先日無事に紅楼夢原稿が完成したので、行ってきました行方不明展。
会期が延長されたので油断してたら、あっという間に最終日ですよ。
いつもなら雨が降ってると外出はかなりためらうんですが、幸い今日は小雨で、結局傘は使わずに帰ってこられました。とはいえ、行くときは万博行きの観光客で駅と電車内はぎゅうぎゅう詰め、さらに帰りは心斎橋駅でモバイルバッテリーの発火事故があったらしくでダイヤが大きく乱れてこれまた駅が大混乱となかなかたいへんな一日でした。普段引きこもってて週末に出歩くとたいていこういうことになるんだよな……。それに今の時期はとにかく万博客がどの曜日も多いし。
さて今回行ってきた「行方不明展」、名前の通り「行方不明」をテーマとした展示会です。
場内展示は「身元不明」「所在不明」「出所不明」「真偽不明」の4つのパートで、さまざまな角度から「行方不明」というテーマを表現しています。
展示内容は種々様々で、冒頭に上げた撤去された公衆電話から、残された手紙や物品、不審な写真、ネット上に残された掲示板やブログ、映像、さらには水を張ったビニールプールが置いてある物置や水に浸かった大量の写真があるトイレといったロケーションそのものなど。
そのどれもが不穏な空気をまとっており、各種の展示に添付された解説も実に不気味で良い感じ。
しかし、今回は最終日、しかもいちばん人が来る昼過ぎの時間帯だったので、没入感という点ではかなり台無しになってしまった感じ。こういう展示は薄暗くて人気がない雰囲気の中で見るのがいいんだよな……。
とはいえ、展示は十分に楽しめたのでOKです。
今回のイベントでは写真撮影は全面的にOKだったので、以下に写真を掲載していきます。展示作品の写真は全部取りましたが、さすがにそれ全部を掲載するのはめんどくさいので、各パートから3枚づつお気に入りを選んでいきましょう。
まずは身元不明パート。
みんな大好き黒塗り文書。子供の頃、こういうのが電柱に張ってあったのを見てかなり怖かったのを覚えています。
荒らし扱いとなった掲示板の書き込み。こういうデジタル媒体もすっかりオカルトや都市伝説の温床として馴染んだ感があります。
大量のガラケー……の死体とも言える展示。妻が行方不明になった男性が、なんとか妻と連絡を取ろうとして集めていたという解説がありました。
第2のパートは所在不明パート。場所に基づく「行方不明」です。
あまりにも不穏なビニールプール。ロケーションだけでなく、不気味な空気感までもが作品となっていました。実際に見るとこれ、照明の関係で真っ黒な穴に見えるんですよね……。
エルダーサインじゃねーか!!
懐かしの100円入れて除く望遠鏡。しかしこの1台だけがレンズを壁に向けて設置されていたとか。覗き込んだその先は闇しか見えませんでした。
第3のパートは出所不明パート。どこから出てきたのかわからないアイテムがたくさん。
ある男性が突然周囲に「息子がいなくなった」と吹聴し、アルバムから写真を取り出して「洗って」いたという……。洗面台だけでなくトイレそのものが設置され作品となっています。
行方不明とは喪失を伴うもの、というテーマを体現したかのような、空のケージ。残された餌皿と水皿がさらに喪失感を補強しています。
片付けの際に棚の奥で見つかったという、家族の誰にも覚えがない香水。実際に香りを嗅ぐことができましたが、なんか……ありもしない記憶が蘇りそうに……。
最後のパートは真偽不明パート。ここに来てなんかだんだん現実と虚構(展示)の境目が段階的にあいまいになってきていたことをぼんやりと自覚しました。
廃屋や廃倉庫にこういうのがぽつんと置き去りにされてると、それだけで物語を感じてしまいます。
ホラーには欠かせない恐怖要素である子どもの絵……の中に明らかに不審な空白があってさらに怖い。
そして最後の展示なんですが、なにもない? ……と思いきや、
「ここに展示されるはずだった展示物がなくなってしまった」という展示で〆、というのが実にうまい。
というわけ行方不明展でした。
印象的だったのが、どのパートでも再三、行方不明を事件や事故ではなく「ここではないどこかへ行きたいという欲求の発露」として描いていた点。この展示で展示されていた数々の痕跡を残していった行方不明者たちは、事件や怪現象に巻き込まれたというよりはむしろ、自ら望んで行方不明になったものとして描かれています。
また、キャプションの中に「行方不明になることは、社会の文脈から開放されること」という一文があって、人間の基本的な欲求の中にはやはり「ここではないどこかに行きたい」あるんだなあ……と思った次第。そういった意味では、行方不明になってここではないどこかへ行けたであろう人にはある種の憧憬を覚えます。
「恐怖心展」も大阪でやってくれないかなあ。