人間って、色みたいだ。
赤や青や黄。色の三原色は、強くて独自性を持つ。だが自我が強すぎると、黒く淀んでしまう。
緑や橙や紫。三原色を混ぜた色は、どこか誰かと似ている。
わたしは、誰かに何かをされると一瞬でそのことに染まってしまう、弱い白だ。
--- * ---
その出来事は、当時のわたしにとって、あまりにも残酷で早すぎた。
母は画家だった。鮮やかな色使いで人々を魅了していた。地元でちょっとした個展を開いていた。一大人気というわけでなくても、一部の人だけにでも認めてもらえるような絵を描いていた。
「みんなに受けるなんてできないから、一部の人にとっても認めてもらえたらいいの」
それが母の口癖だった。いつもにこやかな表情で絵を描いていた。生き生きとした自然の絵、太陽の光が溢れる絵、暗くて儚い深海の絵。わたしは母のそんな絵が大好きだった。
母は絵の具をたくさん持っているわけではなかった。赤、青、黄。母はそれだけしか持っておらず、その3色を白いパレットにたっぷりと出していた。他の色を入れるスペースにも、構わず赤や青や黄を入れていた。
「だって、決まった感じじゃ面白くないでしょ」
「その時々の偶然を大切にしたいの」
「人との出会いと別れだって、決まりきったものじゃないでしょ」
本当にそうだった。
別れは決まりきったものじゃない。
母はいつの間にか消えていた。
最後のキャンバスには、綺麗で鮮やかな、白い花が描かれていた。
そばには、白い便箋に黒い字で書かれていた。
『これはトルコキキョウです』
間違いなく母の字だった。それが遺言代わりだった。

母が失踪してから10年だった。
当時のわたしは3歳で、難しいことは理解し難い年齢だった。それでも母の絵は、メッセージ性がわからなくても、綺麗だと思っていた。
父は胃癌で亡くなった。それは2年前、11歳のときだった。小学6年生のときだった。
わたしは叔母のところで暮らしていた。基本的には放任主義。わたしは自分の部屋をもらって、学校から帰ったら絵を描いていた。美術部所属だ。
3歳のときとはいえ、あの絵は鮮やかだった。色使いが綺麗だった。ところどころのむらが綺麗だった。母と同じように、わたしも赤と青と黄の絵の具しか買わなかった。それでも、パレットは鮮やかな色合いで埋まっていた。
「|板野いたのさんは絵がうまいなぁ」
「ああ、はい」
臙脂色のリボンを着けた彼女は、美術部の先輩だ。|近藤由舞こんどうゆまさんだ。4月に出会ったばかりで、あまり良く知らない。出会って数日の部類だ。
「尊敬するな」
「いえ…」
「やっぱり、お母さん?」
「はい…」
ああ、またなのかな。
母に絵の才能があると、わたしが絵がうまいのも、才能のせいになる。別にそれでいいなぁ、とは思ってしまう。
「そんなことないでしょ」
「え?」
「板野さんには才能じゃなくて、努力があるから。才能も確かにあるけど、才能だけでこんなうまくはいかないよ」
「…そうですか」
「お母さん、絵が本当に好きだったんだろうな。イロエって名前も本当にいいと思う」
イロエ。彩絵。わたしの名前だ。
「ありがとうございます」
くるくると、赤色のリボンを弄った。
この人は、向日葵色だ。
わたしは昔から、人に色をつけていた。なぜかは知らなかった。身近にいつも色があったからかもしれない。
向日葵の花言葉は、まっすぐ。鮮やかな黄色を持つ。才能とかにとらわれず、ただまっすぐにわたしを褒めてくれる。近藤さんにぴったりだ。
「本当すごいなぁ」
わたしの拙い絵を、近藤さんは見惚れていた。妬み嫉妬でもなんでもなく、ただ認めていた。

「本当さぁ、有り得ないわ」
そう言っていたのは、友人の|最上恵里菜もがみえりなだ。
「聞いてくれない?」
恵里菜の彼氏である|佐伯悠斗さえきゆうとは、いかにもな奥手な男子だ。恵里菜は大人しくて、大人っぽくて惚れたと言っていた。
「悠斗が」
悠斗が、あたしに全然来てくれないの。
彼女の色はチェリーピンク。いつもどこかに恋煩いを抱えている。
悠斗の色は暗緑色。どこまでも暗くて、くすんでいる。
正直、恵里菜と悠斗は合っていないと思う。わたしが直感でつけたチェリーピンクと暗緑色。大雑把にいうとピンクと緑。その2つは反対色で、混ざるとたちまち濁る。
「そうなんだぁ」
でも、悠斗は確かに素敵かもしれない、とぐらりと傾く。
わたしの色は白。いつも誰かに染まってしまい、おまけにその誰かの個性を薄めてしまう。誰にでも馴染めてしまう代わりに、だ。絶対に暗くもならない、くすみもしない。でも、薄くなる。

放課後、わたしは部室で絵を描いていた。
「また会ったね」
「あ…」
近藤さんがいた。
「え?」
パレットを覗き込まれる。
「赤と青と黄…色の三原色だけ?」
「はい」
「もっと使ったら?」
「いや…」
え、と声を漏らす。
「珍しい、拘りだ」
「実は、母はこうやって描いていたんです。赤と青と黄だけを使って、その時その時でめぐり合わせを考える。その時々の偶然を大切に、決まりきった関係じゃないようにする。むらがあってもそれだよね、と考える。別々になったらもう二度と同じようにはできない。それが色なんだって」
しどろもどろな説明。
「だから、わたしもそう考えるようにしていたんです。人にはそれぞれ色がある。その色どうしで、反応がある…って」
「へぇ、すごいなぁ」
近藤さんが言った。
今描いているのは、夏の日差しを受けた向日葵。青空と入道雲をバックに、若々しい茎を描く。
「たとえば、なんですが」
「たとえば」
近藤さんが復唱した。名前を出していいのかわからなかった。
「わたしの友人に…名前ってどうなんだろう。まあいいや、最上恵里菜っていう子がいます。彼女、恋愛が大好きなんです。そんな恵里菜につけた色は、チェリーピンク。いつも恋煩いを抱えていて、チェリーってさくらんぼじゃないですか。さくらんぼは、恋についての花言葉が多い。だから、チェリーピンク」
そう言って、ちょんちょんと黄色と赤を混ぜたパレットのスペースに筆先をつけた。
「そして、佐伯悠斗って人がいます。はじめて中学で席が近かった男子なんですね。その人につけた色は、暗緑色。なんとなく緑っぽく広大そうで、でも根暗。暗い」
そう言って、筆先をキャンバスにつけた。じんわりと色がにじんでいった。
「最近、恵里菜と悠斗が付き合った。恵里菜曰く、大人っぽい悠斗に惚れたらしいんです。でも、恵里菜は文句ばっかり言う。わかってたんです、わたし。チェリーピンクと暗緑色って、大体ピンクと緑で反対色。つまり混色すると色が濁って、黒に近づく。実際に混ぜてみるとわかると思います」
そう言いながら、わたしは筆をパレットへ帰した。
「人間関係って、そういうものなんだと思います」
「すごいな、本当に。感受性が豊かというか。色に対する思いとかが尋常じゃない。絵がうまいのも納得」
そう言いながら、近藤さんはまじまじと絵を見た。
「きっと6年生でもこんなことわからないよ」
わたしの通う学校は中高一貫で受験をしなきゃいけない。わたしはなんとか滑り込んだ。6年生は、高校3年生だ。
「ちなみに、わたしの色って何色?何色でもいいから言ってよ。なかったらないで」
「近藤さん?」
「うん」
ちょっとだけ迷ったが、言った。
「近藤さんは、向日葵色。わたしは昔から、親の遺伝とかなんとかで、才能があるから絵がうまいって言われていた。でも近藤さんは、努力してやったんでしょう、才能はちょっとあるけど、関係ないぐらいだって言っていた。向日葵の花言葉であるまっすぐな感じとか、鮮やかな黄色とか」
「へぇ」
ちょうど、今描いているのは向日葵だ。
「ちなみに、板野さんは?」
「わたしは」
喉が詰まった。
「し、ろ」
2文字だけだ。
「白、そう白です」
「そうなんだ。いいよね、白。純白って感じで」
「はい…でもわたしの場合違くて。何色にもなれない、依存して染められる。一緒にいれば、相手の個性が薄まる。そんな自分が嫌で、白にしたんです」
「そうなんだ」
近藤さんはさらりと言っていた。
「でも好きだな、白。なんか、どんなことをしても白色になれないって感じ」
「…そうですか、ね」
さっきみたいなネガティブなことを言っても、近藤さんは自分の白のイメージを貫く。まっすぐ、きっぱり。
やっぱり向日葵色だ。

「帰ってきたの」
「うん、ただいま」
叔母との会話はぎこちない。一応名前はある。|能勢綾子のせあやこ。母より年を取っていて、年齢の重みが感じられる。
叔母は、わたしの母っぽくなろうとしている。親近感を感じさせようとしている。でも、違う。ちょっと違う。
くすんでいる感じとか、似させている感じが、似紫。昔に高価だった紫じゃなくて、それっぽい紫。
わたしの母、|板野美香いたのみかの色は、オペラモーヴ。オペラのようなジャンルは違えど、伝えたいことを全力で伝える。柔らかいピンク色。
わたしの父、|板野有生いたのゆうせいの色は、桔梗色。真面目で誠実に、わたしを育ててくれた。桔梗の花言葉は誠実、深い青が混じった紫。
「おかえり」
やっぱりちょっと違う。

自室にこもって、スマホを弄る。ブラウザ保存している色一覧ページを眺める。いろんな色がずらりと並んでいた。
鮮やかな色、くすんだ色。濃い色、薄い色。明るい色、暗い色。いろんな色が並ぶところ。全部絶妙に違っている。いつかはこんな色の面々に巡り会えるとしったら、途端に嬉しくなる。
他にも色々色をつけてみようか。暇だしな。
今、悠斗のほうじゃない隣の席にいる|髙橋友奈たかはしともなは、ライムイエロー。落ち着いた、柔らかで薄めの黄色だ。ライムには、あなたを見守る、という意味もある。優しくていつも見守ってくれている感じの友奈にぴったりだ。
後ろの席の|水村玲音みずむられおんは、スチールグレー。鉄みたいに無機質で冷たい。個性はすこしあるのだろうけど、まず冷たくてクールな印象が目につく。すこしだけ紫がかった、灰色。
前の席の|雨宮花蓮あまみやかれんは、縹色。しっかり信念を持っている。強い青色。青の理由は、雨という字がついているからかもしれない。
白いわたしには、誰でも別にいいかな、となってしまう。そこが嫌だった。せめて、玲音のように灰色でもいいから個性を持ってみたかった。花蓮のように、名前だけから連想でもよかった。板野彩絵。色要素はないにしろ、絵の要素は感じられる。でも、何色と明確にはわからない。
でもこうしてみると、いろんな色があるんだな、と改めて感じた。

その日も美術部の部室に行くと、見慣れない子がいた。ゴールデウィーク前最後の部活。
「あ、はじめまして…」
意外と高い声だった。
「わたし、|前林小枝まえばやしさえっていいます」
強い黄色は、梔子色だろうか。そんな色のリボンをつけた彼女は、なんとなく控えめな印象だった。三つ編みにメガネといった出で立ちじゃなくても、なんとなくそんな雰囲気が漂っていた。
「あ、前林さん」
前林さんのリボンは、3年生であることを意味するものだ。近藤さんも知っているらしい。
「は、はじめまして」
口ごもりながら言った。
「えーと」
「板野彩絵、板野さん。1年生」
「そうなんだ。はじめまして、板野さん。わたし、3年生なんだけど、始めて入部したんだ」
「え、はじめて」
「今まで帰宅部だったんだけど、暇で」
控えめで落ち着いた感じの彼女。彼女は、そうだ、鶯色。すこしくすんでいる緑ではあるけれど、春の訪れを告げる鶯みたいなきれいな声。
「前林さんとは知り合いなんですか?」
向日葵の手を止めた。
「うん。なんでかとは言わないけど、けっこう図書館にいたんだ」
「え、図書館」
「前まで文芸部だったからね」
「なんで美術部に?」
「絵、描きたくなって。イラストレーターとかでも、自分の気持ち、表現できるかと思ってさ」
向日葵のバックの青空を書くために、青い絵の具をとった。
「でも全然無理だわ、板野さん、やっぱすごい」
「そんな…」
「それ、板野さんの絵?」
「はい」
「すごい。上手」
はにかんだように見せた前林さんは、あっと言った。
「そういえば、板野さんって、もしかして板野美香さんの娘?」
「あ、そうです」
また言われるだろうか。 そっか、遺伝で絵がうまいんだね。納得。
「すごい…すごいな。母の描き方を受け継いでいるんだ」
「え」
「わたしの母、美香さんのファンだったんだ。失踪…っていう言い方はわからないけれど、したんでしょう?母も、作品ちょっとは持ってる」
「そうなんだ」
「うん。言っていたよ、彼女のこと。赤青黄だけであんな色使いで表現できるなんて、本物だ。田舎だからあんまり世界的に有名ではないけれど、都会へ行ったらきっと有名になる。そう言っていた。美術部でこんな子と出会えるなんて、本当に嬉しい」
「…あ、ありがとうございます」
「お母さんはどうなの?」
「3歳のときにいなくなったっきりです。あとを追うように、とは長すぎるけれど、でも父は2年前に胃癌で。今は叔母と暮らしてます」
「そうなんだ。いなくなっても、母はずっと言ってたや。本当にファンだったんだ」
「たぶん、母も喜びます」
そう言いながら、絵の具をキャンバスにのせた。
「そういえば、どんなふうに失踪したの?」
あ、と一瞬だけ息が詰まった。
「確かに、わたしも知らない」
向日葵色の彼女が言う。
「母は」
絵の具をまたつけた。
「母は、3歳の頃いなくなりました。いつの間にか。学校帰りだったと思います。わたし、鍵を持ってたので、おかしいなと思いながら帰りました。もうそのときにはいませんでした。キャンバスには白い花の絵が描かれていて、『これはトルコキキョウです』 そんな便箋が置いてあった、はずです」
「その絵は?」
「その絵も含めて、売っていない母の絵はすべて家に保管してあります。もし画家デビューするとなったら、きっと母の絵もおまけ程度に個展で出されるんでしょうね」
自嘲気味に言う。
トルコキキョウ。花言葉はどうだっただろう。色の名前である花は網羅してあるのに、トルコキキョウは調べていなかった。母がとりわけトルコもキキョウもトルコキキョウにも思い入れがあったとは思えなかった。そういえば、父の色は桔梗色だった。偶然だ。
「そうなんだ。わたし、見たいな。個展。そんなに前林さんの親が絶賛するなら」
自虐ネタにも屈しず、近藤さんは言っていた。
「でも、わたしはトルコキキョウがとりわけ好きでも嫌いでもないです」
「なんで?」
「今まで知らなかった。トルコで育てたキキョウかな、程度だったからです。なんで母がトルコキキョウを選んだのか、今でもわかりません。でも、さいごに選んだのだから、それなりの思い入れとか、そういうのはあるはずなんです」
でも、分かっていないんです。その意味も、母が失踪した意味も。
でも、知らなくていいかもしれない。知ってもいいかもしれないけれど、母のもとへいくときまでには知りたいけれど、なんとなく知りたくないような。そんな気がする。
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【固定チャットコメント】
むらさきざくら
久しぶりです。コメントしていただけると嬉しい
00:56
むらさきざくら
久しぶりです。コメントしていただけると嬉しい
01:08
むらさきざくら
これから月1ぐらいでやっていこうと思うのでよろしくお願いします!
01:47
アンケート
Q.突然ですがアンケート。どっちのほうが頻度低い感じする?
02:29
むらさきざくら
124行目までは裏で書いてたものです
15:13
ななし@7e9096
こんにちは
15:19
むらさきざくら
こんにちは〜!
16:19
ななし@7e9096
アイコン、どこで作られたんですか?
16:32
むらさきざくら
ピクルーの みーとめーかー です!
30:35
アンケート結果
Q.突然ですがアンケート。どっちのほうが頻度低い感じする?
32:44
むらさきざくら
ありがとうございました!
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小説書くぞ!!あつまれ小説の会!!
初公開日: 2026年01月11日
最終更新日: 2026年01月11日
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