大学生になった。俺と東條は同じところに行ったけど、綾人や三郷、柳や中田とは別々の大学になった。別に寂しい訳じゃないしそれぞれ新しい環境に馴染むのに必死でそれどころじゃなかったような気がする。
ただ俺はみんなと離れたこととは別にぽっかりと穴が空いたような空虚感を味わってた。あの人と会えなくなったからだ。今までは綾人の家に行けば会えたのに俺たちが高校を卒業するのと同時にあの人も大学を卒業して一人暮らしを初めてしまったからだ。俺にはどこに就職したのかもどこに引っ越したのかも聞く権利はなかった。なんでだか知らないけど綾人にも引っ越し先を教えてないらしい。それなのに俺が聞けるわけねぇよな。
大学でのオリエンテーション期間も終わって本格的に授業が始まった頃、一人の女の子と仲良くなった。東條と同じで色んなやつに頼りにされてる同い年なのに歳上みたいな女性。告ってくることもないから俺も東條も気楽に付き合えた。異性でそんな出会いは初めてだったかもしれない。
「旗野くん、これあげる」
「花?なんで?」
「気分よ気分。こっちの赤いのはブーゲンビリア。 情熱とか魅力って意味があんのよ。黄色の花はルドベキア。立派、正義、公正が花言葉なんだって」
 クリスマスによく見る赤と緑の植物のちっさいバージョンとこれも小型の向日葵みたいな花を渡された。戸惑ってるうちに彼女はどっかに行っちまって、仕方ないから持って帰ることにした。母さんに渡せば何とかしてくれるだろう。
「あ、こ、こんにちは」
「あー、ウン。久しぶりだね」
道すがらあの人に遭遇した。久しぶり。本当に久しぶりだ。八年会えなかった時よりもよっぽど乾いてたことを感じながら駆け寄る。会えた。嬉しい。話がしたい。何を喋ったら良いんだ?
駆け寄った勢いで抱き締めそうになって急ブレーキを掛ける。そう言えば花束を持ってたんだった。変なタイミングで止まったせいで彼に花束を突き出すポーズになってる。プロポーズしてるみてぇな格好に慌てて口を開いた。
「えと、ち、違うんです。あ、いや違わなくて。あの、これ、良かったら!!」
勢いで赤と黄色の華やかな花束を彼にずいっと押し付ける。勢いに圧されたのか彼の上体が反った。
「ア、ハイ。ドウモ」
「じ、じゃあ、これで」
自分でも訳が分からなくなってそのまま真っ直ぐに逃げ帰った。我に返ってから布団の中で盛大に暴れ回った。変なやつって思われたらどうしよう。
翌日、東條に話をしたらぶるぶる震えながら進展おめでとうって言われた。進展。進展なんだろうか。
「進展でしょ。お兄さんに綾人の差し入れ以外でなんか渡せたことあったっけ?」
揶揄うように笑われて素直にないって答える。バレンタインも普段の差し入れも上手く渡せた覚えなんか無い。あまりのダサさに撃沈する。
「あら、今日はどうしたの旗野くん。いっつもクールな君はどこに行っちゃったのかしら」
「通常営業だよ。気にしないであげて」
ふうんと女性の声が落ちる。一緒に何か香しいものも落ちてきた。この感触は昨日の。
「良かったらあげる。ピンク色のゴデチアは静かな喜び。リナリアは幻想って意味があんのよ。あんたにぴったりじゃない?」
昨日よりもカラフルででも控えめな色合いの花束が渡される。なんかいっぱい花がついてるやつは赤に紫、白に黄色と色鮮やかで、その中に何本か普通の花が紛れてる。
「花言葉に詳しいんだね」
「まぁね。あげる人には合わせて花を選んでるの。じゃないと効果がないもの」
妖艶に微笑んだ彼女にそう言えばと思う。渡された花束をそのまま横流ししてしまった。俺が慌ててるからか東條もさっきの話をすることはなかった。彼女と別れた後は小言を言われたけど。貰い物をちゃんと確認せずに他人に渡すのは確かに悪いよな
せめて花言葉くらいはと昨日の花と今日の花の花言葉を思い出す。うんうん唸ってる俺を見かねて東條が検索してくれた。
「あ、昨日ぶりです、会えて嬉しい……」
「うん。えっとさ。もしかしてだけど旗野くんの大学ってすぐそこ?」
「あ、はい」
「東條くんと同じとこか。ーー頑張ったね」
魂が昇天した。褒められた。この人に。嬉しくてガッツポーズすると目の前に花束が現れる。忘れてた。
「昨日はありがとね、良かったらそれもくれないかな。部屋に飾り気なくて寂しかったんだよね」
「どうぞ!!」
貰い物だけど手放すのは惜しくなかった。というより彼との繋がりを作ってくれてありがとうって感じだ。今の俺は酷いやつだって自覚はある。でも魅力的な提案を断れるほど意思は強くなかった。
それからも次々と花束を貰っては彼に横流ししていた。罪滅ぼしとばかりに東條には懺悔をしたけど、三日目からはむしろ積極的に彼に渡すようにって言われた。綾人がそうしてくれって言ったみたいだけどなんかあるんだろうか。綾人のことだからあの人が花が欲しいっつったからあげるのは当たり前だろと思ったのかもしれねぇけど。
綾人の後押しのお陰であの人に花を渡すのがちょっと楽しくなってきた。
「ラベンダーは知ってるわよね。清潔とか優美って意味なんだって。芳香剤にも使われるからかしら。こっちの花はステルンベルギアね。意味は普通だからつまんないのよね。期待ってまんまなんだもの」
「冬の実しか見たことないだろうけどこれが南天の花よ。福をなすとか良い家庭って良いわよね。白いバラは尊敬。なかなか良い組み合わせじゃない?」
「ハゴロモジャスミン。ジャスミンティーのとはちょっと違うけど優雅と愛らしさは良いけど官能はまぁ香りがそう使われてきたからしょうがないわね。それから友情のニリンソウ」
毎日毎日花束を受け取る。友情と聞いて流石に罪悪感が沸いた。躊躇してる間に彼女は立ち去って、今回も花束は請われるままに彼に渡した。
「アングレカムには祈りって意味があんの。アフリカの蘭なんだって。藤は優しさね。この二つは切花無理なのよね。残念だわ」
「えっと、ごめん。悪いんだけど話があるんだ」
ようやく俺はこれまでの所業を吐き出した。始めてもらった花も今までの花も花の名前と花言葉は思い出したし、ちゃんとメモしてる。三回目以降は花束のあの人にお願いして写真も撮らせてもらってる。でも横流しの罪は消えない。せっかくの人の好意を無下にしてしまって、俺は何やってんだろう。
「あら、別に良いわよ。私の自己満足なんだもの。渡せてる時点で役目を見失ってないんだなってわかるしね。安心なさい。今日で最後だから」
彼女の言葉の意味は分からなかったけど頷く。なんか俺の周りって結構自己完結するやつが多いかも。なら良いのか。よく分からんけど。
「おはよう。旗野くん」
「おはよう」
翌日の彼女は気合いが入ってた。俺でもわかるくらいにお洒落をしている。柳の姉貴風に言うならお洒落は女性の戦闘服だろうか。たけど今日は俺の方が花束を抱えてた。紫色のデイジーだ。
「えっ、何それ」
「やるよこれ。今までありがとう」
昨日、花屋に行ったら目に付いた。今まで何度も貰ってたから感謝の気持ちにって即座に購入した。出来れば初めてはあの人が良かったけど。それじゃあの人に顔向けできない。嬉しかったことには嬉しいことで返さないとって思う。
「そう、これがあんたのーーーーなのね」
「なんか言ったか?」
彼女の声が聞こえない。風が吹く。
       *
「まぁ知らないままの方が良いことってあるよね」
「なんや兄ちゃん思わせ振りに。俺らの話より怖いん話があるんやな。おっしゃ勝負や。話してみぃ」
夏真っ盛りである。せっかく集まったのに用事で遅れているどこぞの誰かのせいで始まった怪談話に彼らの入学当初に起こったちょっとした出来事を思い出した。まぁ綾人達には直接関係ないから良いか。
「女の子ってさぁ、花占いとか好きじゃん?」
古今東西花占いは呪いにも使われる。あの出来事に占いは関係ないが原理は似たようなもんだ。
スマホから例の事件に関するメモ帳を探し出し綾人一行の前に差し出す。こいつらにも覚えてもらおう。なんかあった時に対処できるかもだし。
「これは好きな相手を振り向かせるお呪いなんだってさ。この花を順番に相手に渡すの」
横取りにも使えるっつうか、そっちが本来の使い方っぽいが。見る目があるねと喜ぶべきか。多分こっちの世界の住人じゃないイキモノに好かれても嬉しくないと首を振るべきか。性別も分からねぇんだよな。人間に化けてんだから。
なんでか知らんがあの当時、俺はこの世のものではないイキモノにロックオンされてたらしい。いつも通りやべぇ何かの残滓を纏って現れた旗野くんに声を掛けられた時に気づくべきだったんだよな。うっかり受け取ってしまってから気付くとか不覚。
「花言葉がポイントなんだよ。どんなに良い意味に見えても意味が無いんだ。性質や本性ってのは変えれないからね」
旗野くんの前に現れた女性が話していた花言葉も間違いではないんだが。南天とか白いバラの花言葉は好きだしな。家族仲良くはポイント高い。
東條くんが失礼しますと俺のスマホを取り、少し操作すると全員のスマホが鳴った。メモを共有したのか。その方が早いわな。確かにさ。
「えっと、ルドベキア、あなたを見詰める。ブーゲンビリア、あなたしか見えない。色待宵草、お慕いします。姫金魚草、この恋に気付いて。キバナタマスダレ、待ちきれない。ラベンダー、私に答えて。
南天、私の愛は増すばかり。白いバラ、私は貴方にふさわしい。ハゴロモジャスミン、貴方は私のもの
。ニリンソウ、ずっと離れない。アングレカム、いつまでもあなたと一緒。藤、決して離れない」
読み上げているうちに東條くんの顔色が悪くなっていく。そう言えば同じ大学だったな。東條くんと旗野くん。今でも仲良いから察するものが合ったんだろう。恐る恐る俺を見る。
「本来なら最後まで花を渡されたら一巻の終わりなんだけどさ。これ攻略法見付かったから安心していいよ。まぁ誰かの協力は必要になるけど」
話を聞いた時はマジかと思った。今まであらゆるやばい何かにやられっぱなしだった旗野くんがカウンターをかましたんだからな。
「その花を順番に渡されたら最後にこっちからもプレゼントをあげると呪いが返せるんだよ」
そう言ってひとつの画面を綾人たちの前に差し出す。そこには恋占いでよく使われる細長い花弁が連なった花が写っている。
「紫のアスター。これを渡せば恋占いの魔物は意義を失うんだよ。ジョーカーみたいなもんだね」
 私の愛はあなたの愛より深い。恋の勝利。あの時無意識下で俺の危険を感じ取ってた旗野くんが突きつけた宣戦布告だ。溜息しか出ないよな。
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ななし@67a333
こんちゃ
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旗主ワンドロライ「花束」
初公開日: 2025年11月25日
最終更新日: 2025年11月25日
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