がっ、と老人のやせ細った腕がアキラを掴んだ。弱りきっている老人の力ではない。これにも覚えがある。アキラの脳裏から痛みすら伴って蘇るのは、死の間際の両親の記憶。
命の灯火が燃え尽きようとする中で、両親は幼いアキラの手を握っていた。その時と同じ痛みが今、アキラの腕にあった。
老人はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「あの水が、我々を殺しているのだ」
それは――死の床で、両親が最後にアキラに残した言葉ではなかったか。その時のアキラには、その言葉が何を意味するのか理解できなかった。だが、今は――?
ふっと、火が消えるように老人の体から力が抜けた。老人の枯れた体が冷たい通路の上に埃のように音もなく倒れた。
死んでいる。
アキラは――何もできなかった。老人に腕を掴まれたときの姿勢のまま、固まっている。
「あの水が我々を殺している」。老人は、そして死の床にあった両親はそう言った。
どういうことだ? アキラには理解できない。
水は我々が生きるのに絶対に欠かせないものだ。それが我々を殺している?
気がつけば、アキラは物言わぬ老人の屍をそのままにその場をあとにしていた。
自分の縄張りで薄いシーツを被っても、アキラの頭からはあの老人の眼光と、そして言葉が離れない。
「あの水が我々を殺している」とは、どういうことだ?
老人の言う「あの水」とは、間違いなく「神像」から流れ出る「拝水」のことだ。あの「拝水」こそが、われわれがこの地下世界で生きるのに欠かせない水だ……そのはずだ。
その水が、我々を殺している?
いくら考えても、わからない。わからないまま――アキラは眠りに落ち――そして、朝が来た。
「神像」の間に人々が列をなして歩いていく。昨日と同じ、そしてこれまでも、これからも繰り返されるであろう光景。その中にあって、アキラの足元には、昨日の疑念がまだ絡みついていた。
あの瀕死の老人に出会ったことは、誰にも言っていない。言う意味がないからだ。老人が言っていたことにここの人々がどのような反応をするかはもうわかっているし、なによりあの老人はもういない。
しかし――アキラの足取りは、昨日よりも明らかに重い。疑念の重さが、アキラの足取りを遅くしていた。
顔を上げれば、そこには投光器の光に浮かび上がった「神像」の物言わぬ顔。その両目からは、変わらず、この地下世界に生きる人々の糧である水が流れ落ち、人々はそれを汲み取っている。
今まで何の疑問も持たずに見てきたこの光景が、今のアキラにはもういつもの光景には見えなかった。今まで当たり前に行っていた「神像」から流れ出る水を汲み取って生活するという行動が、なにかとてつもない過ちのもとに行われているような気がしてならない。
では――その過ちとは何だ? この行為のどこに、どんな過ちが溶け込んでいるというのか。