会った瞬間、違和感があった。なんだろう。いつもより隈が濃く見える。昨晩また夜更かしでもしたのだろうか、本でも読んでいて。
「いくぞ」
スモーカーの目線を避けるように帽子を目深に被ったローが先に歩を進めたので、着いていく。表情はいつも通り見えなくなり、違和感もいつの間に霧散した。
会うこと自体、随分と久しぶりだった。二人で待ち合わせたのはちっぽけな春島。目立った海賊の傘下にあるわけでも、海軍基地から近いわけでもない平和な島だ。
あちらこちらに露店が広げられ、人で賑わっている。聞くと、スパイスの販売が島の一大産業だということだ。
見たことのないスパイスが所狭しと並んでいる。興味本位で覗いてみれば、売り子たちがこれを嗅いでみろそれを試食してみろと、あれこれ手を伸ばしてくる。
限られたスペースと限られた食材で切り盛りする船暮らしでは、スパイスは貴重だ。僅かな量で生み出される香りの変化、味の変化は、娯楽の少ない船上のポジティブな刺激になるし、スパイスの種類によっては体調管理の一助になることもある。
匂いや味の感想をポツポツと交わしながら大通りを端まで歩く。ローが辛味が強いものはあまり得意ではないことを、スモーカーは知る。
途中、古本屋を見かけた。
「寄るか?」
スモーカーはローにそう声をかけた。
「…いや、いい」
もう一度、スモーカーは違和感を感じた。
ローが本屋を断るのは珍しい。
本屋を見つけると大抵ローはふらふらと入っていく。スモーカーであれば手にも取らない、本気で人の頭を殴れば昏睡させられそうなほどの分厚い本を手に取り、ペラペラと剛速で数十頁捲ると、本棚に戻したり購入したりして、結果異常な重さの本を何冊か、カバンに入れて帰るのが常なのに。
スモーカーがローの帽子の鍔に触れた。おでこが見える高さまで上げる。
「おい、なんだよ突然」
不満げな表情。それを無視して、スモーカーはローの腕を取った。古本屋と服屋の間の、細い路地に引っ張り込む。
「おい、おいってば! なんなんだよいきなり――」
不服の申し立ても無視して、スモーカーは突然ローのシャツを捲り上げた。一瞬抵抗したローは、すぐ動きを止める。
「…バレたか」
「お前、なんだこの傷」
黒いシャツの下、ローの腹は、白い包帯でぐるぐると巻かれていた。かなりの範囲である。
「ちょっと、ドジった」
「顔色も悪いだろ」
「大したことねぇ。うちF型少ねぇし、船にもう肉がそんなに乗ってなかったからな。今日の夕飯はしっかり赤身を食う」
「なんでこんな歩いてんだよ、安静にしておけよ」
「だから大したことねぇって、医者が言ってるんだ。おれの処置だから完璧だし、傷も残らねぇ」
「自分で縫ったのかよ」
「腹部は簡単だ」
「縫うほどの怪我だったのか」
「誘導尋問かよ」
「隠し通すつもりだったのか? おれに?」
「まぁ、最後はバレると思ってたぜ」
わざとニヤリと蠱惑的に笑うローに、スモーカーの原始的な欲望が苛立つ。しかしまだ白昼、さすがの倫理観がそれを蹴飛ばした。
「強がるな、ちゃんと休めよ」
「あーもう、うるせぇな」
だん、とローが足を踏み鳴らした。
「強がってねぇよ! ただお前とあれこれ見たかったんだよ。知らない街歩くのするの、楽しいだろ。好きなんだよお前と二人でふらふらすんの」
「好き。」
「好、…。」
スモーカーが二回、瞬きをする。ローのその言葉が、なんだか珍しくて。
その予想外の反応に、なんの気無しの言葉に気恥ずかしさを覚え、ローの耳が少し赤く染まった。
「…なんだよ、いいだろ」
そうか、好きなのか。二人で街を巡ることが。
「…ほかは?」
「は?」
「なにするのが好きだ?」
「…お前と?」
「おれと」
改めて問われると。ローは帽子の鍔を瞼の方に寄せた。
「…」
「おい」
「んー…美味い飯食いながら、話すのとか?」
「あとは?」
「…」
「もう無いのか?」
「…あるけど」
帽子はさらに目深に被られる。これ以上攻めると反撃が来るだろう、スモーカーは今は引くことにした。
「ロー、カフェでもいくか」
「は、カフェ? 男二人で?」
「バーでもいいが、まだ空いてねぇだろ。途中に珈琲の美味そうな店があった」
「…そんなおれを休ませたい?」
「違う、話がしたいんだろ。美味いものと一緒に」
スモーカーは捲り上げたローのシャツを、そっと戻してやった。
「おれも好きだから、お前と話すの」
耳の辺りに、火照りを覚えた。