「バレンタインデーですね」
「それがどうした」
「いえ、思い出したので呟いたまでです」
「くだらん。嗜好品を扱う食品企業の単なる商戦だ。こいつらも所詮資本主義に踊らされているに過ぎない」
「めっちゃバレンタインデー嫌いじゃないですか」
「好きでも嫌いでもない。私にとってはどうでもいいことだ」
「相変わらずおもんないなー」
「私はそろそろ帰りますが、少し休憩したらどうです? はい」
「……ああ」
感謝する。
「…それから…はい」
「なんだこれは」
「逆に、踊ってみようかと思って」
「は?」
彼女の両手がぱっと天井へ上がった。突然、親に着替えを任せる子どものような間抜けな姿勢を、いい年した社会人が真似ている。かと思えば、そのまま「いよーっ」とかなんとか呟いてその手を様々な角度に傾ける。「あよいしょ」「それそれ」と気のない掛け声を思い出したかのようにときどき発しているのを見て、あ、盆踊りか、とバデーニは思い至った。
「君は……」
ぺちぺち。手を2回叩いて両手をぺらーとほどほど低い位置で広げる女に、言わずにはいられなかった。
「君は馬鹿か?」
「本当にバレンタインデーにチョコレートをもらった人間のセリフですかそれ」
「掌で踊らされていると言いましたね?
踊ろうかなと思いまして。逆に」
「そういうわけで、この一般層向けに開発されたのだろうドラスト、またスーパー等で購入可能な安価な値段で売られている凡庸な板チョコレートを、あなたに」
「……」
すごい…全然嬉しくない…。
「嬉しいでしょう」
「私はこれまで学会や共同研究等で、その企画が締めの段階に入る時点で花だの酒だの様々なものをもらってきたが…」
「今までもらったもののなかで最も感動していない」
「恥も外聞もなく泣こうと思いますが、いいですか」
「迷惑だ。やめてくれ」
「私はあなたに日頃の礼、そして親愛の証としてチョコレートを贈ったよ。私にありがとうと言って…せめて…」
「……」
だとて普通板チョコ丸々一本渡すかて
「私は普段から甘いものを食べる習慣があるわけではない。板チョコ1枚は多すぎる」
バキン!
「持っていくといい。糖分による休養が必要なのは、教員の業務とは無関係の仕事を同僚の分までこなしている君の方だ」
「……。ありがとう」
「……本当は……」
「本当は、ホントに、もうちょっといいものをあげたかったんです……」
「お世話になってるので、本当に」
「でも、私、仕事でも生活でも要領が悪いから、時間をうまく作れなくて」
「こんなペラい安物のチョコレートなんて、嬉しくないですよね」
ガタン!
「───食べても?」
「あ、は、はい。どうぞ」
「気が変わった。それも寄越せ」
「え」
「私自身はさして興味はないが、私の脳はより多くの糖分の供給を訴えている。もし君の疲労回復が急を要するものでなければ、こちらに渡してくれないか」
「え、えーと、はい」
ガツガツガツ!
「美味い」
「あなたって……」涙 優しすぎ… 血糖値の爆上がりで眠くなるに決まってるのに…
「終電がなくなるぞ」
「はーい」
「おい」
「もしも次があるなら、その際は甘味のないものか体積の小さいものを要求する」
「……はい!」