スコープ越しに監視するのは、目標である幼い少女だ。
少女に関しては、よく分かっていない。
写真だけ渡されたのみだ。
けれど、ただ、僕は命令されたことに従う。
そうでなければ、僕の成績が下がる。だから、やる。
成長するためには、必要な新人期間だと思っているから、別に休日がなくても――いや、話が反れた。
意識を少女に集中し直す。
愛らしく、あどけない容姿に、ふんわりとしたうさぎの耳のように2つに結わえた髪。
僕の銃に装填しているのは、麻痺弾であるし、別にこんなことは何回もやっていること。
でも、流石に小学生ぐらいの少女を射止めることは気が引けた。
少女は伏し目がちで表情が読めない。どこか大人びているような気もするし、反対に大人の言うことを聞く、従順な子どものようにも見えた。
いきなり、少女が顔を挙げた。うさぎの耳がぴくり、と動く。
何か音がしたのだろうか。
ふわり、としたスカートが揺れて、奥の……扉かな、へと駆け寄る。
しかし、その足をぴたり。と止めた。
僕が不思議に思っていると、少女はくるりと振り返った。
少し目があった気がして、冷やりとする。
目を逸らすと、少女は小首をかしげて、視線を合わせに来た。
確実に、此方を見ている。まるで蛇が、優しく此方を見つめているようだ。
少女は、唇をそっと動かして、言葉を紡ぐ。
僕は、その唇の動くをなぞって言葉を追っていく。
「う、っ、て、い、い、よ」
――見透かされている。
少女は、くすり。と微笑むと、指で作ったピストルで、僕を打った。
その視線は酷く冷たいもので、射殺されてしまいそうだった。
思わず、心臓が跳ねて、指が凍り付いて。身体、が、動かない。
否、動かないのは比喩ではなく、指が凍り付いているのも、――比喩、ではない。
氷が纏わりついて、動かないのだ。
指に力を込め続けているのに、その弾が発射されるのを彼女に操縦されているようだった。
それを全部悟っているのか、少女は愉しそうな笑みを見せた。
その後に、彼女は待っていたであろう扉の向こうの人に、言葉を返して、扉を開けた。
このまま見ていていいのだろうか。
死の恐怖を感じて、心臓の早鐘が耳を劈く。しかし、此処で引いてしまったらいけない。
否、死んでもいいから、この少女を追いたい好奇心がある。死の好奇心。スリル。
そういったものに、昔から僕は魅入られてしまうのだ。
眼を開けて、彼らを観る。
どうやら、扉の向こうにいたのはロマンスグレーという風貌の壮年だった。
少女は笑顔を向けて、ふわりと彼を抱きしめた。
「✕✕が、とうとう届いたんだよ」などと会話を交わしている。
✕✕、とはなんだろうか。
どこか、読唇術を間違えたのか、読み取れないのか。
✕✕が僕の名前に間違えて読んでしまって、やっぱり✕✕が読み取れない。
それに、その✕✕というものを探そうとしても、そんな箱だったり、物騒なものは何処にもない。
そもそも、この二人は親子なのだろうか。
暖かく、睦まじく✕✕についての会話を交わした後に、彼は少女の頭をぽん、と撫でる。
すると、少女は深い溜息を吐いた。
一瞬だけ眉を潜めて、苦しそうな顔をしてから、そっと眼を細めて、微笑む。
瞬間、カチャ…と自分の指先から、音が、した。
氷がいつの間にか、溶けてい……っ、待っ、
どん、という破裂音が響いた。
銃口から鋭い火花が見えて、赤、赤、どろり。鈍い肉の音がする。
頭が混乱する。真白で、真っ赤で、なに、が、どうなって…。
瞬間的に、察したことは、僕は、少女を撃ってしまった。それだけだ。
頭の中で、恐怖がリフレインする。
普段はこんなに恐怖を感じないのに。何かに恐怖を増幅させられているようで、目眩がする。
そう言っても、目標は達成なわけで。それを確かめなければいけない。
そっと、眼を開けると――、トマトが、破裂していた。
不思議に思って少女をみるも、少女はどこにもいなくて。
トマトを持った壮年が、やはり僕に向けて嘲笑っていた。
「これは、確かに合格だな」
耳元で、低い男性の声に囁かれ、鼓膜が震える幻覚に駆られる。
背筋がぞわっとして、思わず下がると、ふわりとした感触にぶつかる。
倒れ込んでしまうと、うさぎのような影が僕の身体を覆う。
「あっ、えっ、「やっぱり、正解だよ。お兄ちゃんは、魔術感受性がすっごく高いひとだね。たのしいな」
「……え」
見上げると、撃ったはずの少女が僕を見下ろして、唇を三日月にして嘲笑っている。
「あっ、へっ、いや、」
声が裏返って、恐怖で拳銃を取ろうとしても、その手が滑って、拳銃が遠くへ行ってしまう。
その拳銃を壮年が軽く踏みつけて、笑みを浮かべた。
どうすればいいのか、分からないままに視線を右往左往していると、二人に左右を囲まれた。
「わたしたち、暇だったの」
「玩具欲しいなぁと話していてね。適当に使いやすい人を見繕いたいなぁと、協会に連絡をした」
「ようはね、生け贄みたいなのが、きみだよ。あ、ころさないよ。優秀な感受性があるから、遊ぶの」
「先程の移動魔法やら、幻覚やら。君を媒介にしたから出来たことなんだ。どうやら、君を介して魔術を使うと能力が大幅に増幅されるらしい」
頭に入るような、入らないような言葉を言われて混乱している。
魔術とか知らない概念だ。知っているけど、そうではなくて。しかし、科学現象でぎりぎり証明出来るか、出来ないかを見せ付けられてしまってはもう何も言えない。
「はじめまして、わたしの玩具」
「違うよ、らびっと。僕らの玩具だ」
「「これから、悪いこと、一緒にしようね」」
これが、僕と二人との出会い。
これは、我儘に生きている二人の玩具になりながらも、
現実と理想を知ってしまう僕が、優等生から問題児へと成り下がっていく最高の昔話だ。