平穏に過ごしていた月曜日の祝日、電話でヒカゲに呼び出され、連れて行かれたのは百貨店の地下だった。昼には少し早い時間帯だが、惣菜や食品の売り場は家族連れでごった返している。
「明日、大事な商談があってさあ。そのまま行っても愛想がないから、菓子折りでも持って行こうかと思って」
 なんの用かとヒカゲに訊いてみれば、こんな返事だった。基本的にはチャラ男な奴だが、対人スキルは部署内の誰よりも高いだけあって、休日返上で準備をするだけの行動力もあるというわけか。
 それはさておき、営業でもなんでもない事務員の俺が、なんでこいつの菓子折り探しを手伝わされているのだろうか。
「ほら、相手だってニンゲンじゃん。オレには菓子の美味い不味いがどうも判んねーっていうの? 一応、知り合いからオススメはいろいろ聞いたけど、試食して決める系って一番困るんだよね~」
 エルフのシンボルとも言えるヒカゲの長い耳には、休日だけ解禁なのであろう、金ぴかのピアスがずらり。要するに、ヒトとエルフは味覚が違うから、ヒト用のお菓子でいいものを探すときの指標係として俺が呼ばれたわけだ。
「だからって、なんでよりによって俺なわけ?」
「一番、電話したらすぐにきてくれそうだったから」
「パシリかよ」
「違うちがう、大事な同期、仲間だろ~」
「うるせえ、『こいつはチョロい』って顔に書いてんぞ」
 突っぱねてみたものの、どうせ予定のない祝日なんて意味もなく過ごして意味もなく終わるものだし、ちょうどいい。しばらく職場と自宅の往復ばかりで飽き飽きしていたし、たまには賑やかな町に出てみるのも悪くないだろう。
 地下のフロアの奥まで行くと、和菓子や洋菓子の専門店が並んでいた。ショーケースに並んだサンプルや、棚に広げてあるギフト用のラッピングまで、色とりどりで目が回りそうだ。
 ヒカゲが事前リサーチした店の名前をいろいろ教えてくれたが、フランス語だか英語だかも判らないカタカナ言葉ばかりで、右耳から左耳へ通り抜けていくだけだった。
「かさばらない少数精鋭か、あとで会社に持って帰ってもらって社員一同と分け合える大箱か……」
「サイズはいいとして、どうやって味を確認すればいいんだ?」
「弥志くんはかわいいから、適当に歩いていてくれたら店員さんが試食させてくれるよ」
 ヒカゲのジョークはあながちウソではなかった。
 洒落た品物や看板に足を止めるたび、手の空いている販売員たちがこれでもかと構ってくれて、試食の問題はすぐに解決した。
 ただし、食べている当の本人が「全部おいしい」というざっくりした感想しか言えないので、ヒカゲの参考になっているのかは不明だが。
 ひと通り店内をチェックしたところで、ヒカゲはどれを買うかを決めたらしい。待っている間に小用でも済ませようと、フロアガイドを見に行くと、催事の案内看板が目に留まった。
「ふーん、そんな季節か」
 赤くて白くて、キラキラしたシーズンイベントのご案内。まだ数日の猶予はあるが、きっと会場は若い女の子で賑わっているのだろう。
 そういえば、ここのフロアにもそれらしきラッピングの品物が並んでいたような。
「やっほー、買えたよ。あっれー弥志くん、もしかして、こっちが気になったりするの?」
 百貨店の紙袋を手に、戻って来たヒカゲは開口一番この調子だった。
「いや、逆だろ。今月のやつは女子から男子にってイベントじゃん」
「最近はそうとも限らないんだよな~、これが。友達にとか、いつも世話になってる相手にとか、結構なんでもアリになってきてるし」
 しょうがない、付き合ってやろう。などと、上から目線なヒカゲに言われ、俺たちはイベント会場がある九階へ向かった。
「単純に、ヒカゲがあげたい相手いるだけだったりして?」
「オレはいいの。当日まで黙って涼しい顔しておいて、何個もらえるかっていうのが面白いんだからさ」
「モテる奴は言うことが違うねえ」
 俺の場合、恐らく当日はオフィスにずっと篭って、昼休みぐらいに女性社員からお菓子をひとつもらえたらいいほうなんだろう。数は問題じゃないとか、誰から貰うかが大事とか、まともに相手してもらえない俺が言ったって負け犬の遠吠えだもの。
「心配するなよ、味ならオレが確認してやる。さっきのお礼も兼ねてな」
「え、なんの話?」
「とぼけんなよ、お前の考えていることなら分かるぞ。テラスに渡すんだろ」
「えええ……」
 直球というか、いきなり死球が飛んできた気分だ。
 こいつ、なんで知ってるんだよ。
「図星? それとも他に誰かいるわけ?」
「い、いません」
 というか、そもそも考えてすらいなかった。女の子だけが盛り上がってるイベントと思っていたし、そもそも俺たちは、そういう関係でもないんだけど。
「いいから渡しておけよ。友チョコとかでもいいからさ。いつも世話になってんだろ?」
「だからって、なんでこんなお高いところで買うわけ? 完全にガチじゃん」
「ガチじゃなかったらわざわざ催事コーナーの看板なんかガン視してねーだろ?」
「え?」
「え?」
 催事会場は予想通り、若い女子ばかりだった。休日とあって、中学生や高校生ぐらいの女の子たちが多く、友達と連れだって店から店へと歩き回っている。
「便乗っていうのもあるかもしれないなぁ。こんな高級スイーツ店がこんなところまでくるなんて、滅多にないことじゃん。本店は外国とか、そういうすごい店も出てきてるはずだぜ」
「お前、めちゃくちゃ詳しいな」
「いやあ、実は去年にきたことあってさあ」
「当時の彼女用に?」
「うーん、そんな感じ?」
 場違いすぎる空気にあまり長居したくない、と言いつつも、地下と同じで見ているだけでも楽しい場所だ。綺麗な球状のチョコレートや、宝石みたいに透き通った砂糖菓子、板チョコに金細工のようなデコレーションを施したものなど、値段はとんでもないが、いかにも一流なものばかりが並んでいる。
「ところでエルフって、チョコ食って大丈夫だっけ?」
「味はヒトと一緒で好き好きだよ。けど、カカオが多いとお腹壊す奴もいるらしい」
「テラスはカカオ大丈夫かなあ」
「あ、やっぱりあいつに渡すの確定なんだ。先に電話して確認しとけよ?」
「うるさいやい。いらないって言われたら自分で食ってやる」
 どっちにしろ、こんなところに来るなんて、そうそうない出来事なんだし。
 俺は高級すぎる雰囲気の店を飛ばして、かわいデザインで小さめの箱を探し歩いた。
 スーパーやコンビニに並ぶ袋菓子より一桁も二桁もでかいお菓子を初めて買った。これだけの小さな箱で、普段行ってる牛丼屋の特盛が二杯分買えるのか。
 不毛な計算はさておき、俺はどうにか会計を済ませ、素晴らしい品物が入った小さい紙袋を受け取った。
「ヒカゲは何か買うの?」
 念のためもう一度訊くと、「今はいいや」との返答だった。
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しのやまねこ
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しのやまねこ
違った、9Fだ。
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しのやまねこ
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はじルフ
初公開日: 2020年02月01日
最終更新日: 2020年02月01日
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創作BLでぴくぶらのアレをこれ。