王が崩御された――。
その報せは瞬く間に王都を駆け巡った。そして誰もが嘆き悲しんだ。それは王の一人息子であるノイト王子も例外ではなかった。
「うう……父上」
ベッドに横たわる王の亡骸を前に、ノイト王子はぽろぽろと涙を流すばかりだった。彼の手には一冊のレシピ本が。
「父上、なぜレシピ本など遺されたのです。こんなもの、どうしろと……」
『ノイトよ。私が死んだら、この箱を開けてみなさい。お前にとって大切なものは、その中に入っているよ』
亡き国王がそう言ってノイトに託した小さな箱。その中に入れられていたのが、古びたレシピ本だったのである。
開いてみても、時間の経過により風化して痛みきったそれはほとんど読めないページばかりだった。文字はかすれているし、破けているページだってある。
宮殿の図書館にある四〇〇年前の書物だってここまで傷んでいないのに。
「父上、お教えください。こんな本を僕に託してどうしようと言うのです!」
と、そのときだ。
執事が恭しくノイト王子の前に進み出た。
「恐れながら、王子。お教えいたしましょう」
「き、きみは……エドゥポル!」
エドゥポルはものすごく歳を取った執事で、王がまだ子どもだった頃からこの宮殿で仕えている古い従者だ。
彼は遠くを見るような、懐かしい思い出でも振り返るような顔つきになって、言った。
「そのレシピ本に書かれしは、『夢幻のプディング』という失われし神秘のドルチェ。そのプディングを一口食べれば、食べた者は真の強さを手に入れられると伝えられています」
「な、なんだって?」
ノイト王子の困惑っぷりも気に留めることなく、エドゥポルは続けた。
「夢幻のプディングを作るためには、世界各地に散らばった幻の食材を集めなければなりません。すなわち、硝子の卵、虹喰いから搾り取った新鮮なミルク、月光を削った砂糖、そして、思い出の涙。それらを手に入れるためには、果てしない冒険に出なければならないのです」
「そこまでする価値のある食べ物なのかい?」
エドゥポルは頷いた。その顔は真剣そのもので、とても冗談や嘘を言っているようには見えなかった。
「そうですとも。父君も、あなたほどの年頃のときに夢幻のプディングを召し上がりました。そしてそのおかげで、勇敢で民からも慕われる国王となられたのです」
「そんな! 夢幻のプディングとはそれほど素晴らしいものなのか」
「信じられないでしょうが、本当です。ところで、王子。そのレシピ本がなぜそれほど傷んでいるかご存知で?」
「いや、知らない。だが僕も気になっていたところなんだ」
「実は」
エドゥポルは悪戯っぽい目つきになった。ノイトは自分が抱きしめていたレシピ本を見て、「まさか?」と尋ねた。
「そのまさかでございます、王子。父君はそのレシピ本を片手に世界中を冒険されました。そして自らの手で夢幻のプディングを作り上げられたのです」
「そんなことがあったなんて……あの仕事人間の父君が冒険を……」
ノイト王子はびっくりしてレシピ本を見つめた。傷んだページからは、山を越え谷を越え海を渡ったような、数々の冒険を想起させる傷の数々がたくさん刻まれていた。
それを見ると、王の気持ちが伝わってくるような気がした。
ノイト王子は、父の笑顔を思い浮かべながら、泣きそうな顔でエドゥポルに尋ねた。
「父上の気持ちはわかったよ。僕にも冒険をしろというのだろう。……でも、未熟な僕が、父君のようにできるだろうか」
「できますとも」
エドゥポルがあまりにもあっさりと断言したものだから、ノイト王子は面食らった。しかもエドゥポルは、そのシワの刻まれた顔に自信満々の笑みを浮かべていた。
「ど、どうしてそんな顔でいられるんだい。とても危険な旅なんだろう?」
「これで二度目でございますゆえ」
「まさか?」
エドゥポルはにっこりと頷いた。
「そのまさかでございます。わたくしめが夢幻のプディング探しについてゆくのはこれが二度目。王子、わたくしがあなたさまにお供いたしましょう。なに、わたくしがついていれば心配要りません。父君も最初はあなたさまのような、若くて気の優しい、等身大の青年であせられたのでございます」
こうしてノイト王子の冒険は始まった。
世界中の食材を集め、幻のレシピを再現するのだ!
***
「王子! 行きますぞ!」
「ま、待ってくれよエドゥポル。まだティーセットをトランクに入れていないんだ。メイドに言って、取りに行かせているところだから少し待ってくれよ」
ノイト王子の手には、身の丈ほどもある大きな重いトランクが一つと、背中にはこれまた大きくてぱんぱんに詰まった麻袋が一つ。
エドゥポルは眉をひそめ、じろりとノイト王子を睨んだ。
「何が入っているのです?」
「え? さっきも説明しただろう? だから、一ヶ月分の着替えと食器類と食糧、武器、防具、寝巻きセット、あと、そうそう。訪れた先で誰かにお世話になるかもしれないから、手土産も入っている」
「王子……」
「エドゥポル……?」
「この、バカモンが〜!」
どっかーん!
雷が落ちたようなエドゥポルの怒号が宮殿のホールに響き渡った。
「おい! 一国の王子に向かって、バカモンとはなんたる無礼!」
「王子こそふざけておいでですか? これは旅行ではないのですぞ。身分を隠して行く冒険なのでございます。従者もわたくし一人しかつけられませんし、余計な荷物は要りません。置いてお行きなさい」
「そんなぁ」
ノイト王子がガッカリして頭を抱えた、次の瞬間だ。
どっかーん!
急にものすごい衝突音があたりに響き渡った。続いて、きゃーっという悲鳴が聞こえた。
エドゥポルはさっと身構えた。
「王子! お気をつけください。何か来ます!」
「な、え、え? どっ、どこから!?」
「外、外でございます! ご覧ください! あちらに象が!」
エドゥポルが指差すほうを見て、ノイト王子はぽかんと口を開けた。
たくさんの歯車がきちきちと噛み合う嫌な音と、蒸気が噴き出すシューっという聞き慣れない音。蒸気のせいで白く霞むまちに、ようく目を凝らしていると……なんと、巨大な象がのっしのっしと、地面を震わせながら歩いてくるではないか。
「あ、あれは……」
ノイト王子には、あの巨大な象に見覚えがあった。隣国の、蒸気都市帝国(スチームパンク・エンパイア)の城下町――その街で一番大きな広場に設置されている金属製の象だ。
どうしてそれがこんなところに来て、しかも動いているのだろう!
考える間もなく、すごい勢いで象は突進してくる。その太くて重い足で家々を踏み潰しながら!
あちらこちらで悲鳴が飛び交っている。
「誰かー! 止めて! 止めて!」
すぐさま兵隊たちとエンジニアたちが象の元へと走って行った。
「今から出かけようってときにどうして」
ノイト王子の嘆きに、エドゥポルが答えた。
「答えはきっと――あれでございます」
エドゥポルが、年老いた顔に怒りを滲ませ、巨象の背後を睨んだ。
その目線の先を追うと、なんと、帝国の巨大戦艦がこちらに迫っているではないか。
象が来たときよりも激しい爆風が城を襲い、地面が突き上げるみたいにぐらぐら揺れた。
「十一時の方向、敵国の巨大戦艦です!」
兵士長の怒鳴り声も、砲撃の音にかき消されてしまいそうだ。
ノイト王子は慌てて荷物を放り出し、腰に携えた剣を抜いた。父亡きいま、立ち向かうのは自分だ!
けれど、エドゥポルがノイト王子を後ろからはがいじめにした。
「いけません、王子」
「どうして!」
「あなたが死んでしまってはこの国は終わりです。そしてあなたが行っても勝ち目はない。敵は兵たちに任せ、我々は逃げるのです」
エドゥポルの言っていることはもっともだった。
ノイト王子はがっくりとうなだれた。
「こんな……なんだってこんなときに……」
「こんなときだから、でしょう」
エドゥポルが言うには、王が亡くなり、王国が混乱しているいまこそが危ない時期であるらしい。
ノイト王子は帝国に命を狙われているようだ。
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スチームパンク大冒険
初公開日: 2019年10月30日
最終更新日: 2019年10月30日
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ひとりTRPGの一環として、ログを小説にまとめています。
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