それを見たらだめだ、と思った。だのに、視線は吸い寄せられ、身体はふらふらとそちらに近づいてしまう。懐かしい姿、懐かしい声、懐かしい顔――記憶にあるそれとはまったく違うはずなのに、一目見てわかった、あまりにも変わってしまった幼馴染。
「シルヴァン!ダメです、それ以上は……!!」
 制止する強い声は、突出したシルヴァンに強引についてきたアッシュのものだ。けれども今のシルヴァンの耳に彼の声も届かない。あちこちで血煙が立ち上り剣戟の音が響く戦場を、シルヴァンは吸い寄せれるようにそちらへと向かう。
「シルヴァン!!」
 ぐいと強い力で腕を掴まれて、衝撃と共に冷たい土が口の中に入り込む。気づけば身体ごと組み伏せられていた。自分よりも随分と頼りない体格の青年だと見くびっていたが、アッシュの体術は決して馬鹿にできる代物ではないことをシルヴァンはすっかり忘れていた。それでも、顔は幼馴染の――咆哮するディミトリの方へと向く。
 ひとり満身創痍のままでふらふらと戦場を彷徨う将が見つかれば、どうなるか。ディミトリは呪詛のような声を吐きながら帝国軍の陣営へと向かっていた。当然、待ち構えているのは帝国の屈強な軍隊だ。
「エーデル……ガルトォォォォォオオオオ!!!!ァアアアアアアア!!!!」
 獣の絶叫とともに、ディミトリは遺産を振りかざして突撃する。何人かの帝国兵が蹴散らされる。腕が飛び、首が飛び、足がもがれ、それでも皇帝を守ろうとする帝国兵も決してひるむことなく向かってくる狂暴な獣を止めようと槍を、剣を、弓を次々と繰り出してゆく。鋭い音、重く地面を駆る音、土ぼこりと血しぶきと肉の塊と、そこにあるのはただの殺戮だった。
「殿、下……」
「シルヴァン、いきましょう」
 アッシュに押さえつけられたまま、シルヴァンは掠れた声で目の前の光景に、すがるように視線を向けている。そんなシルヴァンを、強引に抱え起こし、アッシュは帰陣を促した。同盟軍はいまだ戦力を温存しているし、王国軍はディミトリ以外ほぼ壊滅状態といっていい。あとはエーデルガルトがどう出るか、クロードがどのように陣を動かすかだが、いずれにせよ一時帰還すべきだろう。
 いくら英雄の遺産を持つものが一騎当千とはいえど、ディミトリは負傷しており付き従う兵も最早なく、あまりに多勢に無勢。すでに勝負はついていた。
 過去の亡霊に捕らわれている場合ではない。それは、理屈だった。
 そんなことくらい、シルヴァンもわかっていた。だが、身体が動かなかった。アッシュに握られた腕を離さずに、けれども身体は反対の方向を、ただじっと敵陣に突撃してゆくディミトリのそれを眺めている。
「でんか……殿下……俺、は……」
 シルヴァンが鳶色の瞳を見開いて眺める光景は、やがて、殺戮は一方的なそれになった。
 一人の兵士の剣が、ディミトリの右肩を貫いた。
 矢が、ディミトリの頭部を穿つ。背に、何本もの矢が刺さり、槍が、背に、腹に、胸に、足に、何本も刺さってゆく。
 天を裂くような咆哮をあげて、それでもディミトリは立ち尽くしながら遺産を振るい、兵士たちを蹴散らす。血しぶきと肉塊が宙に舞い、ディミトリは赤黒く染まりながら叫び、嗤う。そうして殺戮に酔いながらも、帝国陣営へと確実に一歩一歩、近づいてゆく。
 咆哮と殺戮は、一瞬、帝国兵を委縮させる。だが、それは一瞬で、弓手兵がその体躯に弓を放てばディミトリの身体が一瞬ぐらりとゆれる。次々と打たれる矢を粗雑に振り払いながらディミトリは進む――まるで痛みを感じてはいない、死などはおそれないというふうに、禍々しく光る遺産を掲げながら、屍を重ねて、進んでゆく。
 突撃する帝国兵と、ゆっくりと、確かに歩み寄るディミトリ。
 だがそれも、時間の問題だった。
 何度も刺され、何度も打たれたその身体は、赤い血潮とともにディミトリはぐらり傾けき、やがてゆるやかに地に横たわる。
 言葉にならないこえを血反吐とともに吐き出して、必死に腕を伸ばし、そこでディミトリは事切れた。
 シルヴァンはその瞬間、声にならない声をあげそうになり、アッシュがその口を腕で強引に塞ぐー自分たちは同盟軍の兵士だ。ましてシルヴァンは単騎で突出してきたため配下の兵も連れてはおらず、アッシュもまた単独行動の為自分の配下をユーリスに預けてきていた。つまり、この状況で帝国兵に見つかれば非常にまずいことになる。
 理屈では分かったが、それでもシルヴァンはッシュの力に反するように、その手を手袋ごとか満ちるように声にならない声で、名を呼び続けた。漏れるのは半端な音だけだったが、幼馴染の名をシルヴァンはなんども叫んだ。
 帝国の兵士たちは、それが完全に死んだと確認すると、やがて、その場から去ってゆく。
 首級すらも持ち帰れないほどに、その遺体は凄惨だった。或いはそれが旧ブレーダッド家の嫡子であるなどとは、知らなかったのか。遺産を持つ英雄であると、考えなかったのか。旧王国の旗印もなく、怨嗟と呪詛に染まった双眸はまるで別人のごとく、彼がかのディミトリであるなどとは誰も思わなかったのか。
 血の匂いに塗れた砂煙が舞い上がる。
「……アッシュ、悪かったな」
「いえ……」
 シルヴァンはアッシュの手をつよく、握りしめたまま、呆然とただの肉塊となったかつての友人、幼馴染であり主君であったものを眺めている。アッシュのてのひらの温もりがなければ、多分あの死体に駆けよって自死したかもしれないと思うほど、シルヴァンの中は空虚に満ちていた。その空虚の中、アッシュの手のぬくもりだけが、この世のもので、シルヴァンを世界につなぎとめている。
 アッシュもまたそれを理解しているのか、けっして離れることはなく、それ以上シルヴァンに言葉をかけるわけでもなく、ただ傍らに立っているだけだった。
 そこから帰陣は、ふたりとも無言だった。ただ、先立つのはアッシュで、シルヴァンは幼子のように年下の青年の手を強く、すがるようにつよく握りしめている。それだけが心のよりどころなのだとばかりに、ふらふらと何も言わず、その瞳はどこを見ているのかもわからず、ただ、アッシュが導く方向へと歩いている。
「シルヴァン……もう少しで、本陣につきます。僕は先生の指示を仰いでまた前線に」
 アッシュの言葉を遮るように、シルヴァンは薄い背中に抱き着いた。今は誰も周囲にはいないという状況が、友人を喪ったという喪失感が、途方もなく恐ろしくなったのだ。そして、目の前にいる体温に、突然縋りたくなった。
「アッシュ」
「……シルヴァン」
 名を呼べば、どうしたのだとばかりに振り向く。その表情は困惑気味ではなく、どこか痛ましいものを見るような、それでいて優しく包み込むような柔らかさがあり、シルヴァンは出かかっていた言葉を飲み込む。
「ごめん。ごめん、アッシュ。なんでもない。いや、なんでも」
「何でもないって顔じゃないですよ。……わかりました。先生に頼んでみます、多分左翼はイグナーツとリシテアにフェリクスがいるから大丈夫でしょうし、本陣にはレオニーとツィリルが向かってます。援護はイングリットにローレンツ、ドロテアがいますから、僕は少し、休ませてもらいます。右翼の敵は先行したハピとヒルダにと君で片づけちゃいましたからね。ただ、ユーリスに軍を預けてきたので、僕は彼のところにはいかなきゃならないですけど」
 何事もなかったかのように、ふわりと笑みを作ってアッシュはシルヴァンに告げる。憔悴しきったシルヴァンの頬を一度だけするりと撫でて、子供に言い聞かせるように。
「君は、休まないと。戦いはまだ終わってないですけど……君一人で戦況が変わるような状態でも、ありませんから」
「……ああ」
 絞り出した声はひどく掠れていて、自分のものではないような気がした。
「そう、わかった。ありがとうアッシュ」
「ある意味お前たちに全部任せちまった俺の采配ミスだ。いや……ともかく、シルヴァンも、な。戦況はまだ落ち着いちゃあいないが、少しくらいは休めるだろう」
 
「おいおい、よしてくれよ先生にクロード。俺はそんなにヤワじゃなあない。それに……どこかで覚悟はしてましたから」
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なんかかく
初公開日: 2020年04月03日
最終更新日: 2020年04月03日
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コメント
進捗
シルアシュ原稿二冊目やるよー
ひの
とりあえずなんかかくよ
カスドロでもかいてみますね かけるかな
ひの
ゆう喜現パロネタメモ
壁打ちしてたら割とまとまってきたゆうぎり喜一の現パロいちゃいちゃ世界線のメモ
篠畑