ロスヴィータは早かった。元々自分が面倒を見ている馬である事もあっただろうが、彼女はしっかりと馬を乗りこなしていた。エルフリートは迷いなく進んでいくその後ろ姿を追い続ける。
エルフリートの馬は、普段はエルフリーデがエルフリートの姿で乗っている。面倒を見ているのも彼女である。だからと言って、エルフリートの事を邪険にしたり、指示を無視したりする事はない。
しっかりと調教されているから、乗り手がエルフリーデだろうがエルフリートだろうが関係なく騎手の指示を聞いてくれる。それなのにロスヴィータとの距離を縮める事ができないのは、単純に騎手の能力のせいか、馬自身の能力のせいか。
馬がばててしまわないように呼吸を気にしながら馬を駆ける。
「がんばって」
エルフリートの声かけに反応して踏み込む力が強まる。どんな結果になってもあとで労ってあげないと。そんな事を思いながら縮まない距離を見つめていた。
果たして、目印にしていた森に先に着いたのはロスヴィータだった。
「ロスの方がやっぱり早かったね」
「やはり、私の方が駆け出すのが早かったからな」
ロスヴィータは自分の馬の首筋をゆっくりと撫でながら笑う。彼女の馬は自分の主人が手柄を立てたのだと察したらしく嬉しそうに頭を上下に揺らしている。
機嫌の良いバディを見るのは気分的には悪くない。楽し気な二人組を見ているエルフリートに自然と笑顔が浮かんだ。
「離されないようにするだけでいっぱいいっぱいだったよ」
「フェーデの馬も駿馬だから、私はいつ追い抜かされてしまうのかとひやひやしていたところだ」
ロスヴィータがゆっくりと近付いてくる。エルフリートのすぐ隣まで馬を寄せた彼女は手を差し出してきた。
「良い勝負だったと思う」
「本当に?」
「ああ。今度は卑怯な事はせずに、正々堂々と競争しよう」
ロスヴィータがこういったずるい事をするのは滅多にない事だ。そもそもふざけるという行為自体を忌避しているのではないかと思ってしまうくらい、彼女が真面目過ぎるというのもある。エルフリートはロスヴィータが笑顔で仕掛けてきた事が嬉しかった。
「もっと甘えてくれたら嬉しいよ。ずるだって、たくさんしてくれても良い」
「……いや、さすがにそれはな」
ロスヴィータと握手を交わし、そのまま手を繋ぐ。エルフリートは足で馬に移動方向を指示して歩かせる。ロスヴィータの馬はエルフリートの馬の動きに合わせて勝手に歩き始めた。賢い。
手を繋いだままの移動は安全だとは言えない。それどころか馬同士がぶつかりそうなくらいの距離になる為、普通はしない。危険だとは分かっていたエルフリートだったが、何となく手が離せなかった。
ロスヴィータの方から手を放すそぶりがあれば、と思いながらその瞬間を待つ。が、そのそぶりはいつになっても起きなかった。
「ロス」
「何だ?」
「私は、あなたが何も気にせずに楽しく過ごせる相手になりたいと思っているんだ。だから、他の人にはできなかったいたずらとか、ずるい事とか、愚痴を吐くとか、溜め込んだストレスのはけ口にするとか、そういう悪い事も含めて私にぶつけてくれたら嬉しいと思っているよ」
ロスヴィータは真面目過ぎる。エルフリートは息抜きをする術を身に着けているが、彼女が必ずしもそうであるようには見えない。少なくとも、エルフリートが今まで見てきたロスヴィータという人間は、そうではなかった。
だからこそ、ロスヴィータがエルフリートの事を迷惑をかけても良い相手であると考えてくれるようになったら嬉しいのだ。
「それではあまりにも――」
「都合の良い相手になりすぎる?」
「ああ」
「都合の良い相手になるのは良くないって一般的には言われているけれど、私は時と場合によると考えている」