友人がいた。自分を殺そうとしていた。
冬。しんと冷える静かな夜だった。つめたい風が、わたしたちのあいだを通りすぎていく。この寒さだと、水中はさぞ凍えることだろう。
なにもいえない。言葉なんてどこにも、ない。
橋の欄干に座って足をぶらぶらさせる友人のうしろすがたを、私は漠然とみつめることしかできない。
風がふいただけで消えてしまいそうな、華奢なうしろすがただった。白すぎるほどに白くて、透き通っているみたいでーー。美しかった。純粋に、美しかったのだ。
友人が振り返った。白い肩越しに、彼女の顔が、見えた。
「ーーとめないの?」
彼女の唇がゆっくり、弧を描く。
私はてのひらをぎゅっとにぎりしめた。靴底は地面にぴったりくっついて、離れない。手をひらく。指先が細かく震えているのが、よくわかった。
私の反応をみた友人は少しだけ眉を下げると、また、正面を向いた。彼女の躰がうしろ髪を引かれるように、のけぞる。バランスがくずれる。すべり落ちそうになる。
それでも、私は友人を支えるようなことはしなかった。
「きれいな夜」
友人はそういった。宙をみあげたまま、歌うように。
たしかにきれいな夜だ。私はそう思った。研ぎ澄まされた冬の空気。土と草のにおい。輝く星々はみな息をひそめて、私たちの様子をうかがっている。ほんとうに、きれいな夜。
「私ーー。死にたいの。あなたといっしょに。ね、あーちゃん」
友人はうれしそうな顔で、くすくす笑った。
私は返事をしなかった。
友人がそうしたように、私は宙をみあげた。じっとみつめる。宝石箱をひっくり返したような、満天の星空を目に焼きつける。一生、忘れないように。
「ーーーー」
彼女がそう願うなら、私はーー
私の願いはーー
***
ふと目を向けた先に、鳥がいました。雑巾みたいな色をした不細工な鳥で、どうやら羽を休めているようでした。それから鳥は、青い目をぎょろつかせながら地面を突っついていましたが、私がみていることに気づいたのでしょうか、きまりわるそうに、ばささと飛び去ってしまいました。
鳥のゆくえを目で追うと、その小さな躰は太陽の白を背景に一瞬きらりと光って、消えてしまってーー。私はまぶしさに目を細めました。
夏にさしかかって間も無くの、ある日の早朝。風が心地よくて、ずいぶん涼しく感じる晴天。
自転車に乗った学生が、歩みをとめた私のとなりをすり抜けていきます。猫が車道を悠々と闊歩していて、犬を連れたおじいさんがすれちがいざま、私に挨拶をしていきます。
私は少しとまどって、ぎこちない会釈を返しました。
この町はいつもそうです。のんびり屋の楽天家で、いつだって牧歌的な時間がゆっくりと流れる、そんな場所。
だから私と私の同居人は、この町を気に入っているのでしょう。たまにじれったくなることもあるけれど、なんだか、私たちの毒を抜こうとしてくれているような気がするのです。
そろそろ朝ごはんの時間でしょうか。どこからかコーヒーのこうばしい香りがただよってきます。家で待っている手料理のことを思い起こすと、自然とおなかが鳴りました。
「帰ろうかな」
そうつぶやいて、私はきた道を引き返しました。
坂道をのぼった先にある一軒家。私はこの家が嫌いでした。プライドと見栄だけで建てられた邸宅は、トム・ソーヤーの世界の大人たちならきっと、手放しで絶賛するでしょう。でも、私には他の住宅地を見下しているみたいに思えて、どうしても好きになれませんでした。そんな我が家は、両親が逃げるように出ていってからは庭の手入れもろくにされず、廃墟同然のたたずまいをしています。
私はその家で、父親の十分すぎる仕送りの元、名前も知らない男の子とふたりで暮らしていました。
玄関を開けると、コーヒーとパンのにおいがしました。
私は頬がほころぶのをおさえようともせず、すんすん鼻を鳴らしながら靴を脱いでいました。すると、廊下の奥からひとりの少年がにゅっと顔をだしました。(ここの擬音悩む悩ましいです・・・)
「おはよう。黄昏」
私はにっこり笑って、少年に挨拶しました。
「遅い」
黄昏はそういって「もう朝飯できてるんだけど」と口を曲げました。
「はあい」とあいまいな返事をひとつ返して、私はリビングに向かいます。きていたカーディガンをソファにぽいと投げると、台所に戻った黄昏が「よく、そんな格好で出歩けるな」とお得意の皮肉をとばしてきました。「見てるこっちが暑くなる」
そりゃ年中長袖の私だって、炎天下を歩くのはしんどいものです。だからこそ、散歩は早朝か夕暮れ時、もしくは夜中と決めています。
「慣れだねえ。朝はけっこう涼しいよ。それに……」
「それに、なんだよ」
「君も人のこと言えないよ?」
黄昏は「ほっとけ」と吐き捨てると、ばつが悪そうに頭をかきました。彼の手の動きにあわせて髪の毛が揺れます。それにしても、両目が隠れるまで前髪を伸ばしたままにするなんて、夏場じゃなくてもどうにかなりそうです。
外では蝉の声が薄く響いていました。
※みーんみーん。本日はここまでです。続きが気になる人もそうでもない人も、カクヨムかエブリスタにGOGO幽霊船!!!!