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 チェコ映画傑作選もいよいよ今日が最終日!
 今回見てきたのは「火葬人」。
 本作の舞台はこないだ見てきた「第五の騎士は恐怖」と同じくプラハ。
 第二次大戦前夜のプラハに住むカレル・コップフルキングルは葬儀社で火葬を取り仕切る火葬人として働いていきました。
 毎日のように遺体を炉にくべて火葬していく中で、コップフルキングルは周囲の親ナチスの友人たちやユダヤ人を支配することに使命感を燃やす社会情勢に徐々に影響されていき、「死は魂の解放である」という思想に染まっていきます。そして彼は周囲の人間を次々と――。
 これまで見てきたチェコ映画傑作選の中ではいちばんわかりやすかったというかメッセージ性がはっきりしてましたね。
 コップフルキングルはナチスの選民思想にハマったというよりは、最初から自分の中にあった支配欲や優越感に溺れていったと感じました。「死」という人間が絶対に避けられない運命の終着点である火葬の場に居続けることで、自らが「死を支配するもの」だと誤認してしまったのだと思います。彼はああなるべくしてああなったという。
 また、彼の支配欲や優越感への耽溺は一種の逃避と救済の希求のようにも思えました。意味がないのに血液検査を繰り返して、自分の人種的・血統的優位性を求めたり、取り寄せたチベットの宗教本から自分が次のブッダであると思い込んだり。
 外部にある思想への耽溺というより、「自分の頭の中」という最小のエコーチェンバーの中で妄想が肥大化した結果があれという。このへん、SNSを開けば陰謀妄想に溺れきった人々で溢れかえってる現代に見てこそ理解できてしまう部分だと思います。
 自分の中で成長していく「救済」のままに、周囲の人間、果ては自分の子供すらも手にかけていくコップフルキングルの姿がまた、狂気に満ちた殺人鬼とかではなく法悦に満ちてるのがまた気持ち悪くてイイ。
 あと、しばしば彼と同じ顔をしたグルが彼を新たなブッダの生まれ変わりとして導くシーンがあるんですが、総じて「見上げる」視点なんですよね。そして作中ではしばしば死者は絞首されている。これってつまりコップフルキングルもまた本来の自分とはかけ離れた存在になってしまったという意味では死んでいるってことなのかな、と思いました。
 ナチスといえば現実でもフィクションでも強大な悪として描かれますが、本作で描かれているのはむしろ、そういうわかりやすい悪でなくても凡庸ないち市民もちょっとしたきっかけで極端な思想に偏ってしまうということであり、それは2026年のこの現在実際に起こっているというなんともフィクションで済まされない気分になった作品でした。
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第七藝術劇場「チェコ映画傑作選 火葬人」見てきました!
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