慌てて体を起こしたときには、すでにごろごろと音を立てながら妖精を乗っけた月が眼前に迫ってきていました。
 今度こそ本当に万事休す! ……しかし、そうはなりませんでした。転がってきた月は見当違いの方向に転がっていき、見当違いのタイミングで爆発しました。
「え……? ど、どういうこと?」
 とりあえず体を起こしたラルバは、困惑しながらあたりを見回します。
 これまでは、ピースの攻撃は暴走しながらもラルバを狙ってきており、弾幕ダンスバトルの体をなしていました。しかし今の状態は、本当に本当の暴走状態、いよいよピースがその力を完全に制御できなくなりつつあるのです。
「はらほろひれはれ~……ラルバ、た、たすけてぇ~……」
 コミカルな感じで目を回していますが、ピースの状態はかなり危険なようす。このまま力が暴走し続ければ、ピースの身が危険にさらされるのは間違いないでしょう。
 瞬間、ラルバはほとんど反射的にタチバナの花を取り出しました。
 弾幕ダンスバトルの勝負以前に、今すぐピースを助けなくてはいけません。そのために、ラルバは文字通り力を振り絞ります。
 頭上に掲げたタチバナの花びらが光りに包まれ、ラルバに降り注ぎます。
 妖力をためておけるタチバナの花は、いわば外付けのエネルギータンク。そのエネルギータンクには、今や満タン近くまで妖力が溜まっていました。この妖力を一気に開放すれば、一気に攻め込んで戦いを終わらせることができる……そのはずです。
 しかし、ラルバはこれまでの戦いで文字通り満身創痍です。そんな状態で、急激なエネルギーの増加に耐えられるでしょうか?
 ――それを判断する前に、ラルバは動いていました。
 タチバナの花に溜め込んだ妖力、そして自分の中に残ったほんのわずかな妖力までもを振り絞ります。その負荷は大きく、蝶の羽からは鱗粉が剥がれ落ち始めました。それにもかかわらず、ラルバは力を振り絞り――
「ピース、今助けるからね!」
 妖精が乗った月が不規則に爆発を繰り返す中、ラルバは側転で間合いを詰めていきます。そして――
「これでぇっ!」
 大きく足を振りかぶっての、メイア・ルーア・ジ・コンパッソ!
 これまでのどんな業(わざ)よりも鋭いその一撃には、タチバナの花に込められていた膨大なパワーがすべて乗せられていました。これで勝負がつかなければ、ラルバは今度こそ本当に完全なガス欠になってしまいます。
 偶然かそれとも意図的か、ラルバの渾身の一撃を阻むように妖精の乗った月が三つ、その眼前に立ちはだかりました。しかし次の瞬間、パッカーン!という快音とともに三枚重ねの月が一度に粉々に砕けます。放たれた一撃はなおも勢いを失わず、吹き荒れる嵐のような激しい攻撃の中心で相変わらず目を回しているピースに向かって一直線に飛んでいきます。
 暴走状態のピースはこれを避けることもできず、ピチューン!
 弾幕ダンスバトルの終了を告げる被弾音とともに、くるくる回っていたピースは次第にへろへろふらふらと勢いを失い、とうとうその場にぽてんと倒れてしまいました。
「はあ、はあ、はあ……」
 激しく息をついているピースですが、とりあえずは無事のようです。
「は、早すぎて目が回りそうになっちゃった……」
 ラルバの方も、ピースのめちゃくちゃなリズムと火力での勝負にへとへとになっています。ですが、ピースが無事なのを確認してほっと胸を撫で下ろしました。
「つかれた……レーザーどころか小粒弾も出せない……」
 地面に伸びたピースは、完全に力を使い果たしたようす。このようすでは、向こう数日は大好きないたずらもおあずけでしょう。
「……あれ? 踊るの止まってるよ!」
 そう、勝負がついたのに安心していて気づきませんでしたが、力を使い果たしたせいか、ピースは正気に戻っているのです。
「ほんとだ! 恩に着るぜ、ラルバ……!」
 ピースは身を起こして自分の身体を動かしていますが、どうやら暴走状態は収まったようです。
 ――そこで、ラルバはふと疑問に思いました。
 そもそも、ピースがこんな暴走状態になってしまった原因はなんだろう?
「どういたしまして、ピース! えっと……なんであんなことになったのか覚えてる?」
 そう聞くと、ピースは腕組みしながら答えます。
「うーん……ヘンテコな黒い帽子をかぶった二人組と会ったんだよな……」
「ヘンテコな帽子の二人組……?」
「うん。そいつらは、いつのまにかあたいの前からいなくなってたんだ。そしたらだんだん体がウズウズしはじめて……」
「体が勝手に踊りだしちゃった、と。まぁ、ダンスは楽しいもんね!」
「むりやり踊らされるのはしんどいな……。楽しいは楽しいけどさ!」
 二人してのんきなことを言っていると、突然ピースが苦しみ始めました。
「うおおお……今度は体じゅうあちこち痛くなってきたぞ……」
 あわれピースは地獄の筋肉痛に襲われているようです。あれだけ自分の意志を無視して踊らされれば無理もありません。
「あんなあやく踊らされちゃったらねぇ。ゆっくり休んだほうが……って、あれ? ピースの背中……」
 ピースが筋肉痛でうずくまった拍子に、ラルバはその背中におかしなものを見つけました。
 なにか……扉のようなもの(・・・・・・・)がその背中にあるのです。
「あたいの背中がどうかしたか?」
 当のピースはそのことにまったく気づいていません。おかしいな、と思い、その扉にラルバが顔を近づけたその瞬間――
「……え? お? ら、ラルバ? どこいったー!?」
 ピースが振り向いたときには――そこにはだれもいませんでした。ラルバが、声もあげずに消えてしまったのです。ピースは慌ててあたりをきょろきょろ見回しますが、どこにもラルバの姿は見当たりません。
「おーい、ラルバーっ!? どこ行ったんだー!?」
 いくら呼べども返事は返らず。
 ピースの声が、不意にだれもいなくなった夕方の霧の湖に響くのでした。
・ラストバトル
「とびらの世界……変なところに来ちゃったな。不気味なとこだねぇ」
 ラルバはあたりを見回してひとりごちます。
 ピースとの激しい弾幕ダンスバトルのあとにその背中に扉を見つけた瞬間、ラルバはその中に吸い込まれ、気づけばここにいました。
 これまで妖精や妖怪たちが大騒ぎをしていた妖精の森や霧の湖と違って、ここにはだれの姿もなく、だれの声もありません。ただ真っ暗な空間に、無数の扉が浮かんでいるだけ。
「犯人を追っかけてたら扉があったってことは……きっとこのなかに逃げ込んだのね!」
 それでもラルバは、怖がることなく進んでいきます。
 頭の触覚が緊張ではりつめ、蝶の羽がぴりぴりとふるえます。これまで戦ってきた相手はだれもが強力な弾幕バトルダンサーでしたが、この奥に潜んでいる一連の事件の真犯人であろう人物は、それ以上の強さを持っているであろうことは想像に難くありません。
「あ、あ、あ……」
 ラルバの中で、ラルバのすべてが、大きく変質しようとしていました。まるで、幼虫(ラルバ)が蛹に、そして蛹が蝶になるように。
「思い出すがいい妖精よ。いや、小さきよ。お前はその身に、幼虫、蛹、そして成虫の三態(トリニティ)を備えた、すでに完成された存在なのだ。そして――」
 隠岐奈の手には、ラルバのこれまでの戦いを何度も助けてきた、あのタチバナの花がありました。その花びらが、一枚、また一枚と散っていきます。
 花が散ったあとに残るのは、果実。
 隠岐奈の手のひらには、今や後戸の世界の暗闇を圧するほどに輝く果実が乗っていました。
「非時香果(ときじくのかぐのみ)。かつて田道間守(たじまもり)が常世の国から持ち帰ったと言われる、不老不死をもたらす仙果だ」
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