朝の光がまぶたを急かすようにノックする。シーツに埋もれて右手を伸ばせば、かつんと無機質な何かに指が当たった。人工的な光が映し出すそれ。午前六時。セットしたアラームはたしか二時間後だった気がする。ああ、つまりは最悪ということか。しかも不機嫌をぶつける相手が太陽とあっては引き下がるしかしょうがない。
 呻きながらうった寝返り。目の前のものに顔を埋めてみたら、すこしは鬱々としたこの気分もまぎれる気がした。
 固い。ぬくい。思ったのはそんなところ。規則正しい鼓動に頬を寄せてみる。思った通り、眠気を連れてくるには十分だ。最近はどうにも朝晩が冷えるから、もっぱらこうして夜を共に過ごすことが多くなった。僕もこいつも寒いのはあまり得意ではない。敢えて使った二人称の行く末は、まあシャーロックのことなのだけど。余談だけれど世の中の人間、特にシャーロック・ホームズの信仰者たちは、彼を血も涙もない変温動物と勘違いするきらいがあるらしい。もちろん、彼は当たり前のように人間だ。むしろ体温は僕より高いかもしれない。ブログに書いたことはない。誰も興味を持たないだろうし、なにより僕自身がなんだか嫌だった。
 埋めた頭へと乗っかる手のひら。
 うるさい、と不満げな声が上から落ちた。
「たしかに、君について考えてた。おはようシャーロック」
「意識自体は浮上していた。君が盛大な音を立ててスマートフォンを手に取り、顔をしかめてみせたあたりから」
「躾がなってないな。おはようだろジーニアス」
「……まだ起床時間じゃないだろう」
 長い腕がにゅっと伸びてこちらの背中を引き寄せる。旋毛へと落ちたぬるいそれ。口付けというよりなんだか甘えているようで笑えてきてしまった。自分も先程まで似たようなことをしていた癖にだ。あー、似たようなっていうのは、つまり恋人じみたなにかってこと。もういい歳なのに。振り返れば笑えない。
 カーテンの隙間から見える青。心地よく眠る視界へ照り付けたのはどうやら晴天というものであったらしい。なんと珍しいこともあるものだ。かつて霧の町の異名をとったその場所だって、今ではすっかり姿を変えて視界を覆う靄とやらも出る日はそう多くない。まあ曇りと雨は相変わらず健在なのだが。珍しいな。僕の言葉を代弁するように同居人がそう呟く。たぶん推理とかではないのだろう。僕らはときおり共鳴するかのように心がまわるから。ちょっとロマンチック過ぎるかな。なにせ今は眠気とベストフレンドなのだ。多少は大目に見てほしい。
「ジョン」
 むずがるように君が呼ぶ。あいにく無駄にたくましい胸板に押し付けられたままなので表情まではうかがえなかった。残念。きっと今のシャーロックは僕の一番好きな顔をしている。そうだな、例えるなら情けない顔。褒め言葉だ。英国紳士というのはほら、大好きだろ。そういう回りくどい言葉がさ。
「心外だ。ニュアンスとは受け手側の問題だろう。ここでの受け手とは僕。つまり褒められているとは到底思えない」
「侵害だ。プライバシーのな。僕は思っただけで言ってない」
 抗議の声はご愛嬌。
 小さな諍いだって僕らにとってはピロートークと同じ意味。
「それで、なんだって?」
「なにが」
「呼んだのは君だろ」
 僕の名前を。診察に来る子供みたいに。
 落ちるのはなんとも気まずそうな咳払いで。首を傾げた僕の髪をしなやかな指がくしゃくしゃとかき乱してたまらなかった。口を開きかけて、また閉じて。言いよどむ姿にぼんやり思う。天候に引き続き珍しいこともあるものだ、と。
「無自覚だった」
「は?」
「二度は言わない」
「はは、なんだそれ。可愛いな」
「うるさい」
 ああもう!ようやっと引き剝がして絡ませたペールブルーは陽の光なんか目ではないくらい、真摯で拗ねた熱を伴っていて。頬に浮かんだ羞恥の色さえ愛おしくって仕方なかった。君さ、そういうところだよ。教えてなんかやらないけどさ。
「なあ、シャーロック」
 さっき僕は君に「おはよう」って言ったけど、あれ前言撤回していいか。アラームはまだ鳴らないし、起き上がる気も沸いてこない。
「勝手にしろ。僕も寝る」
「言われなくても」
代わりにさ、今日も飽きるくらい言おうと思う。
愛おしいって、くだらぬ冠詞で君の名を。
了。ありがとうございました!
 
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ハローワールド
初公開日: 2019年10月22日
最終更新日: 2019年10月22日
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コメント
SJ/ ビターブラックの憂鬱
シャロジョンのSS書きます。完成するまでか飽きるまで
KuKu
残る君
pixivに上げたSSS集「蚊帳の外」の続編になるかならないか
ぱな
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