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タカヒラナツキが私のもとに駆け込んできてから、数週間後。彼女のタカヒラアカネが、覚醒剤を所持していた疑いで逮捕された。どうやら、彼女の付き合っていた彼氏が持ってきていたらしい。
祖父母に引き取られることを拒んだタカヒラナツキは、結局施設に送られることとなった。この教会からさほど遠くなく、将来はこの教団の経営する寮に寝泊まりすることを望んでいるらしい。
「お姉さん、ここはキリスト教の教会なの?」
「そうだよ、でも、ここでは『ヨダツヤ様』と呼んでいるの。せっかく来てくれたあなたたちに、栞をプレゼントするね」
「わぁ! ステンドグラスだ!」
黒い服に身を包んだ彼女は、一般公開された教会にやってきた子供たちと遊ぶ役目を果たしている。栞には教義が書いてあるけれど、子供は物語の一種か何かと捉えて真面目には取り合わないだろう。それでも、若き芽に水をやるのがこの教団であれば、きっといつかはこの教団らしく美しく花開いてくれるのだろう。
シスター・ブルー、と私のことを呼ぶ彼女の顔は、確かに初めて来たときよりはるかに美しくなっていた。我々のスポンサーとなっている化粧品会社のコスメを使って、我々のスポンサーとなっているブランドの服に身を包んで、他の信者に早変わり。
若く熱狂的な信者は、いつの時代も必要とされてきた。無神論者が蔓延る現代社会において、その熱こそが宗教という炎を消さないでいてくれる。
「シスター・ブルー、何かお手伝いできることはある?」
「そうね、庭の水やりを頼めるかしら。私は少し、お出かけに行ってくるわね」
タカヒラナツキに手を振って、私は裏口から教会を出る。今日は、ヨダツヤ様との交渉があるのだ。
予定時刻よりも早く向かったのに、スーツ姿の少年は笑みを絶やさないで待っていた。どれだけ早く向かっても、彼は決して私よりあとに来たことが無い。思わず苦笑しつつ、ティーテーブルに彼を座らせた。
「お待ちしておりました、ブルー・ウィリアムさん」
「いつも貴方の方が早いのね」
髪を綺麗にセットした彼は、顔さえ見なければ営業マンのようだ。しかし、その顔は酷い童顔といって差し支えない。ポケットからシガレットを出すと、ライターで火を点け、口元へと運んだ。
「日頃から多くの『与奪』に感謝しております」
「そうね、タカヒラナツキの件も早く対応してくれて助かったわ。まさかヤク漬けの事実を作り出すなんてね」
「我々は、ブルー・ウィリアムさんのオーダーどおり、タカヒラアカネさんに『表の世界で生きていけないほどの不幸』を与えただけですから」
「タカヒラナツキには『親との不和』なんて生易しいものを与えておきながら、大人相手には手厳しいのね」
「貴方がオーダーしたとおり、タカヒラナツキさんに『ありったけの幸運』と『信頼できるものの崩壊』を与えただけです」
機械的な返答に、私は呆れて溜め息を吐く。まったく、この「与奪屋」という輩は、不幸という病の患者につけこんで、勝手に人生を操るなど、外道にも程がある。
されど、私は永遠に「不幸」だから仕方無いのだ。
「ところで、次の与奪はいかが致しましょうか?」
「そうねー、まだ前の神父が残した借金の返済には時間がかかりそうだから、また信者をいただこうかしら。まったく、あのクソ男は、自分もヤク漬けになるなんて」
「『麻薬の商売相手を与えてほしい』という願いで宜しいですか?」
「えぇ、それで」
「承知致しました。日頃からの御愛好、ありがとうございます」
そう言うと、謎に満ちた少年は、真昼の月に溶けるようにしてすっと消えてしまった。
神様なんていない。神様がいたとしたら、こんなクソみたいに重い借金なんて抱えないし、宗教は栄えるし、麻薬なんて売る必要も無い。でも、私たちには与奪屋様がいる。
嗚呼、麗しの与奪屋様。私たちから苦痛を奪い、幸福を与えてくださいな。