とんびが飛んでいた。ボールをつかんでいた。
 鳶は街はずれの小屋の上空を旋回し、鞠を落っことすと、どこかにいってしまった。
 もうひとつ鞠があった。車の荷台に置いてあった。
 鳶の気まぐれによって空から降ってきた鞠は、落下の勢いそのままに先客をぽんっとはじき飛ばして、何度か荷台の上を跳ねたのち、停止した。
 はじき出された鞠の行方は誰も知らない。
 ***
 バイヤーが俺のとなりでわめいている。1時間前からずっと、この調子だ。
 「いいか。今回の取引はふだんおまえがやってるケチな密売とはワケが違うんだ」
 俺は「ああ、わかってるよ。耳にタコだ」といいながら、作業台の薬品をバイヤーから遠ざけた。こいつに商売道具を壊されるんじゃないかと、気が気ではなかった。これなら、ラリったオランウータンを助手席に乗せてドライブをするほうがずっとマシだ。「もう精製は完了した。あとは乾くのを待って、パケ分けすればそれで完了。そこからはテメーの仕事だろ。少しは黙ってろ」
 「ふざけんな。そんな時間はねえんだよ」
 「じゃあどうしろと? 生乾きのまま袋詰めしろってのか? 雨上がりの洗濯物じゃねえんだぞ」
 「なあおまえ、ドライヤー持ってるか?」
 「バカか! ぜんぶ吹っ飛んじまうだろボケ!」
 「とにかく詰めろ。今すぐにだ!」
 「チッ、わかったよ。とりあえず乾燥剤のキョーレツなやつ突っ込んどいてやるが、効果は気休め程度だからな?」
 
 俺は椅子から立ち上がると、バイヤーを連れてとなりの部屋にいった。途中、フラスコが割れる音やビーカーがひっくり返る音が背後から聞こえたが、無視して梱包専用の作業台に向かった。
 作業台の上には、皿に乗った白い粉の山。
 「純度100%。同じ重量の金より価値がある」
 俺の説明を聞くでもなく、バイヤーは「やっぱりおまえはサイコーだぜ。自慢は後で聞いてやるよ」とにやけながら、小分け用の袋を手渡してきた。「頼むぜ。パリッとやってくれよ、パリッと」
 「……それで、どうするつもりだ?」
 パケ分けされた〈製品〉を片手に、俺はバイヤーにたずねた。
 なんのことだ? とはいわれなかった。当然だ。にぶいこいつでも重々承知なのだろう。
 当然、密輸経路のことだ。
 バイヤーは「安心しろよ」といって、豪快に笑った。「おまえが一流の製造屋であるように、俺もプロの密輸屋だ。手は打ってある」
 「だが、輸送先はピトーサイドだろ? あそこは無法地帯だ。……というより、独自の法が支配している、というべきか。なんにせよ、よそ者がヤクを持ち込んだと思われれば、一大事だ」
 「わかってるさ。それに、いっただろ?」
 「?」
 「手は打ってある、ってよ」
 ***
 「あなたおもしろいこと考えつくのねうふふ……」
 定食屋〈聖夜コールド七面鳥ターキー〉の店主コイシは、そういってテーブルに置かれた鞠をなでた。
 「文庫本の中身をくり抜く、ってアイデアもあったんだけどな。でもよ、俺が本なんて持ってたら、怪しまれるに決まってらあ」
 バイヤーが笑う。彼はひとしきり豪快な声をあげると、真剣な表情にもどって、鞠を手にした。
 「まあとにかくごくろうさまねブツはこのなかに隠してあるんでしょ?」
 「そういうこった。……さぁて、観音様のご開帳だぜ!」
 生っ白い鞠にナイフがつき立てられる。鞠に食い込んだ刃はアボカドを割るように鞠を一周して、役目を終えると、バイヤーのポケットにしまわれた。
 コイシが見守るなか、鞠がひらかれた。
 「なっ……!?」
 バイヤーの顔から血の気が引く。
 「あらら……」
 コイシは笑みを崩さなかったが、眼だけは闇を凍らせた結晶のように鈍く光っていた。
 「これはこれは……  いったいどういうことなのかしらねえ説明してくださらない?」
 「ちょっと待ってくれ! これはなにかの間違いだ……!」
 「は、は。そうですか説明できませんかー。まあいいけどね結果はおなじだからあなたが約束どおりに例のブツを運んできませんでしたってだけだから」
 コイシはナッツサーバーから胡桃ナッツクラッカーを取り出した。
 バイヤーは短い悲鳴をあげると、店の出口に向かって走り出した。ひどいフォームではあったが、なによりも必死さが伝わってくる走り方だった。
 ブシュと圧搾空気の音が鳴る。
 コンクリートぎっしりの扉が閉まる。
 「そうねえ。こんなときになんていえばいいのかしらああそうだ思い出したわ常連さんのすきな台詞なんだけどねボールでしくじったあなたに贈るにはぴったりの言葉ね」
 コイシが冷たく笑う。
 「タマにお別れを言え」
 ***
 「ギルー!」
 暦の声に僕は振り返った。
 「なんだ」
 「こないだコイシちゃんがくれたプリン、あれギルが作ったんだよね?」
 「そうだ」
 「すっごいおいしかったよ! ありあとギル!」
 「砂糖だけは満足のいくものを仕入れることができなかった」
 「そうなの? でも……」
 暦は手にした鞠を僕に見せびらかすようにして、笑った。
 「材料なんてどーでもいいよ! おいしかったもん!」
 「そうか」
 僕は暦から鞠を受け取ると、どこか遠くに向かって投げた。
 「どこに投げたのー?」
 「わからない。だが、これだけは言える」
 「?」
 「タマにお別れを言え」
 おしまい
 誤字脱字あったらごめんねー
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ヤギチュール
ご参加ありがとうございます!
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荒瀧古
はーいどうもです
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