「おい、お前」
「うわぁっ!」
アキラは大声を上げて後ずさった。
闇の向こうから現れたのは、ひとりの男だった。見覚えのない顔だ。だが――その目。その目はどこかで見たことがあるような気がする。
慌てて逃げようとしたアキラの腕を掴んだ男は、低い声で話しかけてきた。
「……お前、あのじいさんを知ってるのか」
「あんた、あのじいさんを知ってるのか!?」
思わずオウム返しにそう答えたアキラに、男はふっと表情を緩めた。視線を、パイプに引っかかったままの布切れに目をやった。
「……ここで、あのじいさんに会った」
「話したのか」
アキラの脳裏に、あの老人の眼光と言葉が蘇る。「あの水が、我々を殺している」、老人はそう言った。
「『拝水』が……俺たちを殺してる、って言ってた。本当……なのか?」
男はすぐには答えなかった。懐を探り、くしゃくしゃになったタバコを取り出す。ライターの火が照らし出した通路の壁に一瞬、あの老人の顔が浮かび上がった気がした。
「あのじいさんにも、子どもがいてな。生きてればちょうどお前くらいの年だった」
「……死んだのか」
「ここじゃ誰もが同じように死んでいく。じいさんはずっと、自分の息子の咳き込む声を聞き続けてたよ」
「なあ、本当にあの水が……」
「そう思った人間はあのじいさんだけじゃない。俺もだ。そして俺だけでもない」
「……!」
「程度の差こそあれ、この地下空間で生活してる人間はみんな同じように咳き込みながら死んでいく。同じようにだ。じゃあその全員に、何らかの共通点があると考えた人間は何人もいた」
「それが……あの水……?」
そう口にした瞬間、アキラの中であの老人の言葉が急速に真実としての実体と重みを成し始めた。胃のあたりが重い。
男は暗闇の中にタバコの煙をくゆらせながら続ける。
「この地下空間じゃ、まともな健康状態を保つのも難しい。が……全員が同じ症状で死に続けているとなると、なにか特定の原因があると考えるのが妥当だ」
「で、でも……少なくとも俺は、今までそんな話を聞いたことはなかったし、そんなことを話すやつなんていなかったぞ……!?」
「当然だ。話さないようにしていたんだからな」
「……なあ、聞いていいか。あの水が俺たちを殺しているって……ここで暮らしてる人たちが、みんな同じように喉や肺をやられて死んでいくのがあの水のせいだって考えてる人間は、どのくらいいるんだ……?」
「その質問に答える前に、お前に確かめておきたいことがある」