伸ばしてカメラの電源をオフにした。
18時36分から僅か17分だけ続いたライブ配信はアーカイブを残さずあっけなく削除された。また今までの動画もライブ配信の翌日には全て削除され、チャンネルそのものもネットの海から抹消された。
あとは男と青年の口付けが視聴者の脳内に焼き付くだけだった。
カット
Latest / 69:14
カットモードOFF
51:27
ななし@90e49d
難しい言葉が好きな小娘ですので海近くの施設を調べました…!!了解しました!!
51:58
ななし@fd52ca
すみません!コメント先を間違えました!
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向き
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ピクブラにあげる小話を編集します。
初公開日: 2020年04月04日
最終更新日: 2020年04月04日
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