Level 57N 人形屋敷とアリス達
 ドアを開けた先に広がる、白とピンクを基調とした部屋。天井に光るシャンデリアの下には、薄いピンク色の革ソファとガラステーブルが鎮座している。
 この部屋、まさに――。
「か~わ~い~い~~~~~~!!」
 僕の横で、つくねは歓喜の叫びを上げた。今までにないハイテンションだ。
「何ここ、最っ高! こういうのあたし大好きなのよ!」
「うん、知ってる」
 一緒に旅をしていると、自ずと分かることがある。それこそ、彼女がその口調に違わず、乙女な趣味を持っていることだって。
「これで可愛いワンピースとか着てたら、完璧だったのでしょうけど」
 残念そうにそう言ったつくねは、自分の黒いセーラー服を摘んだ。確かに、白とピンクを基調としたこの部屋からすると、浮いている。まぁ、それは僕の格好だって同じなんだけど。
「ライリーはこういうのって興味あるの?」
 彼女からそう訊かれて、咄嗟に何も言えなかった。はいとも、いいえとも、口から出てこなくて、暫く黙り込んでしまう。
 ――少し、頭痛がする。頭の中にぼんやりと、ドレス姿の人形が浮かんできた。金髪で、浅黒い肌の、女の人形。何でそんなものを僕は思い出した? そもそもそんな人形、何処で見た? 思い出せ、思い出して――。
「……分かんない」
 暫くして、僕がようやくひねり出したのは、思考を投げ捨てる一言だった。僕にファンシーな趣味があるのかどうか、謎の人形が何者なのかも、僕は考えるのをやめた。
「そっか」
 つくねは眉を下げながら、小さく笑う。
「でも、嫌いではないでしょ?」
 ――なんか、食い下がってくる。彼女が求める回答が透けて見えたけれど、嫌いじゃないのは確かだし。
「そう、だね」
 頷いておくのがいい、みたいだ。見るからに彼女は嬉しそうだから。
 頭の中にしつこく残る金髪人形の幻影を払うように、僕は辺りを見渡す。白いインテリアで一杯のこの部屋に、特にめぼしいものは――あった。
「何これ」
 ガラステーブルの上に、小さなピンクの屋根の家があった。家といっても、裏側は壁が取り払われて中が丸見えになっている、模型なのだけど。
「ドールハウスね。へ~、こういう感じの内装、結構好きかも」
 家を覗き込む僕の背後から、つくねが教えてくれた。なるほど、人形の家か。
 この部屋と同じ、白基調なミニチュアの家具は、細かいところまで作り込まれている。ここに人形たちを住まわせる、ということ?
「いい身分だね」
 皮肉めいた言葉が、口から出てしまう。自分が何者かもわからないまま、安息の地など無い変な世界を旅していると、思ったより心は疲れちゃうみたいだ。
 そうして自虐的な気分でいると、視界の端につくねの姿が映った。どうやらドールハウスの正面に回ったらしい。
 ――突然、彼女の姿が消えた。というか、縮んだ?
 屈めていた身体を起こして、僕も家の正面へ回る。両開きの白い扉の前に、黒い小人がいる。もしかして、これが……。
「つくね?」
 思わず手を伸ばして、入口の方へ足を進める。瞬間、視界が歪む。足が浮き、周りの家具たちがどんどん大きくなっていく。逆に、小人は近づくほどにどんどん大きくなって――。
 気がつくと、僕は大きな屋敷の前に立っていた。
「……驚いた?」
 僕の横でぺたんと座っているつくねが話しかけてきた。僕は呆気にとられたまま、頷く。
「かなり」
「あたしも。あ~あ、まだあの部屋、探索できてなかったのになぁ」
 つくねは悔しそうにガラスの床を小突いた。それは僕も同感だけど、ぶっちゃけ僕自身はもう、あの部屋に興味がない。
「でも、人形の家に入れるって、なかなか興味深いと思わない?」
 僕がそう言うと、つくねは紫色の目を数回、瞬かせた。
「……なんか、前向きね」
「意外だった?」
「ええ、ちょっとだけ。でも、そうね、ライリーの言う通りだわ」
 そう言いながら立ち上がった彼女は、スクールバッグを抱え直すと、まっすぐに玄関ポーチに向かった。僕もすぐに後を追う。
「きっとここも、可愛いものでいっぱいだもの」
 あ、そっち方面なんだ。
「中、行ってみましょ」
 つくねは左側のドアノブを握る。僕が右側のノブを握ると、小声で「せーの」と合図をしてきた。最近はこうやって扉を開けるのが、お決まりになりつつある。僕は微笑み返しながら、ドアを押し開けた。
 玄関から一直線に伸びる、カーペットの廊下。両サイドの白い壁には、ドア以外に抽象的な絵画が点在している。僕が縮まる前に見た内装とは似ても似つかない大豪邸が、そこには広がっていた。僕もつくねも、予想外の規模感に言葉が出ない。
 二人揃って玄関前で立ち尽くしていると、不意に黒い何かが目の前を通り過ぎた。それは何処からか現れて。一番手前左側の部屋に入っていく。
 僕は思わず、黒い何かの後を追った。背後でつくねがなにか言っていた気もするけど、よく聞こえなかった。多分大したことではない、はず。
 右手でドアを開けた先は、レースカーテン越しに陽の光が差し込む、書斎のような部屋だった。その真ん中で、ロッキングチェアに腰掛けて読書をする女性が一人。声をかけようとしたけれど、知らない声に先を越された。
「あら、お客様ね」
 ハスキーなその声の主は、ロッキングチェアに座る、ダークブロンドヘアーの女性だった。彼女は、いつの間にか彼女の側で立っていた黒いドレス姿の女性に本を預けると、徐ろに立ち上がる。
「しかも二人も」
 水色の長袖ワンピースに身を包んだ彼女の青い目は、僕の背後を見ている。つられて僕が振り向くと、そこには目を見開いたつくねの姿があった。どうやら僕のあとを付いてきていたらしい。
「……ドール」
 つくねがポツリと呟く。人形ドールと呼ばれた水色ワンピースの彼女は、くすりと微笑むだけ。袖からちらりと見えた手首は、確かに人間のものと違っていた。関節が球体のように見える。
「どうぞごゆっくり」
 水色ワンピースのドールは優しい声でそう言うと、スタスタと部屋から出ていってしまった。 
 部屋に残された黒ドレスの女性――恐らく彼女はメイドのドールなのだろう――も、本を本棚に返すと、水色ドールの後を追うように部屋から出ていった。
「本当に、人形が過ごしてるだなんて」
 驚きと歓喜がないまぜになった様子のつくねが、興奮気味で跳ねている。その様子を見ながら、僕は空いたロッキングチェアに腰を下ろした。
 温かい光の中、カバン代わりに使っている枕を抱えながら、ゆらゆらと揺れる。僕は、ぼんやりとした眠気に飲まれないように抗いつつ、いまだハイテンション冷めやらぬ同行者を眺めていた。
 ふと思う。あれだけ夢中になれるものが、 僕にもあるのかな? まだ思い出せていないだけなのか、それともそんなものは最初から無いのか。う~ん、どっちだろう。まだ思い出せてないと思いたいところだけど。
 しばらくつくねの動向を観察していると、不意に部屋のドアが開いた。水色ドールが帰ってきたのだろうか。反射的にロッキングチェアから飛び降りた僕だったが、入口にいたのは、トレイを持ったメイドのドールだった。
 黒髪青目のメイドドールは、僕の近くにあったサイドテーブルにトレイを置く。そして僕を一瞥するなり、スタスタと部屋から出ていってしまった。……もしかして僕、うっすら嫌われている? 気のせい?
 枕をロッキングチェアに放った僕は、トレイの方を見やる。置かれていたのは、二組のティーセットと、二つのシュークリーム。バラの絵が描かれたポットの中には、温かい紅茶が入っていた。ミルクが入った小さな水差しもあるということは、ミルクティーにも出来る。
「食べろってこと?」
 バラの絵付けがされた皿の上に乗るシュークリームを手に取ると、背後からつくねが顔を覗かせてきた。
「ちょっと~、独り占めは駄目よ~」
「僕はそんなことしない」
「冗談よ。わざわざ持ってきてくれるだなんて、親切な人達ね」
 彼女が何処からか持ってきたスツールに、それぞれ腰掛ける。僕らのささやかなティータイムが始まった。
 それぞれのカップに紅茶を注ぎ、僕はミルクも注ぐ。つくねはどうやらストレートティー派のようで、ミルクを終始入れようとしなかった。
 久しぶりの温かい飲み物で、胸のあたりに熱が入る。舌が熱さで痛む感触も、かなりのご無沙汰だ。美味しい。
 ふとトレイを見ると、つくね側のシュークリームが食べかけのまま置かれている。僕は手つかずな自分のシュークリームを持ち上げながら、尋ねた。
「食べないの?」
 彼女の顔は、何処か浮かない。
「もう少ししたら食べるわ。今はちょっと……心の整理が……」
 どうしたのだろう。僕は首を傾げながら、シュークリームにかじりつく。
 すぐに、彼女の行動が理解できた。何だ、この妙にねとついた食感は? シュークリームってこういう食感なのか? いや、違う。本能がこれを偽物だと紛糾してやまない。とはいえ、味は悪くない。クリームの味はさっぱりしていて僕好みだ。でも、これは確実に本物じゃなくて……。
 僕の左手は、シュークリームを皿へ置いた。
 口の中にある欠片を吐くかどうかしか、今は考えられない。正直、吐き出したい。でもお腹は空いてるし、違和感があるのは食感だけだし、何よりどこに吐けばいいんだ?
 ――結局、僕はそれを飲み込んだ。右手で口を押さえて、決死の覚悟を決めて。
 僕の前に座るつくねは、そんな僕を見て、苦笑していた。
 まがい物のお菓子を腹に収め、紅茶で喉を潤した僕達は、書斎以外の部屋にも足を踏み入れていた。
 この屋敷は広大だけど、どの部屋もある程度似通ったインテリアで統一されている。白と薄ピンク色をベースに、時折ブラウンや水色が交じる。どうやらこのカラーリングは、服も同様らしい。
 つくねがとある部屋のクローゼットを開けると、そこには豪奢なドレスや袖の広がったブラウス、リボン付きの靴などが大量にあった。彼女が歓喜の声を上げたことは、わざわざ言うまでもないか。とはいえ、そろそろいつもの落ち着きが恋しくなってくる。
 フリルが大量についたドレスを引っ張り出しては「可愛い」を連呼するつくね。彼女が着ている制服とは、全く方向性が違う服に思える。
 そんなに好きなら――。
「着てみればいいのに」
 嗚呼、まただ。思ったことがそのまま口に出ちゃった。
 ハンガーに掛かったピンクのドレスを抱いたまま、つくねはこちらを振り返る。そして、照れくさそうに笑った。
「あはは、やっぱりそう思うわよね。でもこれ、一応他人の物だし」
「今まで散々頂戴してきてたじゃん」
「あれは、だって、誰もいなかったじゃない。此処は人様の家だし、あくまであたし達は客人なわけで……」
「構いませんよ」
 急に三人目の声が聞こえてきた。入口の方を見やると、水色ワンピース姿のあのドールがいた。どうやらたまたまこの部屋に用事があったらしい。
「え、あの、それってどういう」
 つくねは固まっているが、ドールの顔は優しい。
「よければ、着てみてください」
「これを?」
「それも、それ以外も」
「いいんですか?」
 ドールは微笑みながら頷いた。つくねの目が、いつになくキラキラしている。本当に着たかったんだ。
 そんなことを考えていると、つくねによって部屋から追い出されてしまった。早速着替えるらしい。気持ちは分からなくもないけれど、仲間はずれにされたみたいで、ちょっと傷つく。僕はドアの横に座り込んだ。
 僕は、ああいったファンシーなファッションには興味がないようだ。いや、もしかしたらファッション自体に無頓着なのかも。――多分そうだと思う、けど。
「気になるなぁ……」
 僕がああいう格好をしたら、どんな感じになるんだろう。ちょっとした興味が、不意に湧いてきる。
「あなたも着てみる?」
 ドアが開くのと同時に、水色ドールのそんな声が聞こえてきた。まるで見計らったのようなタイミングだ。見上げると、案の定、水色ドールの青い目と視線がかち合う。
「僕も、つくね――彼女みたいな服を?」
「シャツだけでも」
「ライリーがフリフリのシャツを……!? うわぁ~、似合いそう~~!」
 テンションがおかしいつくねの声も聞こえてきた。どうしよう、すごく嫌な予感がする。
「す、すぐに戻すなら――」
 言い終わる前に、僕の腕は水色ドールに掴まれ、部屋に引きずり込まれる。人間じゃないはずの彼女の手は、妙にすべすべで、ほんのり温かかった。
 部屋の中には、ドール二体と、やけにニコニコしているピンク色の半袖ドレス姿のつくねの姿があった。彼女は僕の姿を見るなり、ひらひらと手を振りながら入れ替わりで退室してしまう。別に居ようが居まいが、僕は気にしないのだけれど、どうも彼女は律儀だ。ただ、今回に関しては置いていかないでほしかった。どうしても人形相手に警戒してしまう。
 そんな僕の気持ちが通じたのか、人形たちは僕に服の場所だけ指差しで教えると、二人揃って退室してしまった。僕は一人、部屋に取り残される。また僕だけ仲間外れ。それはそれで、寂しい……。
 仕方がないので、僕は姿見の前に立った。白パーカーと黒の半袖シャツを脱ぎ、袖がダボッとしたフリルだらけの白いシャツに袖を通す。詰まった襟には茶色いリボンタイを結び、弛んでいた黒ソックスもついでに引き上げた。あとは、シャツの裾をハーフパンツに入れるだけ。別に出していてもいいのかもしれないけど、裾出しはどうも落ち着かないから。
「……まぁ」
 思っていたより悪くはない、かも? 動きにくいし、袖のフリフリが邪魔だけど、ズボンと靴を変えていない割には、いい感じに思える。
「ライリー、着替えられた?」
 廊下の方からつくねの声が聞こえてきた。僕は返事の代わりに、ドアノブに手をかける。
 ドアを開けると、すぐ目の前につくねはいた。ピンク色のふんわりしたドレスと、紺色のスクールバッグのミスマッチ具合に、僕はどうしても意識が行ってしまう。
 一方の彼女は目を見開いて、まじまじと僕の格好を見ている。意外だ。てっきり歓喜の叫びを上げるか、或いはあまりに似合ってなさに顔をしかめるものだと思っていたのだが。
「どう、かな」
 腕を広げて見せる。彼女の顔は動かない。お願いだから、なにか言ってくれ……! 何故か僕の方が目を瞑ってしまう。
「……良い」
 つくねが不意に呟いた。目を開けると肩を掴まれ、目を覗き込まれた。いつになく、真剣な顔だ。
「めちゃくちゃ良いわ。こういう雰囲気の着せ替え人形があったら、なんとしてでも買いたいくらい」
 それは、褒めてるの?
「あんたがこういう系の服に無関心なのが惜しいわ。可愛い服が似合うのってね、ある種の才能よ。あんたはそれに恵まれてる。本当に、ガチで」
 いつになく、つくねの言葉に熱がこもっている。ハイテンションも一周回るとこうも冷静で淡々になるのか。あまりの気迫に、半歩後ずさってしまった。
「えっと……あり、がとう?」
「お礼を言うのはこっちの方よ。そうだ、元に戻す前に――」
 つくねは僕の肩から手をどかすと、スクールバッグの中からスマートフォンを取り出す。僕の写真を撮る気だ。自分のことは撮らなくていいのだろうか?
「さぁ、笑って」
 カメラを向けられるのは、むず痒くて苦手だ。最適なポーズも、自然な笑顔も、上手く作れない。どうせなら、カメラマンの方から指示してくれたら良いのに。それでも、やれるだけやってみるけど。
 右腕をカメラの方へ伸ばして、口角を上げる。すぐに、シャッター音が鳴った。
 元の格好に戻った僕達は、そのまま部屋のベッドを借りることになった。とはいっても、ベッドが一部屋に一個しか無いので、僕とつくねはそれぞれ別室だ。
 隣のシャワールームで、どこから水が来ているのか分からないシャワーを浴び、借り物の白いナイトウェアに袖を通す。この屋敷にある服はどれも、可愛らしいデザインのものばかり。ワンピースタイプだとどうにも下半身が落ち着かないのだけど、まぁ、仕方ない。
 ベッドに腰掛けて黄昏れていると、同じように寝る支度を整えたらしいつくねが、僕の部屋に来た。スクールバッグを抱えた彼女は、入ってくるなりこんなことを言い出す。
「あたし達、閉じ込められたのかしら」
 そのことは、僕も薄々感じていた。全ての部屋を見て回れたわけではないけれど、明らかにこの世界には出口らしき導線が見当たらない。窓の外は真っ白な空虚と庭が占め、しかも果てしなく続く。玄関に至っては、知らない間に開かなくなっていた。
「もしそうなら、僕達はずっと……」
 人形たちに囲まれ、あの粘土みたいな質感のお菓子しか食べられず、好みじゃない可愛い服しか着られず、どこにも行けないということ? 考えただけで、嫌気が差した。
 つくねも同じことを思ったのか、表情が暗い。
「やっぱり、ここから出る方法を探さないといけないわね」
 彼女の言葉に頷きつつ、僕は考えを巡らせた。
 この屋敷から、出る方法。思いつくのは、屋敷にあるドアのどれか。もしそうじゃないなら……。
 僕の頭は、早々に疲労で限界を迎えた。思考が睡魔に侵食されていく。
 ベッドに横になった僕は、つくねの欠伸を聞きながら、ふっと意識を手放すのだった。
「ライリー、起きて!」
 急に僕の身体が揺さぶられる。重たいまぶたを上げると、制服姿のつくねがいた。
「……どうしたの?」
「大発見よ!」
「何が?」
「突き当たりの部屋にね、ドールハウスがあったの。もしかしたら、なにかヒントがあるかも」
 ここ自体もドールハウスのはずなのに、ドールハウスが置かれているらしい。
「……どういうこと?」
「とにかく起きて、着替えてちょうだい! 行けば分かるから!」
 僕は促されるままに服を着替え、廊下で待ち構えていたつくねに腕を引かれて部屋を出る。僕らとすれ違ったメイドドール達が、首を傾げるのが見えた。
 つくねが言う突き当たりの部屋は、他の部屋と同じ内装だった。ただ一つ違うのは、部屋の真ん中にガラステーブルと、ドールハウスが置かれているところ。小さな家の屋根は、チョコレート色だった。
 ふと思い出す。この屋敷に来たきっかけはドールハウスを見つけたことだった。確か、玄関の方に回って近づいたら、身体が縮んで、そのまま。
「そういうことか」
 やっと寝ぼけ頭が冴えてきた。
「でも、それだとまたドールハウスの中に入っちゃうことにならない?」
 僕がそう言うと、つくねは呆気からんとした様子でこう返してきた。
「いずれ出られるでしょ」
 出た、根拠の無い楽観的予想。やっぱりつくねも寝起きだから頭が回っていないんじゃないか? 
「本当に?」
 思わず彼女を睨めつけてしまう。けれど、彼女の意思は揺らがなかった。
「試してみる価値はあると思うわよ。此処に来たときだって、そうだったんだもの」
 そう言いながら、つくねはドールハウスの正面に回る。僕は慌てて後に続き、彼女の手を握った。
 二人で息を揃えて、一歩踏み出す。すぐに、あの浮遊感と視界の歪みが訪れた。この感じ、微かに覚えがある。多分、寝てる時の――。
「よし、成功ね」
 気がつけば、僕らは屋敷の前にいた。でも、さっきまでいたところとは少し雰囲気の違う、ダークブラウンの扉が目の前にある。
 二人でドアを開けた先は、既視感のある廊下とドア達。そして、たまたま目の前にいたのは、黄緑色のドレスに身を包んだ、亜麻色の髪のドール。
 僕は悟った。此処もまた、つくね好みのファンシー空間なのだと。
 この可愛いの連鎖は、一体どれだけ続くのだろう。早速僕はちょっとだけ、食傷気味になってしまった。
 一度方法がわかれば、後は早い。僕らはゆっくりと、しかし確実に、屋敷を渡り歩いていた。
 訪れる屋敷で、僕達はそれぞれ違う容姿のドール――途中からつくねは彼女たちのことを女主人と呼び始めた――とメイド姿のドールに出迎えられた。それぞれの屋敷は、趣向こそ似通っていたものの、女主人ごとにカラーリングが違っている。出される飲み物も、お菓子も違う。でもやっぱり、どれもが全部、可愛いの塊だった。そして、お菓子が全部粘土みたいな食感なのも、変わらない。
 つくねはずっと機嫌が良かった。人形たちとは何かとおしゃべりをしていたし、どうやら女主人達から許可をもらって、いくつか服を頂戴していたらしい。僕はそれを、少し離れたところから見ているだけだった。なるほど、これが疎外感というものか。五つ目の屋敷にて、僕は学びを得たのだった。
 その後――何個目の屋敷だったか。僕が自分の部屋でチビチビとカフェオレを飲んでいると、部屋に女主人が入ってきた。
「あら、此処にいたの。ご一緒してもいいかしら」
 黒髪を後ろでひっつめて、青いリボンを結んだ彼女は、濃い青緑色のドレスの裾をつまみながら、小首を傾げてくる。ベッドに腰掛けていた僕が無言で椅子の方を指すと、彼女はおずおずと腰掛けた。
「あの子とは、お友達なの?」
 彼女が言っているのは、つくねのことだろう。
「仲間です」
 僕がそっけない返事をすると、彼女はこう続けた。
「仲良しなのね」
 ……彼女は何を見てそう判断したのだろう。
「そう見えますか?」
「二人でこの家を訪れる人は、あまりいないから」
 どうやら僕らの他にも、放浪者はいるらしい。それはそうか。じゃなければ、あんなに皆々揃って僕らに親切にしてくれるわけがない。彼女らは明らかに、もてなし慣れている。
「それにほら、あなた達ってよく、手を繋いでいるでしょう?」
 僕はカフェオレを吹き出しかけた。どうやら思ったよりもガッツリ見られていたらしい。まさかそこを指摘されるとは。不意を突かれた僕は、しどろもどろになってしまう。
「いや、あの、あれはただ」
 カップを置いて女主人の方を見ると、彼女の赤い切れ長の目は、まっすぐこちらを見据えていた。
「迷子防止というか、はぐれないようにというか……、別に深い意味は無くて」
 ちゃんと意味のある行動のはずなのに、いざ他人から指摘されると気恥ずかしい。言い訳じみた言葉を並べ立てていると、女主人はくすりと笑った。
「仲良しなのは良いことよ。でも、そうね、たまには私たちの会話に混ざりに来てほしいな」
「……はぁ」
 ぶっちゃけ、君達とつくねの会話の内容は、全く僕の興味を惹かないのだけど。そんな僕を尻目に、彼女の言葉は続く。
「もしかしたら、新しい発見があるかもしれない。私も、あの子も、そう思ってる」
「本当に?」
「えぇ。確かにあの子の口から聞いたもの」
 つくねはなにかにつけて、僕のことを気にかけてくれる。とはいえ、まさか僕のことを人形たちに相談しているとは思わなかった。……もしかして、彼女にとって僕は面倒くさい人間なのか? 急にそんな思考が頭をよぎった。もしそうなら、なんか、申し訳ない。
「混ざって、迷惑じゃないですか?」
 つくねの横で聞いているだけっていうのも、気が引けるし。
「いいえ、全く」
 僕の心配に反して、目の前の彼女は妙な自信に満ちていた。ここの女主人は、他と比べると勝ち気というか、自信家みたいだ。
「聞いているだけでも大丈夫。私も、あなたも、それで良い刺激をもらえるなら」
 そういうもの、なのかな。僕が考えている間に、いつの間にか女主人は退室していた。せめて一言、何か言えばいいのに。もしくは、僕が聞き逃したのか。
 僕はぬるくなったカフェオレをあおると、カバン代わりの枕を抱えて、ベッドに背中を預ける。
 その後、シャワーを浴びようと部屋を出た先で、髪型を相談していたつくねとメイド達に捕まり、長らく解放されなかったのは、此処だけの話。
 ドールハウスの正面から入り、屋敷で一泊してから、屋敷の何処かにあるドールハウスを探し出し、また正面から入る。その繰り返しをしているうちに、つくねがあることに気づいていた。
「部屋数、減ってないかしら?」
 訪れる屋敷が、少しづつ小さくなっているというのだ。
 もはや最初の屋敷の部屋数など覚えていない。けれど確かに、屋敷を渡り歩くほど、次のドールハウスを見つけやすくなっている気がする。そんなことに気づいた時にはもう、屋敷の部屋数は六つにまで減ってしまっていた。メイドの人数も、見るからに少ない。
「ようこそ、可愛い旅人さん達」
 突き当たりの部屋で編み物をしていた、青色のエプロンワンピース姿の女主人が、僕らを見るなり微笑みかけてきた。金髪を二つ結びにした、碧眼のドール。彼女の雰囲気は、記憶の中の幼馴染――ソフィーに似ている気がする。
「ゆっくりしてくださいね」
 声は全く似ていないのに、胸が締めつけられた。彼女の前に居たくなくて、僕は踵を返す。近くにあったドアノブをひねると、目の前に白い屋根のドールハウスがあった。
「あ……」
 今、このハウスの正面に回れば、別の屋敷に行ける。このよく分からない罪悪感から、逃げられる。でも、逃げたら逃げたで、別の意味で苦しむ気がする。僕は、どうするべきなのだろう。
「ライリー、どうしたの?」
 後ろからつくねの声がする。どうしよう、戻るべき? それともこのまま――
「あ、そんな近くに」
「もう行ってしまわれるのですか?」
 つくねの更に後ろから、女主人の声が聞こえてきた。その声はどこか淋しげで、僕の良心に針を刺してくる。
「いや、あの、僕は――」
「いえ、良いのですよ。あまり広くない家ですもの、気を使いますよね」
 違う、そうじゃない。そんなつもりは――
「たまたまこの子が見つけちゃっただけなので、心配なさらないでください」
 つくねが不意に、声を上げた。僕が言おうとしていたことを、堂々と。
 僕は彼女の方に身体を向ける。
「つくね」
「間違ったことは言ってないでしょう?」
 彼女は小声で、僕の耳元にそう囁いてきた。確かにそうだけど、勝手に代弁されたのが悔しい。
「なら、お二人は……」
「お邪魔じゃなければ、あたしは泊まっていきたいです! ライリーは?」
 一瞬、無言の圧をかけられた気がする。流石にここは言え、ということか。元からそのつもりなんだけどな。
「僕も、泊まります」
 その言葉を聞いて、女主人の顔が少し晴れたように見えた。
「お邪魔じゃありませんよ。歓迎します」
 そう言うと、女主人は僕達を再び突き当たりの部屋へ手招く。いつの間にか、中央のテーブルにはアフタヌーンティーのスタンドと、淹れたての紅茶が置かれていた。
 三人で一つのテーブルを囲んで、ティータイム。女主人と一緒にお茶をするのは、何気に今回が初めてだった。今までの屋敷の主達ともやればよかった、なんていう後悔をする暇もない。僕達は、粘土質のお菓子とやけに美味しい紅茶をおともに、くだらなくも楽しい雑談に興じるのだった。
 可愛いの連鎖は、やがて終わる。
 メイドが一人しかいない、ちょっとした豪邸から向かった先は、無人の一軒家だった。玄関を入ってすぐに、たった一部屋だけ。中央に置かれたテーブルには、二つの紅茶入りティーカップと、折りたたまれた二枚の紙が置かれていた。
 もう、誰も僕らを出迎えてくれない。
「……寂しいな」
 僕がポツリと呟くと、つくねがそっと身を寄せてくれた。
「あたしも」
 彼女は時折、僕のことをゆるく抱きしめてくれる。ある時には、僕が本当に実在するのか不安になって。またある時には、気分が沈んだ僕を気遣って。今回はきっと後者だろうけど、真意は彼女のみぞ知る。
 暫く二人で抱き合った後、ティーカップの近くに置かれていた手紙を読むことになった。どうやら両方、内容も、筆跡も同じらしい。此処にはいない女主人直筆の置き手紙、といったところか。
「――またの機会、か」
 この可愛らしい家々を、もう一度渡り歩くことはあるのだろうか。多分、もう二度と無いと思う。でも、もしも、二度目があるというのなら。
「もうちょっと、会話上手になっていたいな」
「あら、良いじゃない。あたしは……どうしようかしら」
「君はずっと楽しそうだったし、このままでも良いんじゃない?」
「それはそれで、問題があるような」
 笑いあった僕達は、置き手紙をテーブルの上に戻すと、紅茶に口をつけた。ストレートのそれは苦かったけれど、程よい温かさで、不思議とむせずに喉を通っていく。
 ――今までありがとう、人形屋敷ドールハウスの主達よ。
 最後の一滴を飲み干し、顔を正面に戻す。ふと、正面の窓に、白い花と薄汚れた建物が見えた。
「え?」
 思わずティーカップをテーブルに置いて、足元の枕を拾い、窓の方へ駆け出す。今までずっと白い空と無限の庭園だったはずの外が、いつの間にか白い花が咲き乱れる、集合住宅群の一角に変わっていたのだ。
「もしかして」
「ライリー、玄関が開くわ!」
 つくねの声に、僕は弾かれるように振り向く。玄関の向こうも、窓の外と全く同じだった。
 僕らは、花咲く草原へ駆け出した。各々のカバンの中に、可愛くて珍しいアイテムを忍ばせて。人形たちとの思い出を、胸に抱きながら。
 アパートに挟まれた花畑を、つくねと走りながら、僕は思う。
 彼女とは、ずっと一緒にいられますように、と。
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いえいえ! 来てくださりありがとうございました!
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陽炎美影
流石に眠いので配信止めます。ご視聴ありがとうございました! 続きを書く際はまた配信つけますので、是非お越しください!
180:15
陽炎美影
2025年11月23日21:16 ここから執筆開始
188:39
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陽炎美影
こんばんは~! お越しいただきありがとうございます
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陽炎美影
お気になさらず~
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yは
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ななし@cdf915
やほ
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ぬん
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陽炎美影
こんばんは~。お越しいただきありがとうございます
205:48
ななし@cdf915
(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪
206:12
ななし@cdf915
読み中
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おもろい
207:25
ななし@cdf915
じゃ
288:56
ななし@cdf915
再び来た
289:08
陽炎美影
おかえりなさい~
289:16
ななし@cdf915
ただいま
289:28
ななし@cdf915
読み中
294:32
ななし@cdf915
おもろい
294:38
ななし@cdf915
さようなら
294:54
陽炎美影
来てくださりありがとうございました
308:51
陽炎美影
詰まったので今日はここまでにします。
310:44
陽炎美影
2025年11月24日 21時21分 ここからスタート
321:19
ななし@d59196
またきました
321:30
陽炎美影
こんばんは~
321:37
ななし@d59196
こんばんは
322:11
ななし@d59196
どこまでできましたか?
322:37
ななし@d59196
どこまでできましたか?
323:02
陽炎美影
どのくらいだろう……そろそろ結末に持っていきたいところです(プロットを特段メモしてないので行き当たりばったり)
323:48
ななし@d59196
ふへぇ
324:00
ななし@d59196
ふへぇ
324:05
バカモン
今日も書いてるな。頑張れ!
324:49
陽炎美影
バカモンさん、こんばんは~! 意図せず長くなってて笑えてきますね
324:51
ななし@d59196
頑張てください
342:00
ななし@d59196
ラグぐしてやる
344:47
ななし@d59196
さよなら
345:19
陽炎美影
何だったんだ今のは
365:28
ななし@d59196
ぬん
374:49
ななし@d59196
めっちゃ増えてる
374:55
ななし@d59196
すんご
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Level 57N編【裏世界の羅針盤_単発回】
初公開日: 2025年11月22日
最終更新日: 2025年11月24日
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裏世界を放浪する少年少女の一幕。
【参照元】
『 Level 57 N - Kawaii:"𝔻𝕠𝕝𝕝𝕖𝕥𝕥𝕖 ℍ𝕠𝕦𝕤𝕖"』(http://japan-backrooms-wiki.wikidot.com/level-57-n)
公開年: 2025
著作者: Hoojiro_san × terukami
ライセンス: CC BY-SA 3.0