新学期。
 新しい春の匂いが僕の鼻を通り抜けてまた別の誰かへ春を運びに飛び立つ。
 真新しい革靴が足を包み込んではいてくれるけれど、まだカチカチで箱を履いているみたいだった。
 確か、三つ駅を通過してから降りて、バスに乗って……。入学式の記憶をたどりながら改札を通る。通学のために買った定期券。これから文字が擦り切れるくらい使うんだろうなと思うと不思議と心がわくわくする。これから新しい毎日が始まるんだ。
 高校生はずっと大人で、格好良くて頼りになるお兄さんだと思っていた。それがどうだ。まだまだ社会の仕組みもわからないガキが、高校生になったぞ。三年前の僕に言ってやりたい。人間はそんなもんだぞって。
 みんなと同じように勉強を頑張って、運よく入れた都内の進学校。友達とは散り散りになっちゃったけれどこれからまた新しい環境に進めると思うと不安が半分、期待が半分だ。
 高校ってどんなところなんだろう。先生は厳しいんだろうか。部活動は? 大学受験の勉強もするのかな。
 両親と一緒に向かった入学式では緊張しすぎて丸一日の記憶がごっそりと消えたままだった。夕ご飯がカレーライスだったことは覚えている。良かったね、良かったねと笑ってくれる母親と、硬い表情ながら激励を飛ばしてくれた。その日はぐっすり寝れたなぁ。そして次の日、今日である。
 電車はまだやってこない。少しだけ肌寒い風が目の前をぴゅうぴゅう通り過ぎて季節を確認させられる。桜は舞ってたんだけどなぁ。ぱりぱりのブレザーを何度も整えなおして前髪をいじる。あと十分くらいは待たないといけないのかな。
 事前に電源を切ってしまったスマートフォンを再起動させる気にもなれなかったから、駅の風景を眺めることにした。天気は快晴。雲一つない青空。雨よりもマシだ。ホームの中にはベンチが何個かポツンとあるだけで、あとは時刻表の看板が二枚。真新しい電光掲示板と、真っ黄色の点字ブロック。自動販売機はほとんど売り切れで全然整備されていないことが分かった。人は何人かぽつんぽつんといるくらい。サラリーマンが三人、固まって談笑している。あとは僕と同じくらいの、制服の違う高校生とお年寄り。早い時間の電車だからまだまだ通勤ラッシュとは被らない。まぁそれを見越して早く到着したというのもあるんだけれど。少しずつ便利になりつつあるんだろうけれど。さびれてるなぁ。
 ここから何キロかしたら東京があるだなんて思えない。
 何分か経って電車がやってくるというアナウンスが響いてから、コツンコツンと靴音が階段から響いてくるのが分かった。怖い話に出てくるような不気味な足音じゃない。軽やかで、それでいて何かを楽しみにしてるかのような靴音だ。階段をリズミカルに蹴っ飛ばしてホームまでやってくる。
 春の香り。
 ふわりと広がる甘い匂いに首を傾げた。はて、駅の中で花なんてあったかな? そんな香りだった。花みたいな、優しい香り。それが靴音と共に運ばれてきたのだった。
 花束でも抱えているのかな? そう、何の気なしにくるりと振り返った。
 そこにいたのは女の子。
 柔らかそうな黒髪を肩までまっすぐ伸ばして、春の風に吹かれて真横にさらりと揺れた。アーモンド形の目を何度か瞬きさせて吹き込む風に驚いているみたいだ。おろしたての制服に身を包んだ小柄な女の子だ。僕と同じくらいの年かな? もしかして同学年だったりして! 可愛い。その一言に尽きる。
 ぱちり、と目が合ってどきりとする。どうしよう、目が合っちゃった!
 慌てて前を向き直るけれど、鼓動が大きく打ち付けられたままだ。顔が赤い。これは気まずいドキドキなんだろうか? それとも――
 
「あ、あのう」
 後ろから声がかかった。鈴を転がしたみたいな可愛い声。全世界の可愛いを凝縮させたような、そんな声。そうとしか形容できない。きっと彼女だろう。間違いない。さっきの春の香りの女の子だ。僕の挙動が怪しかった文句を言われるんだろうか。うわあ、どうしよう。
 ええい、ままよ。僕は振り返った。
 すると僕の胸のあたりを指さしたまま、あの女の子が立っていた。
「同じ高校……ですよね?」
「はへ?」
 そうか、制服! 女の子の制服はまったく覚えていなかったけれど言われてみれば校章も同じだし、制服のデザインも同じ気がする。もしかして、近所に住んでる子なんだろうか? 中学では見かけなかったから学区が別だったのかも。ぐるぐると考えがめぐる。ああ、そうだ、話さなきゃ。何かではなしを繋がなきゃ。
「あ、あの!」
「えっと!」
 同時に口を開いてしまった。ごめんと謝るのもほぼ同時だった。
 思わず頬を緩めてしまう。女の子も噴き出した。ひとしきり笑った後に電車がやってきた。ゆっくりとホーム内に滑り込んできて、のろのろと電車の扉が開いた。車内はがらんとしていて、密度は小さい。
 笑い終わってなんとなく気まずくなって黙って車内に入る。三駅だからと座席に座ることもなく外の景色が見える窓に寄って立っていた。女の子もそれに続いて僕の傍に立った。扉が閉まって電車が動き出す。ゴトンと大きく揺れて二人してバランスを崩す。思わず顔を合わせて笑いあう。それから女の子がちょんちょんと袖を引っ張った。身長差、大体十センチくらい。顔を上げると見上げた女の子の真ん丸の瞳とぶつかった。なんだろう、この気持ち。
「えっと、はじめまして?」
 心臓が高鳴った。これは多分、一目惚れだ。
 おしまいです!! 閲覧ありがとうございました!
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はじめまして【ワンライ企画】
初公開日: 2019年10月18日
最終更新日: 2019年10月18日
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初参加ワンライト企画ッ……!
テンションブチ上がりで書きます。頑張ります。